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第5話 俺にだけ、おかえりって言って
「ただいまー」
岡田和也(おかだ・かずや)がエントランス脇の管理人室を覗くと、森裕介(もり・ゆうすけ)が帳簿から顔を上げた。
「おかえり。今日は早かったね」
「奇跡的に」
「よかったじゃないか」
和也はそのまま自室へ向かわず、カウンターへ肘をついた。
「今日さ、昼休みにプリン食おうとした瞬間、先輩に呼ばれて」
「うん」
「戻ったら誰かに食われてた」
「名前書かなかったの?」
「書いた」
「じゃあ災難だったね」
「もっと怒ってよ」
「俺が?」
裕介が笑う。
仕事帰りにここへ寄ってくだらない話をするのは、いつの間にか和也の日課になっていた。
朝は「行ってきます」。
帰れば「ただいま」。
裕介から「おかえり」と返ってくる。
それだけで一日が終わった気がした。
買い物袋を提げた女性住人が管理人室の前を通る。
「森さん、こんばんは」
「こんばんは。おかえりなさい」
女性が笑った。
「森さんがいてくれると安心します」
「そう言ってもらえると助かります」
和也は黙った。
女性がエレベーターへ向かう。
裕介が和也を見る。
「どうした?」
「別に」
「さっきまでプリンの話をしてたのに」
「もういい」
和也はカウンターから離れる。
「裕介さんって、誰にでも優しいよね」
「管理人だからね」
「……ふーん」
自分でも何に引っかかったのか分からないまま、自室へ戻った。
****
夜。
夕飯を作ろうとして醤油が切れていることに気づき、和也は再び裕介の部屋を訪ねた。
扉が開く。
「また君か」
裕介は部屋着だった。
管理人室にいるときより髪が少し乱れている。
「醤油貸してください」
「この前は味噌だったな」
「今度まとめて返します」
「毎回そう言うね」
裕介が笑ってキッチンへ向かう。
和也は玄関でその背中を眺めた。
見慣れているはずなのに、今日は妙に目が離せなかった。
裕介が醤油を持って戻る。
「はい」
「ありがとう」
受け取ったところで、裕介の指が和也の髪へ伸びる。
「ずいぶん疲れてるな」
くしゃりと撫でられた。
「今日は早く寝なさい」
和也は一瞬動けなかった。
いつもなら素直に嬉しいだけの仕草が、今日は胸の奥まで残る。
裕介は気づかず笑った。
「おやすみ」
「……おやすみ」
自室へ戻っても、髪へ触れた指の感触が消えなかった。
****
和也はソファへ座った。
テレビをつけても内容が入ってこない。
「おかえり」と言う声。
髪を撫でる指。
部屋着の背中。
そして他の住人へ向けられた笑顔。
胸の奥がざわつく。
そこでようやく気づいた。
自分は嫌だった。
裕介が誰にでも優しいことが。
自分へ向けられる「おかえり」が、自分だけのものではないことが。
「……マジかよ」
和也は額を押さえた。
気づいた途端、これまでの感情が一気につながる。
裕介に会いたい。
触れてほしい。
けれど今度は、それだけでは足りなかった。
自分から触りたい。
和也は立ち上がった。
****
再びチャイムを鳴らす。
裕介が扉を開ける。
「どうした? まだ何か――」
「裕介さん」
声が自分でも驚くほど低くなった。
「和也?」
和也は部屋へ入り、扉を閉める。
裕介の前まで進んだ。
「さっきの、もう一回やって」
「さっき?」
「頭」
裕介が笑う。
「なんだ。甘えに来たのか」
いつものように髪へ触れる。
和也はその手首を掴んだ。
「……今、それやられると無理」
裕介の表情が変わる。
「何が?」
和也は答える代わりに腕を引き、腰を抱いた。
