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13.モンスターとモンスター
◇
アテラへ戻るのかと思っていたけど、目的地はそこではないと思い直した。
「ナギ達がアウラから帝城へ転移する予定です。敵も馬鹿じゃないので彼女等が魔法陣を使ったら封印するでしょう。なので僕は先に帝城へ向かう。幸い、ここから一週間程度で着く」
「そっか、城内にはあの塔からワープしたんだっけ。けど、真正面から入れるの?」
「多少の警備は覚悟しますが、ナギ達が城内をかき回すので、手薄になる。そこを突いて合流です」
「なるほど」
「貴方は安全な場所で隠れていればいい」
「──まあ、そうなるよな」
虹色の塔、アウラ。
あの役所的な塔の最上階には、帝城へ続く転移魔法陣がある。ゲームでは主人公達は邪魔する敵をかいくぐりながら、最終決戦の帝城へ向かった。
朧気な記憶を引きずり出して、ならば別行動していた勇者はというと……と考えて納得した。
ナギへの絶大な信頼は、彼女達の強さをレスニカも分かっているからだろう。
カーブの多い山道を走り、石ころだらけの荒地を猛スピードでかっ飛ばす。
そうしながらもレスニカは、不意に現れるモンスターに気付くと律儀に車から降りて相手をしに行った。
物語の終盤となればレスニカの強さにその辺のモンスターが敵うわけがない。
案の定一瞬で倒したモンスターを前にしたレスニカを車の中から見ていると、突然ナイフを取り出したので目を瞬いた。
なにするんだ?
好奇心に負けて車から降りると、それを待っていたかのように、レスニカが口を開いた。
「サルビヴォルクの角は武器の素材として使われます。大きければ大きいほど強度も増し高額取引されます。角の根元は薬の原料にもなり、毛皮は言わずもがなです」
「……へえ」
一角狼の毛皮、一角狼の粉末、一角狼の角。
前者は良く採れて、後者は希少性があった。そんな記憶を思い出し、モンスターの骸にナイフを入れるレスニカの容赦ない手つきに俺は頬を引きつらせた。
「モンスターから何が採れるのか、すべての保持者 が知っているわけではありません。極一部の希少なアイテムは、高レベルの者しか採れないのもあり、秘匿されていたりします」
「うっ……無理! 俺これ見てられない!」
慣れた手つきで一角狼の身体にナイフを入れ横に滑らせるレスニカの動きに咄嗟に背を向けた俺は、彼の動きが止まった気配を気まずく感じ取った。
「……貴方、肉を食べるでしょう?」
「っ、大好きだよ!」
「寒くなれば毛皮のコートなんかも」
「ああ、嫌いじゃない!」
「……子どもでもする手伝いなのに」
「はあっ? こんなグロを?!」
仰天して振り返ると、片眉を上げて俺を見るレスニカと目が合った。
その手にはだらんとした一角狼の骸。不穏な液体がその身体についていて、慌てて目線をレスニカに戻す。
「グロ?」
「……や、なんでもない」
この世界に比べたら、ずいぶん幸せで甘い世界から来たのだ。文化も習慣も常識も違う。
そもそもゲームの中ではそうやって素材を売りながら金を稼いだ。ただ、ゲームだから正確で残酷な描写は省かれていただけだ。
実際モンスターを倒せば勝手に素材が転がっているなんて、あり得ない。だから、こうした作業はこの世界では当然のことなのだ。
素材を売って稼いだ金は宿代や食事代、武器や防具に薬、更には情報や反乱軍の仲間達にも使われていた。
レスニカはずっとそうやって生きてきた。
倒したモンスターからの恩恵を決して無下にはしない。
「……でも俺には無理だ。それはできそうにもない」
レスニカはただ無言で俺をしばらく見つめて、それからふっと視線を逸らした。
「なら角を拭いて布に包みトランクへ入れてください。僕は毛皮を処理します」
「……うん」
言われたとおりに従って、終わったらさっさとその場を後にした。
結局俺達は帝城に着くまでの道中、同じようなやりとりを数え切れないほどする事になった。
「ロストフチェラの毒針は人を数百人殺せるほどの威力を持ちます。ですので毒針は帝国管轄の関所でしか売れません。が、アフソナの里では妙薬の材料になり帝国より高額で買い取ってくれるので大抵の者はこちらで売ります」
「いくら死んでるといってもこんなデカい蜂、近付きたくもない……」
「死んでるから安全でしょう」
「そうだけどさ、俺虫って超苦手なんだよ~」
「──では聞きますけど、逆に貴方が得意なものって何かあるんですか?」
やっぱりあっさりレスニカが倒したモンスターは、一メートルはありそうなサイズの蜂だった。身体は黒で黄色い縦縞があり、尻には氷柱みたいなサイズの毒針がついている。
その目は真っ黒で、死んでいるといっても生きていた頃と何ら変わりはない。表情を読み取れないからか、何度見ても虫系モンスターは大の苦手だ。
そんな文句たらたらな俺に、レスニカがイラッとした口調で問い返してきた。
最近コイツは俺にこんな態度を取るようになった。いや、元から俺にはこんなんだったか?
