15 / 19

15.さよなら、僕と逃げよう

 死屍累々の荒野で何をしているんだろうという自覚が湧いたのは、それから一時間は経ったと思う。  人生で初めて、涙が涸れるほど泣いた気がする。  今更ながら恥ずかしくなって、もう大丈夫だと気まずい気分でレスニカから離れると、彼はほんの少し口角をあげて頷いた。  ぽん、と頭を撫でられ、手を引かれ車へと導かれる。  大人しく助手席に収まり、涙やら鼻水やらを拭いて窓に頭を預ける。  レスニカはしばらくして車に戻ってくると、何も言わず発進させた。  さて、時間が経てば経つほどレスニカに抱きついて子供みたいに大泣きした事実が俺の脳を破壊してきて、その度に叫び声を上げそうになるのを我慢する羽目になっている。  まって。普通にハズイ。恥ずかしすぎる。  ていうかレスニカもレスニカだ。  なんで抱き締めてんだよ。背中撫でるんだよ。  しかも最後には頭をポンッってしなかった? どこのアニメ主人公だよ。  ああ、怖い。なにが怖いってバチクソイケメンだからなんか俺もレスニカのことを「カッコイイかも?」とか思い始めてるところだ。  いやいや、そもそも俺の好きなタイプは金持ちで小綺麗で包容力のある優しいオジサンだ。決して若くて無茶しそうで薄幸な年下イケメンではない。  確かに顔は死ぬほど美形だし、スタイルも化け物みたいに完璧だし、ついでにチンコも素晴らしかったけどって、俺、そういえばコイツとセックスしたんだよな。  事故みたいなもんだったけど、えっちもやばいくらい気持ち良かったし、一度のセックスであんなに中イキしたのも初めてだった。  身体の相性がいいってやつ? 「……ずっと、謝りたかったんです」 「ふえっ⁉」  よこしまな考えにふけっていたところに、不意を突かれて変な声がでてしまった。  レスニカは気付いていないのか、真剣な横顔のまま続ける。   「初めて会った時貴方にひどいことを。その後も貴方を傷つけた。僕も、あいつらと何も変わらない」  目を瞬く。  ひどいこと? そんなことされたっけ?  あいつら? 盗賊のこと?  で、レスニカとの初対面を思い出して、確かに今思えば割と最悪な部類だったかもと思い返す。  でも、あの時は売り言葉に買い言葉で、俺なんかコイツが可哀想なキャラクターって知ってて喧嘩売ったからな。で、クソみたいな別れ方をして、それから――。 「……あそこから連れ出してくれた」  俺をあの牢獄から連れ出したのは、紛れもなくレスニカだ。 「恨んでなんかない。感謝してる」  心からそう言っても、レスニカの表情は硬いままだ。 「でも、僕はあなたを無理やり──」 「無理やり?」  ……ああ、そっち?  気にしてたのはその後の方か。でも、あれこそ俺の方が悪い気がしてならないけど。 「俺を無理やりヤろうとしても、結局おまえは勃たなかったしできなかっただろ。そもそもおまえがそうなるのって、〝全〟との繋がりがあるからで、思考が闇堕ちしやすくなるからっていうのもあるし。逆にそれでも俺に乱暴しなかったのって、やっぱりそういう人間じゃない証拠だ」  〝全〟を倒し〝全〟になるために、レスニカには呪いがかかっている。  黒い靄は心が蝕まれるほど強大になり、それは〝全〟になるための必須条件といっても過言ではない。  この呪いはレスニカの負の感情を増長する作用があるのだ。  そこまで考えて、レスニカの人生を思い出した。  両親を殺されてる。初恋相手だっただろう女の子も、親友だっただろう友人も、可愛がってくれた近所の老夫婦も。  帝国人に村まるごと虐殺されて、そのうえでレスニカをわざと生かせた。  コイツがのちの〝全〟となるために、計画されたのだ。 「でも、貴方を怖がらせた。ごめんなさい」 「……やめろってそんな、そんなこと言われたら俺も謝らなきゃいけなくなるじゃん。