いつも自分が寄りかかっていた相手を、今は自分の胸へ抱き込んでいる。
「今日はずいぶん強引だな」
「裕介さんが悪い」
「俺?」
和也は一度俯き、それから見上げた。
「俺が毎日ここ寄って、『ただいま』って言うの、なんでだと思う?」
裕介は黙って聞いている。
「俺、裕介さんの『おかえり』が好きなんだ」
裕介の目元が柔らかくなる。
また髪を撫でようとした指を、和也は自分の指へ絡めた。
「だから今は、子どもみたいに扱わないで」
二人の間が静かになる。
和也は逃げなかった。
「キスしたい」
自分から唇を重ねる。
短いキス。
離れかけた和也のシャツを、裕介が掴んだ。
「……帰るの?」
和也の胸が強く鳴る。
腰をさらに抱き寄せる。
「帰れるわけないでしょ」
二度目のキスは長かった。
****
和也は裕介を抱いたまま何度も唇を重ねた。
最初は自分ばかり必死だった。
やがて裕介の腕も背中へ回り、離さないように抱き返してくる。
部屋着の薄い生地越しに、互いの体温が直接伝わる。
それだけで和也は嬉しくなる。
「和也」
名前を呼ばれる。
低い、優しい声。
「もう一回」
「何を?」
「名前。……俺だけに」
「和也」
「……やばい」
和也は裕介の肩へ額を寄せた。
髪に触れた指の感触が、まだ残っている。
「それだけで嬉しい。……他の人に『おかえり』って言ってる裕介さんより、今の声の方が好き」
「可愛いね」
「今それ言わないで」
「どうして?」
「もっと好きになる。……独占したくなる」
言ってから自分で止まった。
裕介も一瞬黙る。
和也が恥ずかしさに耐えきれず口を開く。
「今の忘れて――」
最後まで言わせず、裕介からキスされた。
深く、優しく、でも逃がさない。
和也は目を見開き、すぐ強く抱き返した。
「裕介さん」
「ん?」
「俺、ほんとに止まれないかも。……今日はずっと、裕介さんに触りたかった」
裕介は和也の髪へ指を通した。
さっきまでなら、それだけで甘やかされている気分になった。
今はもっと裕介を抱きたくなる。
和也が首筋へ唇を寄せる。
部屋着の襟を少しずらし、甘い肌をゆっくり舐め上げる。
触れた瞬間だった。
「っ……ん♡」
和也の動きが止まる。
裕介自身も一瞬息を止めた。
和也は驚いたまま裕介を見る。
「……今の、ずるい」
「何が?」
「もっと気持ちよくしてあげたくなる。……裕介さんの、こんな声、俺だけが聞きたい」
裕介がわずかに頬を赤くする。
和也はそれ以上いじらず、もう一度そっと同じところへ触れ、歯を立てずに吸う。
今度は裕介が先に和也の肩を掴む。
その反応に、和也の胸が一気に熱くなる。
「俺が裕介さんをこんなふうにできるんだ」
思わず零れた。
手を部屋着の中へ滑らせ、背中を撫で、腰を抱き寄せる。
互いのものが擦れ合い、すでに硬くなっているのが分かる。
「嬉しい?」
「めちゃくちゃ。……もっと俺に甘えてほしい。誰にも見せない顔、俺にだけ」
裕介が少し笑う。息が少し乱れている。
「今度は俺の番?」
「そうです」
「じゃあ、頼もうかな」
裕介が和也へ身体を預ける。
ソファに座り直し、自分へ任せてくれている。
その感覚だけで、和也の余裕はどんどんなくなった。
部屋着をはだけさせ、胸を吸い、乳首を舌で転がす。
「裕介さん」
「ん……♡」
「俺にだけ、こうしてください。……『おかえり』も、この声も、全部俺専用で」
「欲張りだね」
「今さらです。……許してください」
和也がまた求める。
さっきより強く。
ズボンを下ろし、熱いものを直接握る。
ゆっくり上下させながら、指を口で濡らして中へ入れる。
裕介の声が少しずつ変わっていく。
「和也……♡ そこ……」
和也の呼吸が止まった。
