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第4話 可愛いなんて言うな
祭ばやしと掛け声が、夕方の通りいっぱいに響いていた。
斉藤智也(さいとう・ともや)は神輿の横を走りながら、少し前を行く山口俊介(やまぐち・しゅんすけ)を何度も目で追っていた。
紺の法被。
汗で濡れた首筋。
神輿が傾けばすぐ位置を変え、若い担ぎ手が疲れていれば短く声をかける。
騒がしい祭りの中でも、俊介だけはいつも通り落ち着いていた。
休憩へ入ったところで、智也は水を一本掴んで駆け寄った。
「先輩」
俊介が振り返る。
「お疲れ」
「先輩、今日めちゃくちゃ格好いいですね」
俊介は受け取った水を飲みながら智也を見る。
「お前も頑張ってたな」
智也は少し不満そうに眉を寄せた。
「それだけですか」
「何が欲しい」
「もうちょっと褒めてくださいよ」
俊介の視線が智也へ戻る。
額に張りついた髪。
汗で赤くなった頬。
開いた法被の胸元。
締め込みの上で締まった腰。
視線が一瞬だけ止まった。
「……お前も可愛かったよ」
智也の動きが止まる。
「え」
俊介はもう神輿の方へ歩き始めていた。
「休憩終わるぞ」
智也だけがその場に残る。
「可愛い……?」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
****
夜。
祭りを終えた男たちは、公民館の座敷で打ち上げを始めていた。
料理の皿と酒が並び、あちこちで今日の失敗や活躍を笑い合っている。
智也も仲間と飲んでいたが、昼間の一言がずっと頭から離れなかった。
俊介は少し離れた席で年長者と話している。
昼間と変わらず落ち着いている。
その姿を見るたび、胸の中で同じ言葉が繰り返される。
可愛い。
格好いいでも、頑張ったでもなく。
可愛い。
友人が智也の視線の先を追った。
「お前、山口さん好きだよな」
「好きですよ。格好いいし」
「即答かよ」
笑われても、智也は酒を飲んだだけだった。
その言葉自体は昔から普通に言っている。
ただ今日は、自分が俊介からどう見られているのかが気になって仕方なかった。
酔いと祭りの熱で頬が火照る。
智也は立ち上がった。
「ちょっと水浴びてくる」
座敷を出て、廊下の奥にある一人用の化粧室へ入った。
洗面台の蛇口をひねり、冷たい水で首筋を濡らす。
鏡に映る自分を見る。
法被姿。
乱れた髪。
頬はまだ赤い。
「……どこが可愛いんだよ」
呟いたところで、扉が開いた。
「智也?」
俊介だった。
智也が振り返る。
「先輩」
俊介は一瞬こちらを見てから中へ入る。
扉が閉まった。
狭い空間に二人きりになった。
****
俊介が洗面台へ向かう。
智也は横に立ったまま、鏡越しに俊介を見た。
昼間より髪が少し乱れている。
法被の胸元も緩んでいる。
それでもやっぱり格好いい。
智也は黙っていられなくなった。
「先輩」
「ん?」
「昼のあれ、何ですか」
俊介が水を止める。
「昼?」
「可愛いってやつ」
俊介の動きが止まった。
智也は身体ごと俊介へ向ける。
「俺、男ですよ」
「知ってる」
間を置かず返ってきた。
智也の胸が跳ねる。
「じゃあ、なんで可愛いなんて言ったんですか」
俊介が答えない。
その代わり、智也を見る。
視線が頬から唇へ落ちる。
智也は気づいた。
昼間も、同じだった。
胸元を見て、腰を見て、それから自分の目へ戻った。
あれは、ただ褒めていた視線ではなかった。
「……先輩?」
俊介が低く言う。
「そんなふうに聞くな」
「どんなふうですか」
「分かってないなら、そのままでいろ」
俊介が扉へ向かおうとする。
智也は反射的に法被の袖を掴んだ。
「逃げないでくださいよ」
俊介が振り返る。
「智也」
「俺、ずっと先輩のこと格好いいって言ってきたのに」
指に力が入る。
「先輩は、俺のこと可愛いって思ってたんですか」
俊介はしばらく黙っていた。
それから短く答える。
「ずっとな」
智也の胸が強く鳴った。
自分だけが俊介を追いかけていたと思っていた。
その俊介も、自分を見ていた。
しかもずっと。
智也は法被を掴んだまま離さなかった。
俊介の視線が変わる。
次の瞬間、壁際へ押し込まれた。
唇が重なる。
「んっ……!」
驚く暇もなく、俊介の腕が腰へ回る。
