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8.大樹なる里と無垢の捕縛

 分かっています。貴方が悪いわけじゃない。  そんなことを続けた勇者は、自身の言葉に納得できないような表情を浮かべていた。  「ごめん」と謝るべきか、それとも「ありがとう」と言うべきか?  逡巡したが、結局口を噤む。  何を言ったところで、彼等が死んだのは変わらない。  ただ、レスニカが助けたかったのは俺じゃなかった。  むしろ俺を選んでしまったことを、後悔している。  草原をしばらく走って後に、車はアオタークの前にある、アフソナの里へと着いた。  その名の通り、アフソナ族が住んでいる里で、アテラとは正反対の大自然に囲まれた町だ。  幾多の大木が生えていて、太い幹が迷路のように伸びている。その幹は通路になっていて、大木は一部分をくり抜き、住居にもなっている仕様だ。  複雑に入り組んだ道には、宿屋や食堂や商店が点在している。  中でも一際大きな大木の宿屋は、三階建ての立派な造りをしていた。  レスニカは里に入るなり迷わずここへ入った。  数日まともに寝ていない。風呂にも入りたかったし腹も減っていた。だから俺もついていって、彼が部屋を取るのを後ろで見ていた。 「一人部屋で」  鍵を受け取りさっさと部屋へ消えていく勇者の次に、俺は一番安い部屋の値段を聞いた。 「そうですね、食事なしの500ゴールドの部屋なら一つ空いていますが」  じゃあそれで。  前払い制だと言うので、財布からなけなしの紙幣を受付に渡した。  宿泊室はベッドが一つと小さなテーブルと椅子があり、洗面所とトイレもあったが、風呂はない。 「大浴場は24時間空いています」  事前説明されていた言葉を思い出して、持っていたバッグをテーブルに置いてベッドに腰掛ける。  疲れた。  そのままぽすんと大の字に寝っ転がって目を閉じる。  俺は、ナギがどんな思いで、彼等と行動を共にしていたのか考えていなかった。  どんな思いで、命懸けの戦闘をしているのか、どんな思いで、この世界を生きてきたのか。  浅慮な俺は、自分のことだけで手一杯で、クソみたいな人生だと毎日を罵って、現実逃避を繰り返していた。  ちょっと考えれば分かる事だったのに。  ナギだって、必死だったはずだ。  二年も一緒に行動する仲間は、大切な支えで、かけがえのない存在になっただろう。  彼等を救いたいとそう思ったなら、彼女がすべてを打ち明けるのも不思議じゃない。  運命を──、シナリオを変えようとすることも、不思議じゃない。  ナギは教えた。  これから起こるだろう未来を仲間達に教え、回避しようとした。  でも、どういうわけかレスニカはアジトを救えなかった。  ゲームの内容と同じように、ロランは死に、アジトにいた仲間達も失った。  俺に出会ったからだ。  俺が、あいつに助けを求めたからだ。  たらればを考えればきりがない。  あの時レスニカが来なかったら俺はヴァレンに殺されていたかもしれない。  いや、そもそもあいつと出会わなかったら、殴られる事もなかったかも。  そうかな。どうだろ。  あいつは下らないことで俺に当たっていたし、いつだって俺は逃げたかった。    うつらうつらとそんなことを考えていたら、そのまますっと意識が飛びそうになり、慌てて起き上がる。  身体の疲れは限界だけど、今はやらなきゃいけないことがある。  まずは風呂だ。  諸々の用事を済ませて、バッグを片手に部屋を出る。  夕食時なのか、宿の一階にあるオープンテラスには、宿泊客達が食事をしていた。  馴染みのある匂いとどこかで見たような料理達。  創作と真実をうまく融合させた、ゲーム世界ならではの料理だ。  基本的な現実世界の料理も登場するし、もちろん日本食だってある。  いいな、米が食いたいなぁと横目に見ながら、宿を後にした。  アフソナ族は人間とも獣族とも違う。  最も神に近い生物とされ、他の種族より長命なのが特徴だ。  