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7.生きていくという罪と罰

 途中から、目的地にはある程度予想が付いた。  確か勇者は主人公と合流した後、静かに言うのだ。  『アジトにいた者は皆殺しにされていた』  主人公達をサポートしていた帝国反乱軍だ。  そのリーダー、ロランを筆頭に、家族も仲間も飼い犬でさえも、アジトにいた者達は一人残らず帝国軍とモンスターに殺された。  そういった背景は所謂ゲーム内でのムービーシーンとして流れ、誰かが口答で説明したわけじゃない。  俺はあの時、「エグいことするなぁ」って呟いた気がする。  そんなの、現実世界での出来事じゃないからだ。  本当に目の当たりにしたら、なんて、想像すらしていなかった。  彼等のアジトはゴーストタウンと化した小さな町にある。  この世界には、最強と謳われる伝説モンスターがいる。保持者達がいくら倒しても、しぶとく復活し、人々の安全を脅かす悪の存在だ。  件のモンスターが数十年前、この町を襲撃し、辺りは壊滅状態に陥った。命からがら逃げ出した人々は以来戻ることはなく、町は廃墟となる。  ゆっくりと走る車から見える景色は、ゲームで見たままだ。  朽ちたコンクリートと、時代遅れの放置車。ドラム缶やコンテナが転がり、爆撃でも受けたのかと見紛うくらいの壊れた建物が並んでいる。  ここは密かに聖属性達が集まる町だった。  性別種族関係なく、帝国の真実を暴き無残に殺される仲間達を救おうと必死に抵抗してきた者達が、少数ながらに集い、生活していた。  車は至極ゆっくりと障害物を避けながら走っている。  俺は、盗み見るように勇者の横顔を確認して目を伏せた。  ロランは帝国反乱軍のリーダーとして、定期的に主人公達と情報交換をしていた。  表向きは補給ステーションのスタッフで、所謂つまらない男を演じていたけど、その実は帝国に抗う者達をまとめる男で、真っ直ぐで情が厚く、仲間だけでなく勇者の兄的な存在でもあった。  帝国の真実を知る数少ない人物。  彼が死んだのはアジトでだとばかり思っていたが、現状はその手前の補給ステーションで襲撃され、勇者が遺体を移動させている。  たぶん、家族と仲間の元へ、と考えたのだ。  家に帰らせてあげようと。 「……この先には行きたくない」  勇者は、町の異常に気付いているのか険しい表情のままだった。  それとなくその場面を回避しようとする俺を一瞥し、容赦なくアクセルを踏み、ハンドルを切った。  皮肉なくらい曇天で、更には日が落ちかけているせいでホラー映画さながらの薄気味悪い暗さが町を覆っている。  一階が完全に潰れたビルの前に、犬系モンスター達の死骸。  通り過ぎたアスファルトの上に、虫系モンスターの無数の骸。  その先を曲がって、小さなビルの入り口前で、白い垂れ耳の獣族が目と口を開けて倒れていた。  車は静かに停車した。  無言で降りていく勇者の背を見送り、俺は息を吐いて、両手で顔を覆った。  予想通りだ。  勇者はここで、アジトの者達が皆殺しにされているのを初めて知る。  そんな場面に、最悪なことに俺もいる。  どうしろって言うんだ。  ヴァレンの元からやっと抜け出した。  あいつがどんな考えで俺の呪いを解いたのか、分からない。ピアスに魔法を仕込んだ理由だって分からない。  でも、そうするべきだと思われて、実際俺はあの檻から抜け出せた。  俺を拾った勇者は、ここに俺を置いて行くつもりだったのだろうか。  顔を上げると、既に勇者の姿はない。  ビルの中には、更なる犠牲者の姿があるはずだ。  しばらく考えて、結局俺も車を降りることにする。  見たくはないが、勇者がこのまま俺を捨てていく可能性も否めない。  それだけは回避したかった。  以前はオフィスビルだったようで、一階は殆ど何もない空間だった。  恐らく、障壁(バリア)を張り巡らし、外部からの侵入を防いではいただろう。  そこへ帝国軍とモンスターが襲撃。  なるほど、あちこちにモンスターの死体が転がっているし、壁は光弾銃のせいか穴だらけだ。  ともすると異臭でも漂ってきそうな空間を、俺は足早に歩いた。  勇者はどこに行ったのだろう。上の階か。  あたりを見渡すと、階段があった。阻むように瓦礫が落ちている。  戦闘が、あったのだ。  抵抗したんだ。  