まあいい。
だから俺も遠慮せず文句言うし泣き言言うし減らず口もたたいてやる。
「俺の得意なもの~? んー……ああ、男だよ。オ・ト・コ! おまえも気持ち良かったよな?」
「毒針には素手で触れないこと。これは僕が取るので、貴方はこの花球 を取ってください」
「ね? 無視だろ? そういうところがまた可愛いんだよな」
「喋ってないで手を動かして」
「へいへい。ところで花球ってなに?」
いつしか二人作業となった素材採集。
レスニカだけにやらせるのもと思って一応手伝っているけど、種類によっては触れもしなかったりするので、正直役に立っているとは思えない。
だけどレスニカはそんな俺に苛立ちはするものの、無理にやらせようとはしないし意見も聞いてくれる。その上律儀にモンスターから採れる素材の解説までしてくれるし、本当に面倒見がいい奴だ。
思えば初めて会った時から、コイツは優しかった。態度や言葉はクソ野郎だったけど、黙って俺の呪いを解いて、助けを呼んだら即座に来てくれた。
英雄、勇者、聖人。そんな言葉がこの男には合う。さすがにゲーム世界のヒーローだ。
だから俺にこうして手伝わせているのも、彼なりの気遣いなのかもしれない。
「後ろ足についているそれです」
視線を辿ると、蜂の後ろ足にピンク色の球体がついていた。
これには見覚えがある。あれだ、元の世界でのミツバチがよく足につけていた。恐らく花粉。
ただし、こっちはモンスターで馬鹿デカい蜂なので、花粉も両手でやっと収まるような馬鹿デカサイズだけど。
「蜂蜜になるやつ~?」
「違います。それはエリクシアの素材の一つになるんです。黄色や他の色ならハズレ、ピンク色ならアタリ。ロストフチェラは人の手では採れない花から花粉と蜜を採取できる唯一のモンスターなんです」
「え、エリクシアって作れるの?」
「ええ。調合には8種の素材が必要ですが。あまり知られていないのはその素材が高難度で誰も採れないからでしょう。まあ、僕は採れますが」
「さらっとマウントするじゃん。ていうかそれなら誰も採れないとは言えなくね?」
「なんですか?」
「なんでもない」
わざとらしく微笑んで見せたら、レスニカも微笑んで見せてきた。
その綺麗すぎる笑顔に本当に可笑しくなって噴き出してしまう。
ていうかおまえ、ふざけることもできるのか。
ちょっと楽しい。
笑いながら言われたとおり、死んでいるモンスターに近付く。しゃがみ込んで、後ろ足についた塊を取ろうとして、手を伸ばした。
黒光りした長い足。びっしりと毛みたいなのが生えているのが見えて全身に鳥肌が立った。
それでも恐る恐る触れた俺を褒めて欲しい。
指先でだらんとした足をつまんだ瞬間、ゾゾゾっと身の毛がよだつ感覚がして思わず飛び上がって叫んだけど。
「はぁ~~~っ!」
「うるさ……、女子ですか貴方」
「ひゃ~~~っ! ね~~~無理ィ~~~~!」
止まらない嫌悪感から逃れるようにぴょんぴょん跳ねながら指を振って駄々をこねると、あまりの俺の剣幕に面白くなったのかレスニカが噴き出した。
笑いを口元に残したまま、何やらごそごそとポケットを探っている。
「じゃあこれつけてみます?」
手渡されたのは黒のグローブ。革製なのかつるりとした光沢がある。
全身黒ずくめのレスニカは、グローブをつけていることも多い。リアルだと中二病まっしぐらな格好だが、冗談じゃないレベルの美形なだけに、この男はモデルのように着こなしている。