キスはすぐ離れた。
俊介の呼吸が少し乱れている。
智也は目を見開いたまま俊介を見る。
俊介が一歩退こうとする。
智也は首へ腕を回した。
「……何でやめるんですか」
俊介の目が細くなる。
「お前、分かって言ってるか」
智也は答えず、自分から唇を重ねた。
今度はすぐ離れない。
身体を寄せる。
互いの熱がはっきり伝わる。
俊介が目を閉じた。
「……もう無理だ」
智也は息を弾ませながら聞く。
「何が?」
俊介の腕が腰を強く引き寄せる。
「我慢するのが」
****
今度のキスは激しかった。
俊介が智也を壁際へ押し込み、深く求める。
狭い化粧室の冷たいタイルに背中が押しつけられ、智也も首へ回した腕をほどかず、必死に応えた。
法被の下で、汗ばんだ肌が密着する。
「ん……っ、先輩……♡」
俊介の唇が首筋へ移る。
祭りの汗の残る肌を、わざとゆっくり舐め上げる。
智也の身体が震える。
「っ……そこ、やば……♡」
もう一度触れられる。
今度は声を抑えきれなかった。
くちゅ、という小さな音が狭い空間に響く。
「先輩……っ♡」
俊介が智也を見る。
目が熱い。
「そんな声出すのか」
智也の耳まで赤くなる。
「先輩が……するから……。首、弱いんです……」
俊介の口元がわずかに緩む。
指で締め込みの紐を緩め、腰を直接掴む。
「可愛い」
「今それ言うの、ずるいです……」
「昼からずっと思ってた。……神輿担いでるときも、この腰、ずっと見てた」
その一言で、智也の胸の奥まで熱くなった。
祭りの最中も。
神輿を担いでいたときも。
自分が俊介を目で追っていた間、俊介も自分を見ていた。
しかも、そんなふうに。
智也は俊介へさらに身体を寄せ、自ら腰を擦りつける。
互いの昂ぶりが、硬い感触としてはっきり伝わる。
「じゃあ……もう逸らさないでください」
俊介が少し黙る。智也は真っ直ぐ見上げた。
「俺のこと、ちゃんと見ててください。……可愛いって言った意味、ちゃんと教えてください」
俊介の余裕が消えた。
唇を奪われる。
抱く腕が強くなる。
法被をはだけさせ、胸を吸い、乳首を指で転がす。
智也も嬉しくて、何度も自分から求め返す。
俊介の掌が法被の下へ入り、汗の引いた背中を撫でる。
腰へ触れ、さらに下へ滑る。
締め込みの中へ直接手を入れ、熱いものを握る。
智也の呼吸が速くなる。
「先輩……」
「何」
「もっと……触って……♡」
俊介が動きを緩める。
わざとゆっくり上下させる。
智也は焦れて、俊介の腕を掴んだ。
「先輩……もっとしてください♡ 優しくしないで……」
俊介が笑った。
普段の落ち着いた笑い方とは違う。
欲を隠していない。
「もっと欲しがってごらん。……可愛くねだるんだ」
智也の頬がさらに熱くなる。
少し前まで、自分は俊介から可愛いと言われた意味さえ分かっていなかった。
今は違う。
俊介に欲しがられていることが嬉しい。
自分も同じだけ欲しい。
智也は首へ腕を回し、自分から距離をなくし、耳元で熱く囁く。
「もっと……欲しいです♡ 先輩の、全部。……中まで、欲しい」
俊介の呼吸が変わった。
「智也」
「はい」
「それ以上言うと、本当に止まらないぞ」
智也は小さく笑う。目はもう潤んでいる。
「もう止まらなくていいです。……俊介さんに、ぐちゃぐちゃにされたい」
またキスする。
今度は智也から。
舌を絡め、腰をくねらせて誘う。
俊介が強く抱き返す。
狭い化粧室で、二人の身体はずっと触れ合ったままだった。
逃げるほどの距離も作らない。
俊介が智也の脚を持ち上げ、壁に押しつけたまま、指を濡らして中へ入れる。
ゆっくりと動かし、奥を探る。
「先輩……そこ……♡」
「ここか」
「っ……そう……♡ もっと、奥……」
同じところを狙われ、智也の膝が震える。
指が二本になり、くちゅくちゅと水音が立つ。
「やば……っ♡ 先輩の指、熱い……」
俊介が腰を支える。
智也はその肩へしがみついた。
余裕のある先輩だと思っていた。
ところが今は、俊介の呼吸も乱れている。
自分のものも、智也の腹に硬く押しつけられている。
「先輩も、余裕ないですね」
「誰のせいだ」
「俺ですか?」
「お前以外に誰がいる。……可愛い声出して、俺を煽るお前だ」
智也はその答えが嬉しくて笑った。
次の瞬間にはまた唇を奪われる。