中には俺みたいに、保持者ではない人もいたはずだ。  瓦礫を避けながら登った先で、血の飛沫が貼り付いた壁が目に入り、思わず足を止めた。  背伸びをして先を見ると、案の定、人の姿が見える。  うつ伏せで、手首から先がない。あちこちに血痕があって、ここで初めて俺は、血の気が引く感覚を覚えた。  廊下の先は暗く、それ以上何があるのかは分からない。でも、とてもじゃないが先に進もうとは思えず、竦んだ脚を動かすこともできない。  こみ上げる嫌悪感に口を手で覆った時だ。グイッと腕を掴まれて「ヒッ」と情けない声が漏れた。  勇者が俺をそのまま引きずって先へ進む。 「帝国の虐殺は今に始まったことではありません」  歩かされた先で、何かに躓く。バランスを崩した俺を支える勇者はそれでも足を止めない。  障害物に目を向けると、それは何かの頭だった。耳が、見えた。  息を呑む。膝に力が入らない。だが、勇者はそんな俺に目を向けることもなく、歩く。 「彼等はマナを奪うためならなんだってしました。そして今は、マナを奪われないためならなんだってしています。たとえ人類の半数を殺してでも、彼等の方針は変わらないでしょう。皮肉な事に命は続いていく。我々が生きていけば、帝国の繁栄は途絶えることがない」  知っている。  帝国は神力の石(マナ)をかつての先住民から奪った。今やそれを盾に世界最強国となり、マナを高額で他国に売りつけている。  それ故に長い間内乱や戦争も続き、そこで帝国は国内外からの反感や報復攻撃を避ける為、目眩ましを作った。  それが、最強と謳われる伝説モンスターの始まりだ。  勇者は──、彼の家族や友人は、彼が12歳の時に村ごとそのモンスターに殺されている。  ──そう、されているが、実は違う。  実際には帝国軍が殺した。すべてをモンスターの仕業として。  生き残ったのは勇者とたった一人の獣人族だ。獣人族のテル。  勇者と同じくらいの年の少年で、違う村から命からがらモンスターから逃げてきて、勇者のいる村へ辿り着き、彼等と共に暮らしていた。  そして半年後に、またモンスターの襲撃に遭った。  12歳だった勇者と獣人族は、伝説モンスターへの復讐を誓い合う。  だが、テルは、モンスターの仕業ではないと知っていた。  実際は帝国軍に、協力していたのだ。  アテラにモンスター襲撃があったのは昨日だ。  勇者はヴァレンから俺を助ける前に、街でのモンスター襲撃でテルに会ったはずだ。  裏切り者のテルに、勇者はその理由を聞かされる。  ──お前が選ばれたせいで、俺の家族が死んだ。お前さえいなければ、兄貴もみんなも死ななかった。お前のせいで──っ!  俺が教えたんだ。とテルは続ける。  俺が、あの日お前が遠出するからと帝国軍を引き入れた。  みんな、訳も分からず殺されてたよ。  だから、言ってやったよ。  レスニカを恨めって。  レスニカが、お前達を殺したんだってな。  勇者の怒りを俺は画面越しに無感動で受け止めていた。  むしろ馬鹿にさえしていたかもしれない。『えー……かわいそ』なんて、どうでもよさげに。  作り話で、非現実世界だったからだ。生きている人物の話じゃなくて、誰かが作った創作だったからだ。  いや、ちがう。  俺じゃなくて、俺の家族でも知り合いでもなかったからだ。  でも、腕を掴む力は本物で、骨を締め上げそうな痛みも本物で、その指から伝わる熱も本物だった。  俺が無感動に『かわいそう』と称した人生を、男は生きている。  グッと背を押され、ドアのない一室に転がされた。  指先に当たるものに目を向けて、慌てて立ち上がる。  小さな靴だった。それから、小さな頭が目に入り、手足が目に入り、身体が目に入った。  まだ年端もいかない子どもだ。何人も、折り重なるように倒れて、固まっていた。  喉がきゅっと締まる感覚がした。  仰け反るようにそこから退く俺を勇者は冷めた目で見ている。  一刻も早くここから出たくて、勇者を避けるようにすれ違おうとした俺を、再度男が腕を掴んで引き留めた。 「ミキ。23歳。男、無垢(プレン)」 「──っ」 「思えば妙なタイミングで僕の前に現れた。ロランと引き合わせるつもりなどなかったのに、偶然にもステーションでは襲撃を受け、ロランは死んだ。そして貴方は、屍だらけのここに、入りたくなさそうにしていましたね。まるで、中で何が起きているのかを知っているかのように」  見上げると、琥珀色の瞳が射るように俺を見ていた。  