何にしろ虫を素手で触らなくて済むならこんなに嬉しいことはないと、渡されたグローブに素直に指を通した。
「そうそう、ね、こういうのあればいくら俺でも触れるかもしれない。──でも待てよ? これ指先が出てるからさっきと全く同じじゃないか?」
「……えっ、あ、すみません。失念していました」
いわゆるオープンフィンガーグローブを渡され、突っ込むのを我慢してひとまず虫を掴もうとする動作をした俺。
ただのノリツッコミに近かったが、意外だったのは素で恥ずかしそうな表情をするレスニカだ。
これには心底驚いて、立ち上がり眉根を寄せて地団駄を踏む。
「な~、ここでマジの天然出すのやめてもらえる? そんな公式設定なかったじゃん?」
「……忘れて、本当に」
益々顔が赤くなるレスニカに、無性に悔しくなる俺。
だって、イケメンでヒーローで、真面目で可哀想で、その上更に可愛いがプラスされるとか無敵通り越して何になるんだよ。
「たしかにおまえは人気ナンバーワンキャラだった……」
「もう花球は僕が取りますので、貴方は集めた素材を車に積んでください」
「かしこまりー」
誤魔化すように指示をされたが、虫を触らなくて済むならラッキーだ。
喜んで素材を持ち、車へと駆け出した。
「ミキ!」
不意に名を呼ばれ、振り返る。
「車に乗って待っていてください」
そういったレスニカの背後を、俺は馬鹿みたいに口を開けて見つめた。
白鯨のような形をした巨大なモンスターが、周辺の木々をなぎ倒しながら悠々と空を泳いでいる。もの凄い轟音が周辺に響き渡り、隠れていたすべての生物が一斉に逃げ出していった。
「……あ、あれってネゴベレ……リーバー? だっけ? 超レアモンスターの!」
「すぐに倒しますので安全な場へ!」
「っ、りょーかい!」
レスニカの強い口調に我に返り、慌てて車へと走り出す。
ここで無力な俺は、基本的に戦闘において邪魔でしかない。
レスニカの足手纏いにはなりたくない。だから俺は戦闘になると必ず車で待機するようにしていた。
ネゴベレリーバーは通常のモンスターとは違う。
繰り返し現れるものではなく、出現率はかなり低い。当然強さもボス級クラスで、なによりもその巨体のとおり体力がバカみたいにあって、とにかく硬い。
落とす素材はもちろん貴重で一点物。最強武器になる素材と奇跡の万能薬、エリクシアだ。現実世界では、きっともっと他の素材も採れるだろう。
レスニカ、大丈夫かな。でも俺を逃がしたってことは勝算があるはずだ。あいつは桁違いの相手に無謀に突っ込む奴じゃない。
そんなことを考えながら持ってきた素材をトランクに投げ込んで、ひとまず安全な場所へ避難しようと運転席に乗り込んだ。
「静かにしろ」
ドアを閉めた瞬間、背後から低い男の声が聞こえて心臓が止まりかけた。
誰かいる。
ヒュッと喉が鳴る。
後部座席から首に何かを充てられている。冷たい感触は銃口かナイフか判断が付かない。
ミラーに目をやると眼光の鋭い男と目が合った。
「出せ」
グッと首筋に充てられた何かに力を込められ、ピリッとした痛みが走った。
小さく頷いて、エンジンをかける。
男の殺気が肌を刺した。選択を間違ったら殺される。
抵抗など考えもしなかった。
素直に車を発進させ、瞬く間に流れる景色に置いてきたレスニカを思う。
ネゴベレリーバーを倒すには、いくらレスニカでも時間がかかるはず。車には追跡機能がついているが、俺を追いかけてくるとは限らない。