笑い声が甘い吐息へ変わった。
「俊介さん……♡」
初めて名前で呼んだ。
俊介の動きが止まる。
指が奥で跳ね、智也も自分で驚いた。
「……もう一回」
俊介の声が低くなる。
智也は恥ずかしそうにしながらも、今度ははっきり呼ぶ。
「俊介さん。……挿れてください」
すぐに深くキスされた。
智也はそれだけで身体が熱くなる。
俊介が指を抜き、自分のもので入口を押し開く。
ゆっくりと、でも容赦なく奥まで沈める。
「先輩」
「どっちだ」
「え?」
「先輩か、俊介さんか」
智也が少し笑う。
息が震えながらも。
「今は俊介さん……っ♡ 全部、俊介さんので埋まってる……」
俊介の目が細くなる。
腰を引き出し、一気に打ちつける。
「覚えとけよ」
「何をですか」
「それ、俺に効く。……お前が俊介さんって呼ぶたび、頭おかしくなる」
智也の胸が跳ねる。
さっきまで一方的に崩されていると思っていた。
自分の一言でも俊介を乱せる。
それが嬉しい。
「俊介さん♡」
わざともう一度呼び、内をきつく締めつける。
俊介の腕が強くなる。
「お前……」
智也は楽しそうに笑った。
「可愛いって言った仕返しです。……もっと、乱れてください」
俊介がその笑いをキスで塞ぐ。
そこから二人とも余裕がなくなった。
壁に押しつけたまま、激しく腰を打ちつける。
法被が乱れ、汗が飛び、肌がぶつかる音が狭い空間に響く。
触れられる。
求め返す。
名前を呼ぶ。
また抱き寄せられる。
智也は何度も声を漏らした。
「俊介さん……っ♡ そこ、深い……」
「智也」
「もっと……♡ 激しくていいです……」
「まだ欲しいか」
智也は俊介の肩へしがみついたまま頷く。
言葉だけでは足りず、自分から腰をくねらせて応える。
俊介はその動きに応え、さらに深く、容赦なく求めた。
「っ……あ♡ 俊介さん……♡ だめ、また……くる……」
智也の声が甘く崩れる。
何度感じても、離れたいとは思わなかった。
むしろ、そのたび俊介へもっと近づきたくなる。
中が痙攣し、俊介のものを締めつける。
「智也」
「ん……♡」
「俺を見ろ」
智也は潤んだ目で俊介を見る。
祭りの間、何度も逸らされていた視線が、今は自分だけに向いている。
智也は息を震わせながら笑った。
「ちゃんと見ててください……♡ 俺が、俊介さんのでこんなになってるところ……全部」
俊介の額が智也へ触れる。
腰の動きがさらに速くなる。
「智也が俺でこんなになってるところ、全部見てる。……可愛い。めちゃくちゃ可愛い」
その言葉で、智也の身体が大きく震えた。
「俊介さん……もう……限界……♡ 中に、出してください……」
俊介の余裕も消えていた。
「俺もだ。……智也」
智也が首へ腕を回す。
俊介も腰を強く抱く。
二人とも名前を呼びながら、限界を越えた。
俊介が奥で熱いものを解き放つ瞬間、智也も同時に跳ね、甘い声を長く引きながら俊介の肩に歯を立てた。
****
しばらくして、化粧室に水音だけが戻った。
智也は壁へ背中を預けたまま、俊介に身体を支えられている。
呼吸が落ち着くまで少しかかった。
俊介が智也の乱れた法被を整える。
襟元を直し、腰回りも軽く整える。
智也はぼんやりその様子を見ていた。
少しすると、俊介自身も服装を直す。
髪を整え、襟を戻す。
外見だけなら、もう祭りの最中と変わらない。
智也が小さく笑った。
「先輩、もう普通の感じですね」
俊介が智也を見る。
「普通じゃない」
「めちゃくちゃ冷静に見えます」
俊介は智也の腰を引き寄せる。
耳元へ唇を寄せた。
「今も可愛いと思ってる」
智也の頬が一気に赤くなる。
「……それ、もう普通に聞けないです」
俊介が笑う。
「俺も普通の意味で言えない」
智也はしばらく黙り、それから俊介の胸へ額を寄せた。
「じゃあ……これからも言ってください」
「可愛いって?」
「はい」
「嫌がってただろ」
「意味が分かったから、今は嬉しいです」
俊介の腕が智也の背中へ回る。
「いくらでも言う」
智也が見上げる。
「ほんとに?」
「智也が嫌になるくらい」
「それは困るかも」
笑いながら言ったところで、俊介が短くキスした。
智也は驚かず、そのまま嬉しそうに受け止めた。
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