なぜ気付かなかったのだろう。コイツは俺なんかを拾ってる場合じゃなかった。  長い指が、ゆっくりと俺の首を覆い、喉を締め上げていく。 「名乗った覚えはないのに、レスニカ、と僕の名を呼んだ。……無垢には、〝心眼〟を使えないのにもかかわらず」 「……グ……ぅ……っ」 「──何者です、貴方」  ああ、コイツ。  あのイベントをまだ終えていないんだ。  でもどうやってそれを伝える。  いや、とにかく誤解を解かなければ。  俺は敵じゃないと、証明しなければ。  でも、苦しい。  息が、できない。  必死にもがいて、勇者の指を引き剥がそうとしても、頸動脈を締め上げる力は容赦なく、次第に目の前が暗くなる。  ぐわんぐわんと耳鳴りがする中、俺は喘いだ。 「……な…………ナ……ギ……と……っ」  ナギと一緒に、この世界に来た。  お願いだ。  ナギに会わせてくれ。  帰りたいんだ。  ハッと目が覚めると、そこは暗闇だった。  目を瞬いて身体を動かすと、自分が仰向けに倒れている状態だと分かった。  徐々に記憶が戻る。  そうだ。あいつに、首を絞められた。  殺されると思ったけど、どうやら失神だけですんだらしい。  自分の吐息と衣擦れの音しかしない闇の中、震える手でズボンのポケットを探る。  たしか、ライターを持っていた。予想通り、尻ポケットに入っていたライターを手にし、立ち上がる。  腕を伸ばしライターを親指で押すと、すぐに光が点った。ガスライターのような仕組みだが、正式名称は知らない。  幾分マシになった視界に、この部屋は意識を失う直前にいた部屋だろうとすぐに分かった。  汚れたぬいぐるみが、床に落ちている。  だが、子ども達の遺体は綺麗に消えていた。  薄情ながらそのことに心底ほっとして、のろのろと部屋を出る。  完全に日が落ちたようで、辺りは真っ暗だった。  来た時にあった廊下の死体に身構えたが、不思議なことにそれも見当たらない。  あいつが、どこかへ運んだのだろうか。  ここには何人が暮らしていたのだろう。記憶が正しければムービーシーンで流れた映像には恐らく十人以上はいた。  勇者の立場からすると、彼等は仲間だ。  パーティーメンバーではないけれど、惜しまず協力をしてくれていた。  聖属性の器であるレスニカにとって、彼等は数少ない支えだったはずだ。  家族も友人も失った彼にとっては、尚のこと。  これからどうしようと途方に暮れる予想があったのに、ビルを出たら、星明かりの下で誰かが佇んでいた。  長身痩躯で、黒ずくめの後ろ姿。 「……レスニカ」  勇者は振り返らない。  彼の足元にはずらりと遺体が並んで置かれている。  俺が気絶している間、一人でここに運び出したのか。  近付こうとして、足を止める。  気配に気付いているはずなのに、男は微動だにしなかった。むしろもうずっと、そうやって立ち竦んでいるように見えた。  この世で一番辛いことは、たぶん、人が死ぬ事だ。  佇む勇者に近寄ることも憚られ、その辺をふらふらと散策する。  といっても夜目がきかない中、ライター片手にあちこち行けるわけでもないので、早々にちょうどいい瓦礫を椅子代わりに座り込んだ。  どっと疲れを感じて、そう言えば昨日からろくに寝てもなければ食べてもないことを思い出す。  ヴァレンの元から逃げ出してずっと車に乗っていた。画面でしか見られなかった世界に圧倒され、車の中では流れていく景色ばかり眺めていた。  そしてステーションでの襲撃。ロランは死に、偶然居合わせてしまった人も何人か死んだ。  彼の遺体を運びにアジトにやってきて、そこでまた、レスニカは自身の不甲斐なさに襲われている。  これをやった犯人は幼い頃、村を殲滅させた者と同じだと知っている。  帝国の仕業だと。  でも、どうしてテルが自分を恨んでいたのか分からない。彼の家族が殺されたのか分からない。  真実を知るために、レスニカはこれから、とある魔法を覚えなければならない。  聖属性だけが所得できて、主人公であるナギも覚える魔法を。  それを所得するには、試練の間に行かなきゃならない。  一時間くらい勇者の背中を見ていたけど、埒が明かない気がして俺は立ち上がった。  たぶんこいつ、色々と限界なんだ。  いつもの背中の靄ですら、今は大人しいくらいだし。 「……なぁ」  僅かに、レスニカの肩が張ったように感じた。 