2 / 5

第2話 お前にだけは負けたくない

「勝った」 返却された答案を見た石井亮(いしい・りょう)が、隣の席へ紙を滑らせた。 松本拓也(まつもと・たくや)は自分の答案と見比べる。 一点差。 「一点で勝った面すんな」 「一点でも負けは負けだろ」 「次は潰す」 「やってみろよ」 亮が笑う。 大学へ入ってから、ずっとこんな調子だった。 試験の点数、レポートの評価、体育の記録、ゲームセンターのスコア。 二人が同じ場所にいれば、何でも勝負になる。 それでも離れない。 昼休み、拓也が購買へ向かうと亮も当然のようについてきた。 「ついてくんな」 「道が同じなんだよ」 「俺、購買だけど」 「じゃあ俺も購買」 拓也が呆れたように笑う。 「お前、暇だな」 「お前に言われたくねえ」 午後の授業が終わると、二人は学内行事の準備へ回された。 教室へ運び込まれた箱を開け、机を寄せ、壁へ飾りを取り付ける。 「そこ曲がってる」 「今直す」 「遅い」 「うるせえな」 亮が脚立へ上がると、拓也は何も言わず下を押さえた。 亮が道具を探すと、拓也が先に渡す。 拓也が机を動かせば、亮は反対側へ回る。 口では喧嘩ばかりしているのに、作業だけは早い。 最後の飾りを直す頃には、教室から他の学生は消えていた。 亮が壁を眺める。 「まあ、こんなもんだろ」 「そこ、さっきお前が曲げたとこ」 「直ってるだろ」 「俺が直した」 「またそれかよ」 亮の眉が動いた。 「お前さ、いちいち言い方ムカつくんだよ」 拓也も笑わなくなった。 「事実だろ」 「その言い方だっつってんだよ」 また始まった。 **** 「お前、毎回そうやって偉そうなんだよ」 「お前が毎回突っかかってくるからだろ」 「先に煽ってんのはお前だ」 「じゃあ何に怒ってんだよ」 拓也が一歩近づく。 亮も退かない。 「その口」 「は?」 「その偉そうな口、黙らせたい」 亮が詰め寄ったところで、腰が机の端へ当たった。 それ以上進めない。 拓也は目の前にいる。 近い。 息が触れそうな距離。 それでも亮は引かなかった。 拓也も動かない。 「だったら黙らせてみろよ」 低い声。 亮の胸が妙に跳ねる。 その瞬間、拓也の視線が下がった。 唇へ。 亮は気づいた。 「……何見てんだよ」 「お前こそ」 亮も拓也の唇を見ていた。 二人とも黙る。 さっきまでうるさかった教室が、急に静かになった。 拓也が何か言おうとする。 亮も同時に口を開く。 唇が触れた。 ほんの一瞬。 二人とも止まる。 「……」 「……」 亮は拓也のシャツを掴んでいた。 拓也の腕も亮の腰へ回っている。 「今の何だよ」 亮が先に言った。 「知らねえよ」 「お前が来たんだろ」 「お前も来ただろ」 また睨み合う。 けれど、今度は二人とも相手の唇から視線を外せない。 拓也が先に動いた。 二度目のキス。 今度は偶然ではない。 亮は驚きながら拓也の胸を押した。 押し返すつもりだった。 なのに指はシャツを強く掴んだままだった。 拓也が唇を離す。 亮は息を乱しながら睨む。 「……何で止めんだよ」 言った直後、自分で驚いた。 拓也も目を見開く。 少しして、口元が上がった。 「お前、それ言ったな」 亮の頬が熱くなる。 それでも撤回しない。 「聞こえただろ」 拓也の表情から余裕が消えた。 次のキスは、さっきまでの喧嘩よりずっと激しかった。 **** 拓也が亮を机際へ押し込む。 亮も負けじと襟を掴み、引き寄せる。 唇が重なる。 離れる。 またすぐ重なる。 歯が当たり、舌が絡む。 「っ……噛むなよ」 「お前が先だろ」 「負けず嫌い」 「お前に言われたくねえ」 亮からキスする。 深く、わざと吸うように。 今度は拓也の方が息を乱した。 それを聞いて、亮が笑う。 「お前も余裕ないじゃん」 「言ってろ」 拓也が亮の腰を強く抱き寄せた。 身体がぶつかり、机が軋む。 互いの昂ぶりが、硬い感触として直接伝わる。 亮が一瞬黙る。 拓也も黙る。 先に口を開いたのは亮だった。 「……お前もじゃねえか」 「お前だってそうだろ」 「うるせえ」 亮は離れず、逆にさらに身体を寄せ、拓也のものを腰で擦りつけた。 拓也が低く息を吐く。 「口とやってること違うぞ」 「黙れ」 亮はその口を自分から塞いだ。 触れられれば触れ返す。 拓也が強く抱けば、亮も首へ腕を回し、太ももを絡める。 どちらか一方だけが崩れるのが悔しい。 相手の息が乱れれば嬉しい。 声が漏れれば、もっと聞きたくなる。 拓也が亮の首筋を噛み、手をシャツの中へ滑らせる。 弱いところを見つけた瞬間、亮の身体が跳ねる。 