47 / 49

第47話 優美なる魔族*

 辛い。苦しい。もう嫌だ。誰か。  言葉として発することもできない悲鳴が内心でこだまする。せめて今のこの姿が、洞穴の奥にいるアレクに見えていませんように。僕がよがっていた声が、彼に聞こえていませんように。  そんな切なる願いとともに、全ての抵抗を諦めて脱力する。 「うおお! 出すぞ! 腹ん中で全部受けとめろよ!!」  激しく抽送を繰り返していた性器が内側で膨れ上がり、子種を流し込む準備に入る。僕は絶望のままそれを受け入れようとし――  突如、背後にいた男の体が何者かによって僕から剥ぎ取られ、その勢いで地面へと崩れ落ちるように倒れ込む。口を責めていた男も硬直し、僕の背後にいる『何か』を見上げているようだった。 「ぐぎゃ、ぎっ、がっ……」  潰れるような小さな断末魔。濃い血の匂い。人間が、噛み砕かれる音。 「ひ、ひぃっ……! バケモ――」  僕の隣にいた男の体が宙を舞い、茂みから姿を現した大蜘蛛が口でそれを受けとめる。バギャッと、嫌な音がした。 「あ、あぁ……」  僕の前方に残された男が、頭上から伸びてきた大きな手に掴まれ、僕の後ろにいる何者かの眼前へと連れ去られる。上手く力が入らない手足をなんとか動かし、体を起こして、僕は背後の存在の正体を見た。 「アラク、ネ……」  それは、巨大な蜘蛛の体に麗しい女性の上半身を持った魔族だった。アラクネは手にした男の体をまじまじと見回すと、まるでパンを千切るような上品な手つきで軽々と引きちぎり、足元に蠢く子蜘蛛たちへと分け与える。子蜘蛛たちは頭上から降ってきたご馳走に歓喜し、アラクネは慈愛の眼差しでそれを見下ろしていた。  その恐ろしい見た目に反して、子を思いやる理性と知性を感じる行動だと思った。エサとなっているのが人間であるということを除くのであれば。  僕はカタカタと全身を震わせながら、成人男性の三倍はありそうな彼女を見上げ続け――ふと、彼女の子供達が洞穴の方へと向かおうとしているのに気がついた。 「ま、待って……!」  洞穴に自身も向かおうとしていたアラクネの足にしがみつく。彼女はピタリと歩みを止めると、何を考えているのか分からない目でこちらを覗き込んできた。  捕食者だ。この女性は僕よりも強い存在で、僕は今から為す術もなく食べられるんだ。  目の前に突きつけられた命の終わりに愕然としながらも、最後にせめてやるべきことだけは為さなければと、必死で声を張り上げる。 「お願いします……! あの洞穴に、居る人だけはっ、食べないでくださいっ……! けほっ……僕は、どうなっても、いいですからっ……、大切な人、なんですっ……お願いします、お願いっ……けほっ、ごほっ……」  うまく息継ぎが出来ず、大声を上げた反動でぐったりと咳き込む。そんな僕をアラクネはじっと見下ろした後、まとう雰囲気をふわりと和らげた。 「おお、お前のような幼子に番がおったとはな。妾も夜魔から番を取り上げるほど鬼ではないぞ。安心せい」 「えっ……」  きょとんと目を丸くして、彼女を見上げる。彼女は僕から帽子をそっと取り払うと、愛しげに角を撫でてきた。 「この角……やはり百歳にもなっておらぬ童ではないか。それなのに繁殖期を迎えるとは、大変であったのう」  繁殖期、という言葉を出され、思わず全身に力が入る。それが分かっているということはまさか、彼女たちも僕を犯すために――  恐怖で震えながら警戒の目を向ける僕の顎を、アラクネは指先を使って軽く摘まんだ。 「そう怖がらずともよい。じゃが、自分の言葉には責任を持ってもらわねばな」 「え……」 「どうなってもいいと、言ったのはお前であろう?」  揶揄うようにもおどかすようにも聞こえる声色で、彼女は問いかけてくる。僕は、全ての恐怖を飲み込んで、不可思議な色合いの彼女の目を見つめ返した。 「はい、僕は……どうなってもいい、です」  強い覚悟を込めて告げた僕を見て、アラクネは嬉しそうに目を細めた。 「では、お前の胎を借りるとしよう」  細くて長い指の腹でぐりっと抉るように、下腹部を押される。それでも負けじと彼女を見上げていると、彼女は僕の耳元で絶望的な一言を告げた。 「この胎で、妾の子を産んでくれるな?」

ともだちにシェアしよう!