神力の石(マナ)を頼らずとも、受け継がれてきた独自のまじないが相応の力になるため、マナを持つ者は異端となる。  なにより、自然との調和を至極大事にする彼等は、モンスターを狩るという思考は基本的にない。当然例外となる者もいるが、そういった者達は里を去るらしい。  また、見目も人とは僅かに違う。耳の先が尖っているのが特徴で、スラリとした長身の者と、華奢で童顔の、まるで成長途中の子どものような容姿の者がいる。  アフソナの中でも前者はエルフ型と呼ばれ、後者はフェアリー型というらしい。  共通しているのは、もれなく全員顔が整っていることだ。  道行く彼等を観察していると、確かに神々しささえ感じるほど美貌の人がゆっくりと行き交う中、可愛らしい子どものような、それでいながら落ち着いた、どこか老成している雰囲気の人が通り過ぎる。  エルフ型は冷たい眼差しで俺を一瞥する者ばかりだが、フェアリー型は好奇心旺盛な瞳で俺を見て、目が合うと笑みを零してくれるほどだった。  つられて笑いながら、ここには獣族と獣人族の姿がないことに気付く。  観光客なのか、保持者なのか、アフソナ族以外の姿も見かけるが、不思議なことに彼等は皆、人間のようだ。  そしてしばらく散策して分かったことがある。  ここにはカジノも、娼館も、飲み屋もない。  唯一それらしき店を見つけたが、出入りする人たちをしばらく眺めていると、どうやら酒は提供されていないようだ。というか、ただの古い食堂かな。  期待はしていなかった。  アフソナの里は神聖な場所だ。ゲームでの設定も、彼等はどこか浮世離れした存在で、里の住民も厳かな空気を漂わせていた。  年季の入った苔だらけの扉を見つめ、はあ、と肩を落とした。  疲れた。腹が減った。眠たい。  でも、明日の飯代くらいは稼がないと。  辺りを見渡して溜め息をつく。  ここが飲み屋だったら良かったのに。それなら、酒の勢いで女じゃなくても買ってくれる人はいたかもしれない。  素面で店を出てくる人を見ていたら一気にやる気がなくなって、横の細道にしゃがみ込む。  静かだ。  とうとう地面に尻を付けた俺は、時折通り過ぎるアフソナ族達をぼんやりと目で追って、木漏れ日の降り注ぐ町を眺めた。  里は綺麗だった。  大木から伸びる枝には、細かな葉がついて風を感じる度にささやかな音を出していた。幹の地面から生えている小花はあちこちにあり、時折立派な大輪の花が木の間から顔を覗かせている。  小さな蝶々がひらひらと舞って、丸い尻のミツバチがせっせと働いている。  その上通るのは、美麗な人々。  絵画の中で見るような、幻想世界。 「……ゲームだしな」  こんな場所があったらいいな。  そんな妄想をクリエイター達が作り上げた世界で、決してリアルじゃない。  リアルじゃなかったのに。 「いい加減諦めろ、俺」  二年も監禁状態で、さすがに分かっていた。  あいつに殴られ続けて、分かったつもりだった。  でも、ロランの最期を、ゴーストタウンで見た彼等を、ずっと佇んでいたあいつを見て、たぶん今、ようやく飲み込めた。  俺は簡単に死ぬ。  そしてあいつも──レスニカも、簡単に死ぬ。  この世界にコンテニューはない。リトライもない。  死んだら終わりだ。  元の場所のように。 「具合でも悪いのか?」  俯いて目を閉じていると、頭上から低く穏やかな声が降りてきた。  顔を上げると、優しげな風貌の青年が俺を見下ろしている。僅かに顰められた眉は、俺を心配しているように見えた。  特別目を引くような顔立ちではない。耳も尖っていないし、人族だろう。  同じ人間ってだけで安心して、俺は肩の力を抜いた。  「……腹減って、動けないんだ」 「腹? 金を持っていないのか? ここに住んでいるわけじゃないだろう。盗まれたのか」 「……まー、うん、そんな感じ」  宿代で消えたとは言えず、曖昧に頷く。  俺の答えに、男は少し考え込んだようだ。そして、口を開く。 「そこの食堂は安くて美味しいんだ。食べるか? 奢るぞ」 「ほんと……? いいの?」 「ああ。