おまえを食ってごめんなさい! ごちそうさまでした!」  謝罪なんて本気でいらなかった。  だから笑い飛ばしてそう言うと、レスニカは俺をしばらくじっと見つめ、それからふっと表情を和らげた。    外の景色はいつの間にか砂漠地帯へと変化していた。宙を浮く車のスピードは、どこに行っても変化はない。   それを眺めながら、やっぱりレスニカは俺の過去を見たんだなと思った。  でも、レスニカは元々優しい。  過去を知ろうが知るまいが、こんなことをされた後はきっと同じ反応をするはずだ。  現にレスニカは出会った当初から俺を助けてくれている。  それこそがコイツがどこまでも格好良くて良い奴で、闇堕ちなんてさせたくない人間である証拠だった。 『貴方は何も悪くない』  誰かに助けられたかったあの日の子供は、俺だけじゃない。  おまえは何も悪くないと、おまえのせいじゃないと、そう言われたかったのはレスニカも同じだ。  助けられたかったあの日から、俺達はずっと囚われて生きている。  なんだかまた涙がこみ上げそうになって、慌てて意識を外へ集中させる。  ふと、視界の端に緑が見えた。  やがて建物が目に入り、植物が目に入ると湧き上がる衝動のまま口を開いた。 「なあ、あそこに寄ろう!」 「は?」 「いいから、はやく!」  茶色い砂の山の向こうに見える緑を指さして言うと、突然のことに困惑しながらもレスニカがハンドルを切った。  車は驚くスピードのまま、すぐに辿り着く。 「ここ――」 「オアシスだよ。懐かしい。ここに何度も寄ったわ。回復できるし、泉が綺麗なんだ」  ゲームでは中盤辺りから寄れる場所で、砂漠地帯のモンスターを狩っては、ここで回復した記憶がある。  早速車から降りる俺を追って、レスニカが後ろからついてくる。  オアシスは小さな街になっていて、宿もあるしアイテムや武器を買える店もあって補給には困らない。  でも俺の目的はそれじゃない。  逸る気持ちを抑えられず、レスニカの腕を取った。  ちょうど日が暮れてはじめてきて、肌を刺すような寒さが襲う。日中とは極端の気温だ。  泉の周辺には大きなテントが点在していて、金を払えば泊まれる仕組みになっている。  キャンプ地のような宿だが、ここの売りは、また別にある。  諸々の手続きをして泉の前に行くと、辺りはすっかり暗くなった。 「ほら、見て」  暗闇の中、誘導しているつもりがいつの間にか腕を引かれていたけど、泉の前で立ち止まって二人でそれを見つめた。  水面がキラキラと青白く光っていた。線香花火の火花のような光が、空から降ってきては舞い上がっていく。  満天の星が水面に映り、大きな三つの衛星もゆらゆらと輝いている。水中から出入りする光が宙に浮いているのを見ると、空から星屑が落ちているみたいだった。  それが視界いっぱいに広がっていると、まるで銀河の中心にいるような錯覚を起こす。  自分までも星になった気分でレスニカを見上げると、彼もまた高揚したような顔をして俺を見下ろした。 「――綺麗だ」 「だろ? 画面越しでも感動したんだ。実物を見てみたいと思って」 「この星はなんで降ってきているんです?」 「星じゃないよ。確か、“ホシボシ”って言うモンスターで、日中は水中にいるんだけど、夜になると出てくる――って、おまえの方が詳しいだろ。〝心眼〟で見られるし」  そう言うと、レスニカが笑った気配がする。  ぎゅっと繋いだままだった指に力を入れられて、びっくりした。  そう言えばコイツ、俺と手を繋ぐのに無抵抗だよな。というより、変に意識していないというか。  前もそんな場面があった気がする。 「いちいち使わないですよ。面倒ですから」 「……尻尾の先を光らせてメスを誘ってるんだって。