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9.無価値であることの嚥下

 やっぱクソみたいな人生だ。  どう考えても、どう足掻いても、俺の人生はクソオブザクソすぎる。  ホテルのようだと感じた大樹の建物内には、多くのアフソナ族達が行き交っていた。  皆、拘束され連行される俺を冷たい目で見ていたので、もしかしたらここは警察署的な所なのかもしれない。  彼等がいる部屋には行かず、長いこと狭くて暗い階段を下された。ひとしきり下った先の部屋は、残念ながら牢屋と酷似している。  問答無用でぶち込まれ、当然手荷物も取り上げられる。  俺の拘束を、ホザックはあっさりほどいた。端から抵抗もしていないけど、そもそも牢屋に自由はない。    大樹の中だからか、壁も床も木材でできていて、檻の中は妙に暖かかった。  灯りはあるが、今にも消えそうな蝋燭の火を思い出すそれで、視界は狭く少しじめついた空気のせいで、いっそう鬱屈した空間に感じる。  エルフ型となったホザックとは、檻越しで取り調べとも言えるやりとりをした。 「よく考えてみてよ、あんたは俺を買ってない。てことは未遂だろ。違法だと知らなかった俺も悪いけど、罪にはならないはずだ」 「厚かましい奴だな。里の治安を乱す意思があるとみて私が未然に防いだのだ。あのままなら貴様は間違いなく犯罪を犯した」  それは……まあ、そうかも。  俺が黙ると、勝ちだと言わんばかりに見下した目線で鼻を鳴らされた。  どうでもいいけどコイツ、エルフ型になった途端めっちゃ性格悪くなったな。 「だとしても未遂は未遂だ。本当に違法だって知らなかったんだし、今後は絶対気を付けるよ」 「だが貴様、金を盗まれたと抜かしたな。嘘だろう。貴様等人族の町とは違い、この里で下劣な罪を犯す者はまずいない。そのような嘘を平気でつく人間が、信じてくれと言ったところで誰が信じる。無垢(プレン)だからと優しくしてやったが、お前は怪しすぎる」 「無一文なのはバッグを調べたから分かってるだろ。里には休息の為に寄っただけだって!」 「連れがいると言っていたな。そいつとここで何をするつもりだ」 「なにって、なにもないよ。ていうか用事があるのはアオタークであってここじゃない」 「アオターク? あそこには試練の間しかないはずだ。……益々怪しいな」 「俺じゃなくてあいつが用があるってだけだよ」  金がなくて、働かねばならない。でもその方法を俺はひとつしか知らない。  早くここから出してくれ。俺は犯罪者じゃない。  そう訴えたけど、ホザックはとりつく島もなく最後にやっぱりゴミを見るかのような視線を寄越し、去って行った。  もうその頃には怒りも湧かない。  項垂れて、座り込んで、で、今は横になって目を閉じている。  たぶん俺、ヴァレンの元から逃げられたら、漠然と良い方に向かうってどこかで信じていたんだ。  そんなわけがない。  一度だって、人生がうまくいったことなんてなかったのに。  このまま、殺されちゃうのかな。  無垢だし、人族だし、個人登録証もないし、なんならNPCですらない。  この世界を救うヒーローなわけじゃないし、俺がいなくなったって、だれも困らない。  ここは、俺の世界じゃない。  あいつらの世界だ。  ナギとその仲間と、レスニカ。  ……レスニカ・ブレイ。  勇者と呼ばれ厳しい運命を辿る、〝選ばれし者〟。  選ばれし……。  被害者。  そもそもの発端は聖属性の器だ。  彼等が極端に減っていて、世界の均衡が崩れてしまうのを危惧した帝国側が異世界まで探し出し、主人公を呼び出した、という体で物語(ゲーム)が始まる。  話が進むにつれ、この世界の最強と謳われる伝説モンスター、〝全〟の存在が明らかになる。  他のモンスターとは見た目も、大きさも強さも違う。  奴は神出鬼没で、現れた先で必ずすべてを破壊し尽くす特性がある。人も動物も善悪も関係ない、ただすべてを無にする最悪なモンスターだ。  