一食くらいたいした金額じゃないし、金を盗まれたなら、これから色々と大変だろう」 「ありがとう、助かる!」  神様だ!  疲労も相俟って、こうして他人からの優しさを貰えた俺は完全に舞い上がった。  男の案内で、苔だらけの扉の食堂に入ると、店主らしきエルフ型のアフソナ族が顎をしゃくった。  どうやらテーブル席に座れとのことらしい。  男と向かい合わせに座り、どこか懐かしいメニュー表を眺める。驚いたのはここが麺料理専門で、大好きなラーメンがあったことだ。  記憶を探っても、ゲームでこんな店があったという覚えはないが、アテラにもそういった店は沢山あった。  独自に発展した、というと変だけど、ゲーム内での設定からこうして色々なものが文化として根付いていると思うと不思議だ。  ラーメン、美味しいもんな。アフソナ族だって魅了されたんだろう。  しばらく悩みに悩んだ末、塩ラーメンを選んだ。 「里に来るのは初めてか?」 「ああ。アテラから来た」 「観光か?」 「……ツレがいるんだけど、そいつの用事に付き合ってるって感じかな」  正確にはむしろ俺は邪魔者だろうけど、俺は俺で、帰るためにはあいつから離れるわけにはいかない。 「そうか。俺はこの里に仕事で頻繁に来ている。近くのナナーリャという町を知っているか? あそこで素材屋をやっていてな。アフソナはモンスターを狩らないが、彼等から採れる素材は使うんだ。だから里には商品を卸しに何度もな。そうだ、どこか観光したいなら案内するぞ」 「え、ほんと? あー……でも、ツレに付き添わなきゃだから」  そこで料理が来て、会話は中断。  目の前に置かれたラーメンに、不思議と涙がこみ上げそうになった。  手を合わせて、麺を啜る。  温かくて、慣れ親しんだ故郷の味で、人生で一番美味しかった。  食事の合間に、男とは他愛のない会話をした。  名前はホザックということ。年齢は三十過ぎてること。里から一番近いナナーリャという町に住んでいて、毎月必ずこの里に来ている事。  食べ終わり、ホザックに礼を言いながら店を出て、また改めて礼を言って別れた後。  その背を見送るのは惜しい気がして、俺は小走りでホザックを追いかけた。 「ねえ」  不思議そうにホザックが振り返る。  その他意のない視線に少しだけ緊張したが、でも意を決して口を開く。 「あのさ、こんな事を頼むのもあれなんだけど……。一晩だけ、俺を買ってくれない?」  ホザックが一瞬、固まったように見えた。  でもほんとに一瞬で、彼は穏やかな目で俺を見た。 「買うって?」 「その……口だけでもいいし、俺の事を女にするみたいにしてもいい。ほら、金盗まれたから、マジで困ってて……」  気まずくて視線を逸らす俺に、ホザックはしばらく立ち竦んでいたが、次には俺の目の前に来た。  意外と上背があり、体格も良かった。温和そうな雰囲気だから気付かなかった。 「……なるほど。そういうことなら、俺の宿に行こう」  嫌悪も否定もされなかったことに、ひどく安心した。  多分俺、色々な感覚がこの二年で鈍っている。  だから、ホザックの後をついて行き、里で一番かと思うくらい立派な大樹を前にして、五つ星ホテルみたいなもんかな、なんてのんきなことを考えてたんだ。  そのままホザックは、呆けて大樹を仰ぎ見る俺の両腕を掴み、ゆっくりと後ろに回し拘束した。 「里での売春は違法行為だ。この神聖たるアフソナの里にて、貴様のような薄汚れた者の滞在は許しがたい」 「……は?」  意味が分からない。  すると正面に回ってきたホザックが、俺の事をゴミでも見るような目で見てきた。  先ほどまでの温和そうな雰囲気は一切なく、吐き捨てたような冷めた声はホザックのものだと理解する。  その茶色い目が瞬く間に碧色に変わり、耳が尖っていく様を茫然と眺めていた。    グイッと拘束された腕をひかれ、俺はエルフ型となったホザックに捕らえられ、連行された。

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