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6.生きているという罪と罰
◇
俺がアテラに残したものは、ナギだけだ。
過ぎ去る景色を眺めながら、そんなことを考える。
ヴァレンは死んでいない。あの時勇者は倒れたヴァレンをそのままに、ただ俺の手を引いた。俺が殺すなと言ったからだ。
あの街に戻ったら、俺はまたヴァレンに捕まるだろうか。
そうとは思えなかった。
俺とヴァレンは、これで終わった。
ナギとの再会は結局叶わなかったが、ストーリーが進めば勇者は最終決戦前に主人公達と合流する手はずとなっている。
こうなったら、その時に再会するのが一番いい気がする。
保持者 でもない俺があのパーティーに入ったところで足手纏いだし、そもそも完全に部外者だ。
居場所なんてない。
それなら、このまま勇者について行った方がいい。
少なくとも俺の存在を認めている勇者なら、まだやりようはある。
ただ、潔癖の気がある勇者が男娼の俺をその辺に捨てるかもしれないってことだけ、心配だけど。
アテラは帝国の首都だが、あの街を出るとその先はしばらく、広大な荒野が続いている。
途中でいくつかの遺跡が見られたり、保持者達が立ち寄る小さな村や町が点在していて、なんだかんだ補給に心配はない。
ゲーム画面で視た景色とは別で、本物はいちいち規模がでかくて、壮大で綺麗だった。
空も高ければ大地も広い。地平線なんて今まで見たことがなかった。
雑踏ビルばかりの夜空が、馴染みの景色だったから。
車の窓からその景色をじっと見ていると、自動運転できるのにも関わらず、先ほどからハンドルを握っている勇者が呆れた声を出した。
「暴力男に感謝してるなんて、本当に頭が悪いんですね」
「……否定はしない」
義務教育ですらリタイアした身だ。馬鹿なのは自覚がある。
俺の答えに勇者は不快そうに眉を寄せた。
「そんなことより、お前、俺に余計な細工しただろ」
「余計な細工をされてたから、元に戻しただけです」
「なんだそれ、親切のつもり?」
「なら、あのままでよかったとでも?」
「……そうじゃないけど」
意外だった。
俺を揶揄うほど心底軽蔑していたくせに、なぜそんなことをしたのか。
俺の存在はゲームにはいない。
この男にとってもイレギュラーのはず。
──イレギュラーってなんだ。
俺はここにいるじゃないか。
「別に、貴方を助けたわけじゃないので」
「……ああ、腹いせだろ」
どうせ全部は救えないと。
人のために生きようとしてきたお前の在り方を否定したから。
「僕が、ああいった輩には我慢ならないだけです」
車はとある寂れた補給ステーションで停まった。
覚えている。車を手に入れたばかりの主人公達が一番最初に寄った補給ステーション。
そこには外国映画で見るような小さな商店が併設していて、ちょっとした食料品も売っている。
車の燃料はガソリンではない。この世界の乗り物の燃料は、すべて光だ。
魔科学の世界の仕組みはいまいち分からない。
だが現実だった地球での仕組みだってほとんど理解していないからどうでもいい。
従来のガソリンスタンドのようにノズルを差し込む仕組みなのも、プレイヤーに親しみを感じさせるためなのかもしれない。
車を降りた勇者に続いて、俺も用を足すために店に入った。
奥のトイレを使い、バッグの中から財布を取り出す。
ヴァレンから貰っていた小遣いの残りが、ほんの僅かだがまだある。
たったの600ゴールド。日本円で6千円くらい。
いつまでもつか。
考えて、視線を巡らせる。どちらにしろ働かなければ生きてはいけない。
店内の窓から見える勇者の姿を確認する。