水中から飛んでは入るから、まるで空の星が水の中に落ちてまた上がっていくように見える、らしい」  途中からなんだか説明するのが恥ずかしくなって謎に小さな声になる。  下がった気温の中で繋いだレスニカの手が温かくて、放したくない。 「こうしてみると、貴方は知っているのに見たことがないものばかりなんですね」 「……まあ、そうなるな」 「色んなモンスターに目を輝かせていましたね。虫系は苦手みたいですけど」 「見た目がやばい奴だけだよ」 「貴方の世界では、獣人族も獣族もアフソナ族もいないとか」 「そうそう、人間だけ。魔法も使えないし」  それから、俺たちは他愛のない会話をした。  暗闇に浮遊する星々を眺めながら、ただ穏やかに。  途中であまりの寒さに震える俺に気付いて、レスニカがテントから毛布を持ってきてくれた。  テント前にある椅子に二人で腰をかけ、頭から毛布をかぶり合って腕と腕をひっつけながら、星を眺めた。  俺とレスニカがこんな風にたくさん話せるようになるなんて、想像もしてなかった。  でも、小さな疑問が絶えず二人を包み、会話が途切れることがないのだ。  知りたいと思った。  この世界を、レスニカを、もっとたくさん。  で、目を覚まして固まったわけ。  暑苦しく感じたのは、誰かの腕が俺の腹の上にあったからだ。  首筋にかかる静かな吐息。  目を瞬く。  どう考えても横向きに寝ている俺を背後からレスニカが抱き締めている状態だ。  周囲を見ると、クリーム色の布で覆われていた。どうやらテントの中だと分かった。  あれ、昨日どうやってここに来た?  考えながら、恐る恐る腹の上のレスニカの腕をどかす。  かなり密着して寝ていたのか、毛布にもレスニカにも俺との隙間がほとんどない。  夜は極寒だったけど、今は日が高いのか薄ら汗ばむ陽気になっている。  もしかして外で寝落ちした俺を連れてきてくれたのだろうか。  レスニカを見ると随分穏やかな顔で眠っている。寝顔を見るのは初めてじゃないけど、この距離はさすがに気まずい。  なんとかして毛布から抜け出し、テントを出ることに成功する。 「あっつ!」  灼熱の太陽に照らされて思わず声を上げてしまい、慌てて口を閉じる。  だが、遅かったのかレスニカの起きる音がした。  ほどなくしてテントから出てきたレスニカは、寝癖もそのままに「おはよう」と微笑んでくる。 「おはよ」 「よく眠れました?」 「まあ……」  俺を運んだのはおまえ? とは訊けず、なんだか気まずくて目を逸らす。  ていうか寝癖ついてるんですけど、なんか無防備じゃないですか?  こんな姿今まで見たことない気がするんですけど、どういうことですか?  そして俺、なんで恥ずかしい気分になるんですか?  やだ、なんかおかしい。 「ていうか暑い、死ぬ!」  ジリジリと肌が焼ける感覚がして、泉の方を見ると、なんと水遊びしている人々が目に入った。  笑い声を上げて、泳いで潜って、ずいぶんと楽しそうだ。  俺はすぐに欲望に従うことにした。 「レスニカ、泳ごう!」 「まって、あ……っ」  言うなり靴を脱ぎ、ズボンを脱ぐ。  シャツと下着はそのままで泉へと駆け出した。  泉は想像以上に心地良い温度になっていて、気持ち良かった。  あれだけ夜空を騒がせていたモンスターの姿もなく、今は透き通った底が見えるだけだ。  他の魚やモンスターもいないとくれば、普段から水遊び場として開放されている理由も分かる。そのうえ日中は灼熱だ。  地元民も観光客もこぞって泉で遊んでいた。  しばらく浅瀬でレスニカに水をかけたりして遊んでいたけど、徐々に身体を進めていくと、レスニカが俺の手を引いて泳ぎ始めた。  そのまま足の着かないところに連れて行かれて、手を放される。  瞬く間に沈む俺。  