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第44話 子が欲しい
「そんなこと、言わないでくれっ……!」
アレクは突然僕を抱きしめ、息苦しさを感じるほどにぎゅうぎゅうと腕に力を込めてきた。
「お前に無理を強いる奴らは、もういないんだ! そんな風に自己犠牲をしなくても、もういいんだよ!」
自己犠牲と言われても、正直ピンと来なかった。僕はただ合理的な提案をしただけで、そこに勇者に支配されていた頃の名残があるのかと言われても、少なくとも自分から見ると無いように思える。
あるいは、この合理的な思考そのものが、支配の残した傷跡なのかもしれないが。それでも自分は本当に納得してこの提案をしているのに。
「うぅ、アレクさま……苦しい、です……」
「す、すまない! またやってしまった。大丈夫か? 痛めたところはないか?」
過剰なまでにこちらを案じてくる彼を見上げ、僕は自然と笑みをこぼしてしまう。
「……ふふっ」
「ヒーラー?」
「アレクさまが、僕を、想ってくれるの……とても、嬉しいです……」
愚直なまでにまっすぐな好意を前にして、折角収まった腹の疼きがじくじくと存在感を増していく。
「アレクさま、は……僕の、こと……」
「ヒーラー、また具合が悪くなっているみたいだ。……腹の中には出してやれないが、口から精を摂取したい時は、いつでも協力するから」
それは、誠意の籠もった拒絶だった。腹の中には出さない、口からなら精を与えてくれる。それの意味するところに思い至り、僕は肩を落として俯く。
「赤ちゃん、欲しくないん……です、か……?」
「っ……」
「僕は、欲しい、です……。アレクさまの、子種で、孕みたい……」
欲望のままに言葉を口にする。優しく拒絶されたという事実で、じわりと目元に涙が浮かぶ。
だけどアレクの反応は当然だ。アレクは僕を守ってくれると言ったけど、それは仲間としてであって、恋人としてではない。恋人でも番でもない生き物に、急に子供を要求されても困るだけだ。
「……ごめん、なさい。聞かなかった、ことに……して、ください……」
「ヒーラー……」
「少し眠って、頭を……冷やし、ます。本当に、ごめんなさい……」
その場に寝転がり、腹を庇うように丸くなる。
浮かれた気分が通り過ぎた後に残ったのは、死にたくなるほどの自己嫌悪だった。彼はただ善人なだけだ。いくら僕が迫った時、それに応えてくれたとしても、それは彼の倫理観によって為された行動でしかない。
それなのに、あけすけに犯してくれ、子どもを作りたいと縋ったりして、思い上がった自分が恥ずかしい。消えてしまいたい。
ぐすっと鼻を啜る。身勝手にも溢れてきた涙を見せまいと、さらに体を丸める。
アレクはそんな僕を前にしてしばらく狼狽えていたようだったが、やがて荷物から取り出してきた薄い毛布をそっと僕にかけると、どこかへと立ち去っていった。
きつく目を閉じているうちに、いつの間にか睡魔に飲まれて眠りこけていた僕が次に目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。
どれだけ眠っていたのかと身じろぎをし、起き上がろうとする。すると、隣にいたアレクに肩を押さえられ、それを阻止された。
「静かに。獣が集まってきている。目隠しのまじないはかけてあるが、できるだけ音は立てないほうがいい」
緊迫した声で言うアレクに、僕は小さく頷いて体を横たえる。彼の言葉通り、洞穴の外では複数の獣がうろうろと動き回っていた。
ここは獣の縄張りだったのか。いや、それにしては獣たちの動きはどこか妙だ。まるで何かを探しているように辺りを嗅ぎ回り、目をぎらつかせて興奮している。
「くそっ……なんでこんなに獣が……」
思わずといった様子で呟いたアレクの足元に横たわりながら、僕は獣の動きを注視し続ける。
ふと、その中の一頭がこちらを向く。血走ったその目と、僕の目が合う。それを認識した瞬間、腹の疼きが突如最高潮に達した。
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