燃料を入れる男の背中には、ちいさな靄が漂っている。闇堕ちせざるを得ないヒーロー。
恐らく、既に己の行く末を知っている。
商品をカウンターに置けば、無愛想なレジの男がチラリと俺を見てすぐに目を伏せた。
この男は主人公達と交流している反乱軍の一味だ。帝国の悪巧みを阻止するため、彼等は目的を共にする主人公達の味方となった。
勇者がここに寄ったのも、何か目的があったのだろう。
俺は部外者だから、男が俺を知ることはない。
変な話だ。ゲーム世界の登場人物達を俺は知っているけど、その逆はない。
俺の事は、誰も知らない。
金と引き換えに渡された水とチップスをバッグに詰め込んで、ドアに向かう。
ガラス越し見える勇者を確認すると、ちょうど猛スピードで数台の車が滑り込んできた。
停車もおろそかに、荒々しく降りた帝国軍服を着た者達。
あっと思う暇も無かった。
彼等の持つ銃から、光の弾が高速で辺りを撃ち抜いた。
ガラスの割れる音、誰かの悲鳴、勇者が咄嗟に自分の車を盾にして、魔法を放った。
「おい、生きてるか」
「……っ」
気が付くと俺は仰向けに倒れていた。
右肩が焼けるように熱い。
呻く俺をレジの男が支えて起こしてくれる。
「クソっ、見つかっちまったか」
言いながら、俺を素早く引きずり商品棚の影に連れて行った男は、傷口に手を翳してきた。
保持者 か。
知らなかった。ゲーム内では、そんな描写はなかったはずだ。
恐らく治癒魔法をかけてくれようとしているのが分かり、俺はその手を掴んだ。
肩の痛みはもう引いている。
「俺は大丈夫、それより……」
他の人を、と言いかけた時、ガタガタと数人の男達が荒々しく入ってくる。
裏口からだ。
血の気が引くと同時に、男の行動は早かった。素早く光る魔法を繰り出して、軍人の一人をぶっ倒した。
だが、銃声は無情にも鳴り響き、小さな店内は戦場と化した。
ドクドクと心臓の音が耳元でしている。
頭上を掠める光弾と魔法にただ当たらないことだけを祈り、必死に這いつくばりながら移動する。
レジの男がどれだけ強いかなんて分からない。でも、今も血まみれで倒れている人がいる以上、やることは一つだけだ。
今やガラスは割れ、枠組みだけになった出入り口の向こうに、さっそく軍人達を倒した勇者の姿がある。
俺はありったけの声で、叫んだ。
「レスニカ──ッ!」
ハッとこちらを向いた勇者が、一瞬で状況を理解したのか駆け寄りながら手を翳した。
瞬く間に暗黒の靄が店内を覆い尽くし、次に軍人達の悲鳴が聞こえた。
勇者の闇魔法だ。
悲鳴は次第に細く途切れ、ほどなくして彼等は倒れ込んだようだった。
戸に背を預け座り込んでいる俺の横を、ゆっくりと黒ずくめが通り抜ける。
勇者の黒いブーツの下で、踏まれたガラス破片が小さく悲鳴を上げた。パキパキと割れた音が異様に耳についたのは、瞬く間に静寂に包まれたからか。
誰の息遣いも聞こえぬ空間を、俺はただ茫然と眺めていた。
暗黒の靄が頭上を覆う前に、レジの男の頭を光の弾が撃ち抜いて彼があっけなく倒れたのも、その後の勇者の魔法で敵だった彼等がこの世の地獄を見たような恐ろしい悲鳴を上げて事切れたのも、ただ愕然と見ていた。
魔法攻撃がこんなにもでたらめに強く、そしてあの銃が俺の頭を狙っていたら間違いなく死んでいたと思うと、これが現実だとは思えず、信じがたかった。
でも、撃ち抜かれたはずの肩を見れば、血がしっかりついていて、ピアスの効力のおかげで傷口は塞がっていても、あの弾が本物だと理解できる。
勇者はしばらく倒れたレジの男をじっと見下ろして、そして何も言わず彼を抱え上げた。
それを見て、呪縛から解き放たれたように身体の力が戻ってくる。