そしてこのモンスターを倒すためには聖属性の力が必要なのだ。  主人公が呼び出された本当の理由は、彼を倒すためでもあると後に知るが、実はこの最強モンスターを生み出したのは帝国で、更には聖属性の器を殺していたのも帝国だったという。  彼等のほんとうの目的は、聖属性の器を滅ぼすことだ。  聖属性には真実を見られる力がある。過去をのぞき、知りたいものの真実(すべて)を。  その究極魔法が、〝真贋(しんがん)〟だ。  帝国は知れ渡るのを恐れている。先住民達を虐殺し、神力の石(マナ)を独占したこと。  国を永続させたいがために、最強モンスターを生み出したこと。  その犯人が、帝国王族だということ。  虐殺された先住民達は聖属性だった。彼等の僅かな生き残りは身を隠しながら生活をし、帝国の悪事を密かに周囲に報せ続けた。  もちろん、帝国は彼等を追った。彼等の仲間も追った。それでもロランのような反乱軍は、世代を超えながらも存在し続けた。  だが、聖属性であれば殺される世の中だ。  だから主人公は隠された。異世界に。  長い間水面下で続いた彼等の戦いは、日本から呼び出された主人公が来て、風向きが変わる。  これらの真実は、ゲームの終盤あたりで明らかになる。  主人公が〝真贋〟を習得してからだ。  ナギは、魔法を覚えずとも真実を知っているが、魔法の会得はその後の戦闘にも重要だ。恐らく、既に習得しただろう。  レスニカも、黒幕が帝国であると気付いていた。ナギから知らされたのか、自身で気付いたのかは分からない。  でも、投げ出す様子も逃げる素振りもなかった。  レスニカ。  帝国の闇魔法は、えげつなかった。彼等は最強モンスターを作り出したあと、ついでに聖属性の魂を縛った。  〝全〟との繋がりを作った。  最強モンスターを倒すには聖属性でなければならない。  聖属性の魔法で先代勇者の魂を解放しなければならない。  しかし終われば呪いは巡ってくる。  すべては、次の〝全〟にするために。  そう、最強モンスターはレスニカ達と同じ、聖属性の器の者だ。  歴代の彼等はその真実を知っても尚、先代魂の解放をしてやるため、運命から逃げずに向き合った。    最強モンスターを倒すことがレスニカの最終目的だ。  だからレスニカは、自分が次の〝全〟になることを知っている。  知っていて、そして、受け入れている。 「どこまでも俺の足を引っ張るんだな」  重く暗い、冷めた声が額に落ちた。  瞬時に覚醒して、いつの間にか眠っていたのだと気付く。  身を起こし顎の涎を拭って、目を瞬いた。  格子越しに佇む男の姿が見える。  その姿を認識して、本気で驚いた。  このままここで一生を過ごす、もしくは適当な理由をつけて殺される、なんて思ってたから。 「レスニカ……、なんで?」  俺の質問にホザックと同じような目線を寄越すレスニカ。  いや、最初から俺に対してはこんな目だったか。 「アテラの常識はここでは通じません」 「……でしょうね」  カチャリと扉が開いた。  茫然としたままの俺をよそに、ボンッとなにかを乱暴に投げられ、咄嗟に受け止める。  ボディバッグだ。ホザックに取り上げられたもの。  礼を言おうと顔を上げると、レスニカはただ、踵を返した。    ……出ていいってことだよな?  もちろん、不機嫌丸出しのレスニカに確認することは避ける。なんにしろ檻の扉が開いたことが重要だ。  レスニカに黙ってついていって、階段を上る。  出入り口付近にホザックの姿が見えたけど、彼は俺を侮蔑を含んだ視線で一瞥しただけで、仕事に戻ったようだ。  外に出ると、随分と日が高い。  俺、かなり寝ていたのかも。 「なあ、もしかしてここに来てもう一日経ってる?」  無視。 「悪かったよ。ここでのルールなんて何も知らなくて、まさかあんなに厳しいとは思わなくて」  未遂で捕まるほどとは。 「どうやってあいつらを説得したんだ? って言ってもそもそも未遂だし、捕まるほどのことをしたとは思えないんだけどさ」  足早だったレスニカの歩が止まる。  