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第48話 交換条件
「……それで、アレクさまも、助けていただける、なら」
胎を貸す。アラクネの子を産む。それが、彼女によって卵を産み付けられ、苗床になるという意味だということは理解していた。
だけどそうやって無残に死ぬよりも、今の僕には、アレクが死んでしまうことのほうが恐ろしくて、なけなしの勇気を振り絞って、目の前の強者に追加の交換条件を突きつける。
アラクネはきょとんと目を丸くした後、森中に響き渡るような大声で笑い出した。
「フフ、ハハハハハ! アラクネの女王たる妾を相手に、幼子が交渉か。良い良い。それぐらいの気概がなければ、苗床には耐えられぬからな」
自分の未来を明確に示され、怯えで息が浅くなる。アレクのためなら自分の全てを投げ打ってもいいと思っていた過去の己が、まるで自分自身ではないように感じるほど、今の僕は『死にたくない』と思ってしまっていた。
アラクネの女王はくっくっと喉を鳴らしてさらに笑うと、へたり込む僕の体をそっと抱き上げた。
「そう絶望してくれるな。役目を終えたら野に放してやる。そのアレクという人間ともども、傷を治した状態でな」
「えっ……」
赤子を抱くように優しい手つきで僕を腕の中に収めた女王に、僕はぽかんと口を開けて驚く。
「本当、ですか……?」
「妾は嘘は言わぬ。それともお前の目に妾は、見るもの全てを喰らい尽くす野蛮な女に見えたのか?」
試すようにわざと悪い顔を作って牙を見せてきた女王を見上げ、僕は素直に答えた。
「……いえ、強くて、怖いけど……同時に、優しい方だとも、思いました」
「フッ、ハハハ! 優しい! 妾を優しいとな? 聞いたか子供たち!」
話を振られた周囲の蜘蛛がギチギチと顎を鳴らす。己の言動を笑われているのだと理解し、僕は視線を落として少し赤面した。
「だ、だって……子供たちに、ごはんをあげてる、時の顔が……すごく優しく、見えて……本当なのに……」
「くっくっ。疑ってはおらぬよ。そう拗ねないでおくれ、可愛い子」
上機嫌に頬ずりをされ、彼女の口から漂う血の匂いに頭がぼーっとして体から力が抜ける。
「う、うぅ……」
「おっと。無駄話をしている場合ではなかったな。子供たち、洞穴の人間を回収して、共に帰るぞ。くれぐれも、つまみ食いはせぬように」
ぎろりと周囲を睨み付け、彼女は釘を刺す。足元の蜘蛛たちが、罰が悪そうに身じろぎをした。
よかった。この強い女性に任せておけば、アレクが食べられることはなさそうだ。
そう思った途端、張り詰めていた糸が切れたかのように眠気が押し寄せ、瞼が閉じていく。
「今は眠るがよい。幼き夜魔よ。胎を借りる話は、目が覚めてからじっくりとしてやろうぞ」
「は、い……」
ギリギリ繋ぎ止めていた意識で、小さく答える。女王はそんな僕の頭を優しく撫でてきた。
彼女の子を産む。アレク以外との間の子を。
意識するだけで張り裂けそうなほど胸が痛くなるその未来を直視したくなくて、きつく目を閉じて暗闇の中で身を縮こまらせる。
ガサガサと草を踏む音が無数に響き、僕たちは彼女の巣へと運ばれていった。
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