店内はめちゃくちゃで、商品があちこちに散らばり、床一面に甘ったるい匂いの飲料水らしきものが広がっている。
男を抱え上げ出て行った勇者の後をすぐには追えず、俺は他に怪我人はいないか確かめる。
だって、小さな女の子がいたんだ。最初の乱射で倒れてしまい、父親らしき人が必死に抱き寄せていたのを視界の隅で確認していた。
よろよろと立ち上がり、静かな店内を歩く。
帝国軍の男は苦痛に塗れた表情で固まっていた。見開かれた瞳の光はなく、ただ天井を映している。
彼等の表情を見るに、闇魔法とは精神に影響するものなのか。
全員銃を放り投げ、仰向けに倒れていて目立った外傷もない。
──これが、魔法の力。
奥へ歩くと、獣族らしき人の背中が見えた。
ぴくりとも動かぬその人は、横向きに俯いている。
息が、あるのか。
恐る恐る近付いても彼は俺に一切気付いていないようだった。
その肩をそっと押すと、だらりと身体が仰向けになる。
血だまりが、床一面に広がっていた。
「……っ」
慌てて辺りを見渡して、親子の姿に気付いた。
亀のように蹲る父親の真下から、小さな手のひらが覗いている。
なぜ、動かないのだろう。
まだ警戒しているからか。
戦闘は終わった。
ほら、レスニカだって……。
「ここを離れます。今すぐに」
背後からの声に驚いて息を呑んだ俺に、勇者はチラリと足元の親子に視線を落とした。
「あ……」
「車に乗ってください。急いで」
「でも」
「もう死んでいます。どうにもできない」
「なんで分かる」
「分かりますよ」
「でも、アイテムとか魔法で生き返らせられるだろ」
ほら、聖魔法の〝蘇〟はまさにそれだ。
戦闘不能状態になった仲間を蘇らせて、エリクシアというアイテムは蘇生できる上に全快する代物だった。
だが、そう言った俺に勇者は一瞬顔を歪ませて、次にグイッと腕を掴み引っ張った。
容赦のない力で車まで歩かされる。
「脳を撃ち抜かれたら、誰であろうと生き返ることはできません」
「……あの親子は頭に怪我なんてしてなかった」
「〝心眼〟で確認しています」
しんがん。
……そうか。
〝心眼 〟は対象のステータスなどが確認できる魔法だ。
この世界に来た時、主人公が初めに帝国側から受けた魔法。
心眼を使えば、属性や状態、対象のレベル、更には弱点属性などが分かる。
彼等の生死もすぐに確認できるはずだ。
それを使って見たなら、本当にあの親子は……。
「……死んだってこと?」
自動で上に開いた車のドア。
入ろうとして、ふと後部座席に項垂れた人の姿に気付く。
だらりとした腕から血が滴り落ちていて、乱れた茶色の髪には見覚えがあった。
肩を撃たれた俺を迷わず助けてくれた。治癒魔法までかけてくれようとしてくれて、でも、敵の姿に躊躇せず魔法攻撃で応戦した。
レジの男。
名前は確か、ロラン。
動きの止まった俺に苛立つように、勇者の力が強くなる。
押し込まれるように座らされ、車はほどなく発車した。
なぜ、ロランは死んだんだろう。
なぜ、俺は助かったんだろう。
ここには魔法がある。チートみたいなアイテムだって。
「……でも、頭を撃たれたら復活できない……」
「ええ、だから光弾銃が作られた。もう黙ってくれませんか」
黒い靄が視界に入り、そこでようやく俺は今の現状に気付いた。
一層不機嫌な気配を出した勇者の身体から、真っ黒な靄が漂っていた。
瞬間、グンッと車が急発進し、衝撃でシートに沈む。
何かに駆られるように猛スピードで走り抜けた先で、俺と勇者──レスニカ・ブレイは、更なる絶望に直面することになる。
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