どす黒い靄が背中からずっと出ているけど、こいつは登場以来ずっとこれがデフォだ。  でも、その靄が大きくなったような気がして思わず目を細める。 「20万ゴールド」 「え」 「アフソナは貪欲です。彼等の主な収入源は観光業」 「……かんこうぎょう」 「あなたの釈放金は、20万ゴールド。──ええ、ぼったくりです」  レスニカは俺を振り返り、微かな笑みを浮かべた。 「身売りには慣れているようですが、あなたに20万もの価値があるとは驚きました。思えばあなたは出会ってからずっと、僕の邪魔ばかりしてます。宿で寝かせれば少しは大人しくなるのかと思いきや、ふらふらほっつき歩いて馬鹿な理由で捕まって。挙げ句の果てに迎えに行けばのんきに寝こけてるときました」  言いながら腹が立ってきたのか、段々と語気が荒くなるレスニカを冷静に見られたのは、その靄のおかげだろう。  俺が、俯瞰者(プレイヤー)だったおかげだろう。  イケメンで悲しい運命のキャラクターが、声を荒らげているだけで意外だったし、なんだか見る価値があるように感じたから。  でも、レスニカは反論もせず佇む俺に、不満があったようだ。   「どうしてそんなに馬鹿で短絡的なんですか? 恥ずかしくないんですか。殴られ蹴られ、無価値だと決めつけられても獣に縋って生きてきただけあって、もうそんなプライドはなくしたとでも?」  それでも黙っていると、レスニカは蔑むような目線をよこし、踵を返した。  車のある方へ向かう彼の背を追いながら、小石を拾い上げる。  躊躇はない。  ただ、大きく腕を振り上げた。 「おまえに、価値があるっていうのか?」  投げつけた小石は案の定、パシッと小さな音を上げて的を傷つけることもなく地面に転がった。  当たり前だ。  奴は強い。 「──は?」 「村中みんな殺されて、おまえだけ生き残って、でもそれは〝全〟を倒すためだけで、更には次の〝全〟になるためだけで──、で、おまえに価値があるとでも?」  電気もつかない暗闇の中。  アパートの扉をひたすら眺めていた。  お腹がすいて、寒くて暗くて怖かったけど、きっともうすぐ母親が帰ってくるんじゃないかと期待していた。 「おまえがやらなきゃ、他の聖属性がやるだけ。ナギかもな? それとも──」 「ふざけるな」 「ふざけてねえよ。股を開くだけのカンタンなお仕事ですって? そうか、なら世界中のみんながやるべき仕事だわ。そう思わない?」 「それは──」 「俺は思わないね。だって、クソだって知ってるから。おまえが〝全〟を殺してまた新たな〝全〟になるのも、クソだって知ってるから、やめちまえって思う。そんなものやったって、無価値だってな」  暗くて冷たいゴミだらけのあの部屋から、俺をすくいあげたのは温かくて逞しい、男の腕だ。 「縋って生きることってそんなに悪い事か? 俺は腹を満たすためならいくらでもできるよ。20万ゴールドだろ。すぐには返せないから、おまえのちんぽ何回もしゃぶって上に乗っかって腰も振りたくってやるよ。ああでも、おまえは価値のある人間だから、無価値の俺とはセックスできないか。潔癖そうだし、童貞ぽいもんな。いや、金で誰かを買うなんて、ありえな──」 「黙れ」  男の手が俺の身体を這い回り、股間や尻を執拗に行き来しても、暗闇のアパートでひとりぼっちになるよりも遙かにましだった。 「黙れよ、クズが──、なにもできない、一人では満足に生きられもしないくせに」  瞬く間に距離を詰めたレスニカは、俺の首を片手で鷲掴みにして、喉を締めあげてくる。  苦しさよりも石の塊を全身に乗せられたような重みに、指一本動かせなくて混乱した。  琥珀の双眸が至近距離で俺を射貫き、声も上げられない理由を悟る。 「そんなに身体を売りたいなら、お望み通り買ってやる。20万ゴールド分、せいぜい働け──」  奴の魔法で身動きがとれないのだと気付いた時には、乱暴に車の後部座席に転がされた後だった。

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