「っ……」 「今、声出たな」 「出てねえ」 もう一度同じところを、指で強く擦られる。 「っ……拓也……」 名前が零れた。 二人とも止まった。 普段なら「松本」か「お前」。 こんな声で名前を呼んだことは一度もない。 拓也が亮を見る。 目が熱い。 「もう一回」 「は?」 「今の」 「知らねえよ」 「じゃあ言わせる」 「調子乗んな」 亮が言い終える前に、また唇を奪われた。 手がベルトを外し、ズボンを下ろす。 拓也の指が直接触れ、亮の呼吸がどんどん乱れていく。 「拓也……っ」 「ほら」 「うるせえ……んっ」 悔しい。 でも、拓也も同じくらい乱れている。 亮がやり返す。 拓也のものを握り、わざとゆっくり動かして、低く息を漏らさせた。 「大したことねえじゃん」 「……煽ったな」 「やれるもんならやれよ」 拓也が一気に距離を詰めた。 亮の身体が机へ押され、そのまま強く求められる。 亮も逃げず、むしろ拓也を引き寄せ、脚を開いて受け入れる準備をする。 「来いよ」 拓也の呼吸が止まる。 亮は睨んだまま続ける。 「中途半端にすんな。……全部、ぶち込んでみろ」 そこから、二人とも完全に止まれなくなった。 拓也が一気に奥まで入る。 机が軋み、亮の背中が冷たい天板に押しつけられる。 喧嘩の延長みたいに荒く求め合いながら、相手が苦しそうに息を乱せば、今度はそこへさらに腰を打ちつけたくなる。 亮の声は少しずつ甘くなっていった。 「拓也……そこ……っ♡ 深……」 「もう参った?」 「まだ……負けてねえ……♡ もっと、やれよ」 「その声で言うかよ」 「お前だって余裕ねえだろ……っ♡ んあっ」 実際、拓也も同じだった。 亮が名前を呼ぶたび、息が乱れる。 亮が身体を寄せ、内を締めつけるたび、さらに深く求めたくなる。 最初は、どちらが先に相手を崩すかの勝負だった。 いつの間にか、そんなことはどうでもよくなっていた。 相手がもっと欲しい。 ただ、それだけになっていた。 「拓也……」 「何」 亮は拓也の肩へ腕を回したまま、息を整えようとする。 それでも視線は外さない。 腰を自ら動かして、深く飲み込む。 「もっと……激しく。……お前の、全部」 拓也が笑う。 目はもう余裕がない。 「それ、負けじゃねえの」 亮はすぐ睨み返す。 「だったらお前も言え」 拓也が亮の腰を引き寄せ、一気に奥を抉る。 「もっと来い、亮。……俺に、負けるなよ」 初めて名前で呼ばれた。 亮の胸が強く跳ねる。 中がきつく締めつけ、拓也の息が詰まる。 「……それ反則」 「知らねえよ」 二人はまた唇を重ねた。 今度は勝ち負けを確かめるためではなかった。 互いの名前を呼びながら、何度も強く求め合う。 机がきしむ音、肌がぶつかる音、ぬるりとした水音が教室に響く。 「拓也……っ♡ そこ、やば……」 「亮……きつい」 「ムリ……もう……♡ でも、まだ……」 「俺も」 亮が笑おうとする。 息が途切れながらも、挑発を忘れない。 「先に限界きたら負けだからな」 「まだ言ってんのかよ」 「お前にだけは負けたくねえんだよ」 拓也が少し黙る。 それから、亮を強く抱き締め、腰の動きを一段と激しくした。 「俺も。……お前にだけは、負けたくねえ」 その一言で、亮の身体から余計な力が抜けた。 代わりに、甘い声が止まらなくなる。 拓也のものが奥を何度も突き上げ、亮の中が痙攣する。 「拓也……っ♡ もう、だめ……一緒に……」 「亮」 「負けねえ……から……一緒に、行け……♡」 最後は二人とも相手へしがみついた。 どちらが先だったのか、もう覚えていなかった。 ただ、名前を呼び合いながら、熱いものが同時に溢れ、亮は拓也の肩に歯を立て、拓也は亮の腰を離さなかった。 **** 静かになった教室で、亮は机へ背中を預けていた。 拓也もすぐ隣にいる。 しばらく二人とも黙っていた。 亮が先に口を開く。 「……最悪」 拓也が笑う。 「同感」 「お前のせいだからな」 「お前が『止めんな』って言ったんだろ」 「そこ掘り返すな」 拓也が笑う。 亮は肩を押した。 大した力は入っていない。 「笑うな」 「無理」 「ムカつく」 言いながら、亮も笑ってしまった。 少しして、亮が横目で拓也を見る。 「……なんか、お前に負けた気がする」 拓也も亮を見る。 「俺もしてる」 二人とも黙る。 亮が先に笑った。 「じゃあ引き分けな」 「勝手に決めんな」 「じゃあ何だよ」 拓也が亮の腰を引き寄せる。 「次で決める」 亮は一瞬目を見開き、それから口元を上げた。 「受けて立つ」 拓也がキスする。 亮もすぐに返した。

ともだちにシェアしよう!