「俺と、セックスしねえ?」 「殺されたいんですか」  すごい。最後まで言い終える前にかぶせてきた。  それから、地面をじっと見ていたレスニカの首が静かに動いて、サラリと薄茶色の髪が揺れた。  足元にはロランを筆頭に、何人もの人が横たわっている。  固まって、もう二度と動かない人たちが。  彼等から目を逸らし、振り返ったレスニカに笑みを作る。 「冗談だって。お前があまりにも動かないからちょっと試してみただけ」 「どこまでも頭が悪いんですね」 「セックスはうまいはずだけ」 「訊いてません」  レスニカがふっと短く息をついて、足を踏み出した。  死んでしまった彼等の傍から離れる事が、まるで重い罪だと言わんばかりの足取りだったが、確実に此処を去る意思を持っていて、安堵する。  レスニカは一度俺を心底軽蔑するような眼差しで見て、車へ乗り込んだ。  幸いにも、当然のように助手席に座る俺を咎めることもない。 「ナギと、一緒に来たんですか」 「うん」  ナギは、どこまで話しているんだろう。  この世界は、俺たちにとってはゲーム世界だと?  これからどうなるのか、知っていると? 「異界から来た彼女と一緒なら、貴方も異界人ということですか」 「そうなるな」  暁の空に目を眇める。  あっという間にゴーストタウンを抜けた車は、迷いなく先へと進んでいる。 「っていっても、俺を信じろって無理があるだろ。だから、お前はこれから〝真贋(しんがん)〟を覚えて俺を視てみればいい。そうすれば、真実が見える」 「……真実」  ナギは、この世界はゲームのシナリオ通りに進んでいると言っていた。日本に帰るために、その流れに逆らわずにいることも。  でも、ゲームとは決定的に違うことがある。  それは俺達プレイヤーは、未来を知っているって事。  俺とナギはゲームの主人公として何も知らず呼び出されたキャラではない。ナギも俺も、物語の流れも終幕も知っている。  これまでナギは、どんな判断をしてきたのだろう。  ここが、ゲーム世界だと誰かに話したか? 未来に何が起きるのか、仲間には言ったか?  俺の予想では、何も言わず黙っているはずだった。 「彼女と、同じ事を言うんですね」 「え」  だから驚いた。  瞠目する俺に、レスニカはふっと笑った。 「〝真贋〟を習得しろと彼女も言いました。真実を知るためには必要だからと。これから大勢の仲間が死ぬことになる。それを回避するためにも、早急にアオタークに行けと」  アオターク。  パフォラリア帝国、東の最果て。  そこには、聖属性の試練の間があり、主人公はそこで最終魔法を会得する。  でも今は、そんなことはどうでもいい。  強烈な違和感に眉間に皺をよせる俺を尻目に、レスニカは続ける。 「僕はロランとアジトを護る為に彼女達と別れた。ここ数日は毎日彼の様子を見に行き、立ち去るように助言した。……ナギから、テルがアテラに来る日がある、その時が本番だと言われていたから一足先に街で待機していました。彼が現れたら、すぐにアジトへ向かう予定だった」  街やアジトが襲撃されることを、ナギは予言していたという。  でも、それがいつか明確な時間はわからない。だから……。  仄暗い顔で、レスニカは嗤う。 「でもそこへ、予想外の事が起きた。……貴方に出会ったんです。獣人族に監禁されている、可哀想な貴方に。だから僕は急遽他の仲間をアジトへ向かわせた。少し遅くなるけど、すぐに向かうから、と」 「……ぁ」 「貴方を連れてすぐに補給ステーションに向かった。普段と変わらないロランがいて、心底ほっとしました。けれど結果はあの通り。──分かっています、僕が取りこぼした奴らに彼はやられてしまった。もっと徹底的に戦えばよかった。もっと速く決着を付けるべきだった。みんな、僕が弱かったから起きたことだ」  言葉が出ない。  キッと、車が急停車する。  いつの間にか日は完全に昇り、辺りは一面緑が広がっていた。  野生の馬が数頭、身を寄せ合いながら駆け抜けていく。  レスニカはハンドルを抱えるように俯いて、呟いた。 「でも、考えずにはいられない。──どうして、僕の前に現れたんです? 貴方を助けたら、皆死んでしまった」  貴方を救ったせいで、アジトの救出に、間に合わなかった。

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