水中へ綺麗に消えた俺をレスニカが目を丸くして見ていた。水に入る瞬間にそれが見えて、思わず笑ってしまい、ボコボコと空気が口から出ていった。  焦ったのはレスニカだ。すぐに沈んだ俺の腕を掴んで力強く水面へ引き揚げてくれる。 「っ……泳げないなら最初からそう言って!」 「わはは」  溺れさせるつもりじゃなかったらしい。てっきりわざとかと思ったけど、そもそもコイツはそんなイタズラは好まないようだ。  レスニカは急遽俺に泳ぎ方を教えることにしたようだ。 「手足を動かすんです、こうして」 「ブクブクブクブク……」 「なんで!」  悲鳴を上げるレスニカが面白くて、水を飲み込みながらも笑いが止まらなかった。  俺が溺れかける度に必死になる反応がなんだか可愛く見えて仕方ない。  結局、レスニカは俺に泳ぎを教えることは諦めて、浮く方法を教えてくれた。  身体を横たえて、ただ空を見上げ水面に浮かぶ。  同じような態勢でレスニカも横になっているけど、心配なのかずっと俺の手を握っていた。  二人で眩しさに目を閉じて、風と水の音をただ感じる。 「泳ぎは教わらなかったんですか」 「学校で教わるみたいだけど俺は行ってないし」 「……ならまず溺れそうになったら、こうして浮くことを覚えておいて」  海や川を知らないわけじゃない。  だけど健全な遊び方はほとんど経験が無かった。  水の中で遊ぶことがこんなに楽しいなんて、この日初めて知ったんだ。  それから俺達はオアシスを後にして、帝城方面に向かった。  以前と同じようにモンスターを狩って換金し、町に寄って一緒にご飯を食べたりした。  ちょっと変わったのは、その町の観光名所に寄ったり、美味しいものを食べたり、時には酒を飲んだりしたことだ。  俺たちは何かを取り戻すかのように、食べて遊んで喋って、眠った。 「運転していい?」 「どうぞ」  最後の町を出て俺が言うと、レスニカはあっさりと頷いて運転席を譲ってくれた。  自動運転は解除して、目的地を示す画面の方面へ車を走らせる。  外は大雨で、時折遠くで稲妻が走っているのが見える。分厚い雨雲が辺り一面広がっているが、俺の気分は高揚していた。  帝城はもうすぐだ。壮大な草原の先に尖った塔が三つ見える。  外敵からの攻撃を塞ぐため、外部の者は転移魔法陣でしか入れないようになっている。  ナギたちはそのうちの一つ、アウラから転移して城に入る。  俺たちは、直に城に入る予定だ。 「もう着いてるって?」 「ええ、先ほど通信が入りました。計画通りに行っているようです」  ナギとは別に、帝城に向かう者達もいる。  主人公たちを支持する、唯一の王族を筆頭に、ロランたちのような反乱軍とされている味方だ。  彼等がいないと、この物語はうまく収まらない。  でも、もうそんなことはどうでもよかった。  ハンドルを握って、アクセルペダルを強く踏む。  グン、と重力が胸にかかり光のような速さで車が走る。  帝城が近づいてもスピードを緩めずにいると、レスニカが驚いたように俺を見た。 「なにを」 「俺と逃げよう」  琥珀色の瞳が、見開かれる。 「今までやってきたみたいに、モンスターを狩って素材を売って、食べて遊んで寝る生活をしよう。――おまえには、それができるんだから」  軽く笑ってそう言う俺を、レスニカが息を呑んで見つめる。  〝全〟になんてならなくていい。  全部の責任を負わなくていい。  だってそれはおまえのせいじゃないし、悪いのは帝国なんだから。  心からの、提案だった。  車は帝城を通り過ぎた。  暗雲の向こうに、青空が垣間見えている。  見つめ合ったまましばらくして、レスニカが掠れた声で言った。 「……ありがとう」  泣き笑いのような表情を浮かべ、嬉しそうに。  それから、俺の意識は途絶えた。

ともだちにシェアしよう!