名前を呼ばれただけなのに、胸の奥まで熱くなる。
指を動かし、奥を探る。
「その声で名前呼ばれるの、やばいです。……もっと、出してください」
裕介が少し笑う。
内が熱く締めつける。
「じゃあ、もう呼ばない方がいい?」
和也は即答した。
「それは困る。……一日中呼ばれたい」
裕介が声を立てて笑う。
和也はその笑いをキスで塞いだ。
「笑わないで」
「ごめん」
「絶対思ってない」
「少し嬉しいだけ。……和也に、こんなに欲しがられるの」
「俺も嬉しい。……好きだから」
もう隠さなかった。
触れ合うほど好きだと思う。
裕介の声が甘くなるほど、もっと自分がそうさせたいと思う。
指を抜き、自分のもので入口を擦り、ゆっくりと奥まで沈める。
「和也……♡」
「はい」
「もう少し……深く……」
和也は目を見開く。
裕介の方から腰を寄せて求めた。
その事実だけで身体の奥まで熱くなった。
「裕介さん、それ反則」
「さっきから反則ばかりだね」
「ほんとに止まれなくなる」
裕介は和也の首へ腕を回した。
耳元で柔らかく言う。
息が熱い。
「うん。止まらなくていいよ♡ 和也の、全部……欲しい」
和也の最後の余裕が消えた。
「……もう無理」
強く抱き締める。
腰を動かし始める。
最初はゆっくり、でも徐々に深く、容赦なく。
裕介も受け止める。
脚を絡め、内をきつく締めつける。
和也は好きだと何度も言った。
今度は恥ずかしがらない。
「裕介さん、好き」
「和也……♡」
「めちゃくちゃ好き。……俺の『おかえり』、毎日言ってください。この声で」
名前を呼ばれるたび、もっと求めたくなる。
裕介が自分へ身体を預けるほど、大切にしたい気持ちと離したくない欲が一緒に膨らんでいく。
ソファが小さくきしみ、肌がぶつかる音が部屋に響く。
「裕介さん」
「ん……♡ 和也……そこ、いい……」
「俺にだけ、そんな声聞かせて。……他の人には、絶対」
裕介の腕が少し強くなる。
それだけで和也には十分だった。
腰の動きを速め、奥を何度も抉る。
二人の高まりが頂点へ近づく。
裕介の呼吸も完全に乱れていた。
「和也……もう、だめ……♡ 中に……」
その声で和也まで限界を迎える。
「俺もです。……裕介さん」
和也は裕介を強く抱いた。
最後の一突きで、奥に熱いものを解き放つ。
「裕介さん……好き……」
「和也……♡ おかえり……」
互いの名前を呼びながら、最後には二人とも相手へ身体を預けた。
裕介が和也の胸に頬を寄せ、甘い余韻の中で小さく微笑む。
****
静かになった部屋で、裕介は和也の胸へ頬を寄せていた。
和也は少し驚きながら、その髪を撫でる。
いつもと逆だった。
これまで疲れれば、自分が裕介へもたれていた。
今は裕介が自分へ身体を預けている。
「裕介さん」
「ん?」
「なんか、いいですね。これ」
「これ?」
「俺が裕介さんを甘やかすの」
裕介が目を閉じたまま笑う。
「上手になったね」
「何が?」
「甘やかすの」
和也も笑った。
「裕介さん仕込みだから」
二人はしばらくそのままでいた。
裕介が静かに口を開く。
「明日の朝も、管理人室に寄る?」
「寄る」
即答だった。
「じゃあ、いつも通りだね」
和也は髪を撫でる指を止めた。
「一個だけ違います」
「何?」
「俺が帰ってきたら、一番最初に『おかえり』って言ってください」
裕介が和也を見る。
「欲張りだな」
「もう分かったんで。俺、結構欲張りです」
裕介は少し身体を起こし、和也の頬へ触れた。
「おかえり、和也」
和也の目元が緩む。
「……ただいま」
今度は和也からキスした。
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