レスニカはやるべきことがある。
車をさっさと発進させた俺が、ただ逃げ出したと思われてもおかしくはない。
「こんな所に無垢 を置いていくとは、お前の連れもずいぶんと間抜けだな」
揶揄うような口調で言われ、頬に生温かい息がかかった。
嫌悪感に振り払いたくなる衝動を堪え男の目線から逃れるように目を伏せる。
盗賊、という文字が頭に浮かび上がる。
この世界でモンスター以外にエンカウントする者といえば、盗賊、だ。
大抵人間の保持者たちで、戦闘中はアイテムも金も、下手すると装備まで奪われる厄介な敵だ。
ただし、ゲームの中なら勝てば奪われたものはすべて戻ってくる。レベルさえ違わなければさほど脅威にはならない相手だ。
実際レスニカが相手にするのならたいした問題にならない敵だろう。あいつは強い。レベルもカンスト越えもあり得る。
でも、俺は無垢。
魔法も身を守る術も、彼等からしたら赤子同然だ。
しばらく車を走らせると、前方に白いバンが止まっているのが見えた。その周りに、男が何人か立っている。
後ろにいる男の仲間だろう。
指示通りにバンの前で停車すると、俺は問答無用で彼等に引きずり下ろされた。
そのうちの一人が俺の顎を掴み、仲間たちによく見せるように持ち上げた。目をぎゅっと瞑ると、ヒュウ、と下品な口笛が聞こえる。
「無垢だけでも珍しいのに、またえらい別嬪じゃねえか。男だから油断してたのか? 残念だったなぁ」
笑いが広がる。
ドクドクと心臓がうるさく、彼等の下卑た視線に自分が絶体絶命なのを悟った。
「おい! 馬鹿みたいにやべえ素材ばっかりだ! こいつは高く売れる! 大当たりだぞ!」
その時、背後から興奮した男たちの声がした。どうやら俺が乗ってきた車を探っていたようだ。
車にはトランクだけにとどまらず、これまで集めた素材が無造作に積まれている。
光弾銃も大金を納めたカードも、いくつかの現金だって、車の中だ。
――最悪だ。
「今日は宴だな、たらふく飲めるぜ!」
「お前はいつも飲んだくれてるだろうが」
ワイワイと盛り上がる盗賊たちを横に、ドンッと肩を押される。
「お前はまず、こっちだ」
首を掴まれ、歩かされる。間近で見るバンは、ほとんど大型バスのサイズで、想像以上に大きい。
中に押し込まれ、最奥のカーテンの前まで歩かされて、もう俺はこの先に起こることを予想した。
「頭、今日の獲物です。小綺麗なんで、遊んでから始末すればよろしいかと」
「ほう」
背中を強く押され、カーテンを押しのけるように転がった。
手をついた場所は、柔らかな毛皮の感触。どうやらベッドの上だ。
慌てて顔を上げると、横たわりながら顎を掌にのせ気怠げに煙草を吹かす獣人と目が合った。
息を呑む。
咄嗟に逃げを打つ俺の動きと長い爪が迫ってくるのは同時だった。
強く腕を引かれ、目を見開く俺の上に瞬く間に乗り上げた獣人は、ひどく緩慢な動きで紫煙を俺の顔に吹きかけた。
「なんだ、獣人は苦手か? それともホンモノの方がよかったか?」
金の瞳がスッと細くなり、口元が愉しげに歪んでいく。
嗜虐的なその顔つきにかつての飼い主を思い出し、反射的に身が竦んだ。
殴られると、悟った。
もちろん、それで終わりじゃないことも。
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