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第43話 繁殖期
麗らかな陽光が顔に当たり、僕の意識はゆっくりと浮上する。まだ眠っていたいと主張するまぶたをゆっくりと持ち上げ、半ば寝ぼけた思考で視線を動かした。
「あれ、ここ……? ごほっ、けほっ……!」
独り言を言おうとし、喉の痛みでそれが中断される。体を丸めて咳き込んでいると、遠くから足音が近付いてくるのが聞こえた。
「ヒーラー! 良かった、目が覚めたんだな!」
「アレク、さま……? けほっ、僕、は……」
「無理に喋らなくていい。昨夜は本当にすまなかった。……体を起こせるか?」
「は、い……。昨夜……?」
アレクの手を借りて、ゆっくりと上体を起こす。僕が眠っていたのは、小さな洞穴の出口付近に作られた、ささやかな拠点のようだった。
意識を失う前は別の場所にいた気がすると思い至り、昨夜の記憶を遡る。その結果思い出してしまった自分の行いに、僕は一気にパニックに陥った。
「ぼ、僕っ、昨日、なんで、あれっ……?」
「ヒーラー、大丈夫。大丈夫だ」
「ごめんなさい、僕、ほんとは、あんなこと、あぁ……」
「大丈夫、分かってる。ゆっくり息をして落ち着くんだ」
優しく抱きしめられ、背中を撫でられる。それに合わせて息を吸って、吐きながら、徐々に鮮明になっていく記憶に死んでしまいたい気分に陥る。
「うぅ……ごめんなさい、ごめんなさいっ……」
「いいんだよ。下手に意識して、誘発するのもよくないと判断した俺の落ち度なんだ」
「誘、発……?」
何か事情を知っている様子のアレクに、困惑の目を向ける。アレクは苦々しい覚悟を決めるように一度息を吐くと、僕が怯えたり混乱したりしないよう慎重に、両手を握り込みながら尋ねてきた。
「『夜魔の呼び声』の件は、出発前にお前にも話したよな?」
「はい……。教会で、僕が使って……しまった、ものです、よね……?」
「ああ。声を聞いたオスを無差別に呼び寄せる魔法。あれは本来、繁殖期の夜魔が行使するものなんだ。それをまだ魔族としては未成熟なお前が使った結果――」
正面からまっすぐに伝えられた情報。それが意味するところを察せないほど、僕は鈍感ではなかった。
「今の僕、は……繁殖期なん、ですか……?」
「……ああ、昨日の言動と、腹の底の違和感から考えて間違いないだろう」
そっと下腹部に手を当てる。そこにある熱を意識した途端、腹の奥の疼きは猛烈に高まり、座っているのも辛くなって僕の体はぐらりと傾く。
「うぅ……」
「ヒーラー……!」
倒れそうになった僕を抱き留め、アレクは近くで用意していた鍋からどろりとした液体を器へと入れる。
「これを飲むんだ。店主から聞いた薬草を煎じたものだ。一時的にだが、症状が楽になるらしい」
渡された器を震える手で受け取り、その中身をゆっくりと喉へ流し込む。生ぬるいそれが胃に落ちていくと同時に、思考を支配していた疼きは徐々に収まっていった。
「この状態では旅を続けるのは不可能だ。繁殖期は二週間から三週間で終わるらしい。……『呼び声』が再び発動するかもしれないことを考慮すると、町には戻れないんだ。すまないが、しばらくここに滞在して、体調が改善するのを待とう」
「え?」
思わぬ事を言い出したアレクに、僕は素直に頭に浮かんだことを口にする。
「アレク、さま……。首輪を、使えばいいと、思いま、す」
「なっ……」
「首輪で支配、すれば……僕の状態は、関係なく……旅を、進められ、ます。アレクさまを、襲うことも、なくなるでしょう、し……問題は、全部解決します、よ……?」
合理的な自分が導き出した結論を伝えると、アレクはなぜか泣き出しそうなのをぐっと堪える顔になった。
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