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16.ハッピーエンドを下さい

◇  ドオオン、と地面が割れたような轟音がした。  ハッと身を起こし、目を瞬く。カタカタと小刻みに床が振動しているなか、一体ここはどこなんだと周囲を伺う。  石造りの地面。見上げると同じ色の塀で囲まれている。屋根があるが窓はなく、時折強い風が吹いている。  塔だ。帝城の、三つの塔の一つにいる。  それが分かったのは、立ち上がった先に二つの塔が見えたからだ。車の中で見た、黒くて尖った三つの塔は、実際に立つと意外に小さい。  俺がいるのは中心の一番大きい塔ではなくて、正面から見て少し小さい左の塔に寝かされていたようだ。  必死に状況を把握していると、不意にもの凄い衝撃音が聞こえて、思わず耳を覆った。  同時に下で蠢く何かが目に入る。  下は城の中庭にあたる、大きな広場だ。そこで、塔にも届きそうなほどの巨大な何かがもがいていた。 「目が覚めたか」  これには心臓が止まりかけた。  背後からの突然の声に、驚きで死ななかった自分に感心しながら振り返ると、塀に片手をのせてこちらを見る男がいた。  長い黒髪を腰まで垂らし、髪の色と同じ漆黒のローブに身を包んでいる。今まではシンプルなローブしか見たことがなかったけど、彼の着るそれは他と違うのか、複雑な刺繍を施されたもののようで、所々がきらきらと光っている。  長袖から覗く白い指は細くて長い。首の上に乗る小さな頭を見れば、いくらローブで身を隠していても男が飛び抜けてスタイルがいいことが分かった。  帝国の偉い人か? だとしたら王族?  考えたけどそもそも王族として明確にキャラ設定があったのは皇帝と庶子だけで、この世界の悪役である皇帝は50代くらいの渋いオジサンだ。庶子に至っては、ロランたちと行動を共にしていた所謂反乱軍であり、仲間だった。  記憶を探っても、男に見覚えはなかった。城にいるということは、関係者であることは間違いなさそうだけど。  それに、めちゃくちゃ綺麗な顔だ。  改めて男をまじまじと見つめる。  瞳は銀色で、縁取る長い睫も同じ色。透き通るような白い肌に、真っ直ぐの鼻筋と、少し厚めの下唇。  すべてバランス良く配置され、極めつけは怜悧な美貌の横に尖った耳がついていた。  彼等が気高い生物なのは有名だ。  アフソナ族の、エルフ型。 「……なんで黒髪?」  エルフって変装以外はみんな金か白髪じゃなかったっけ。  こんな黒い髪、初めて見た。 「掟を破ったからだ」  アフソナの里の? 「へえ~」  そうなんだ。 「――いや、誰⁉ てか、それどころじゃない!」  さっき下で巨大な何かが動いているのを見たんだった。  得体の知れない男のことは今は端に置いておこう。  マジでそれどころじゃない。 「……あれが〝全〟?」 「君の仲間だろう。以前の〝全〟は役目を終えた」 「えっ⁉」  それってつまり――。  広間にいるのは画面の中で見ていた、あの伝説モンスターだ。  月に照らされた闇色の、竜のような生き物だった。でもそれより遙かに頑丈で、身体もまるで鋼に覆われているように鈍色にも闇にも染まって光沢があった。  禍々しくねじれた角が二本生えていて、大きな口からは巨大な牙が見える。二足歩行のように立ち上がると、時折剣を出し、振り回し、声を上げればその咆哮で対峙する者を絶望させた。  〝全〟だ。  見開いた瞳は琥珀色。自らに立ちはだかるナギたちを冷たく見下ろし、攻撃を避け、闇魔法をなんの躊躇いもなく放っている。 「――レスニカ」  レスニカだ。  あの瞳の色は間違いなく、レスニカだ。   だからナギがあんなに必死に叫んでいるのだ。  あんなに必死に立ち向かっているのだ。  あんなに必死に――助けようとしている。 「君の友人は彼を救うつもりだ」 「――うん」  レスニカは、俺をここに置いていった。  逃げようと言ったのに、逃げずにナギと共に戦うことを選んだ。  あいつが〝全〟になっているということは、既に皇帝は倒され、以前の〝全〟も倒したのだろう。  そして今は、本当の最終ボス戦。  ナギと勇者の、闘いだ。 「……逃げようって言ったのに」  俺は本気だった。あのままレスニカを連れて、逃げるつもりだった。  でも、レスニカがそうしないことも、正直予想してた。  あいつは優しい。優しいから、痛みや苦しみは自分だけのものにしようとする。 「――ナギ」  閃光が走る。重い衝撃音が響き渡り、放たれる魔法から様々な属性攻撃が彼等に降り注ぐ。  苦悶を浮かべ蹲る仲間を助け起こし、振り下ろされる剣から逃れながら、それでも攻撃の手は緩めない。  まばゆい光が続くのは、聖属性の魔法だろうか。星の洪水のような魔法が、〝全〟となったレスニカを覆う。  息をつめてただひたすら見つめる。  ここからじゃよく見えないナギの表情。  今日という日まで彼女がどれほど苦労したのか、計り知ることはできない。  何もできない俺とは違い、ナギはレスニカと同じ選ばれし者で、そして同じ被害者だ。彼女だって、俺と同じように無理やり連れてこられた。そしてレスニカと同じように、宿命を背負わされた。  だから、結末がどんな形になろうとも、責めるつもりはない。  でも。  本音を言うと、レスニカを助けてほしい。  傲慢な願いだ。見ていることしかできないくせに、責任を負うこともできないくせに。    無意識に、両手を合わせて指を編んでいた。  祈るようなポーズで、彼等を見つめていた。  光と闇、炎と水、色んな魔法攻撃や衝撃を肌で感じながら、ナギの小さな唇がそれを紡いだのを見た気がした。  ギュッと指先に力を込める。  ここに来るまでに毎日考えていた。  このストーリーはどんな風に終わるのか。  このゲームはエンディングが三種類あったのだ。それを思い出してからは毎日不安で、たまらなかった。  一つ目は、主人公が力尽きるバッドエンド。  所謂ゲームオーバーってやつで、もちろんゲームならコンテニューボタンでやり直せるが、現実のここで全員力尽きたら、終わりだ。  〝全〟は死なず、また最強モンスターとして世界を蹂躙し続け、帝国の悪事はもみ消され、聖属性は再び殺されるかモンスターとなる運命を背負い続けるだろう。  二つ目は、〝全〟を倒しレスニカが犠牲になる、ノーマルエンディング。  実はストーリーを大して読み解かないプレイヤーの多くは、このエンディングを経験した。  かくいう俺もその一人で、結局〝全〟を倒しても勇者が犠牲になる悲しい結末に、当時は納得いかなかった記憶がある。だけど後にそのエンディングは本当のエンディングじゃないと知って、びっくりしたっけ。  つまり、制作側が用意した本当のエンディングはある特定の行動を最終戦にしなければならなかった。  それが三つ目の、トゥルーエンディングだ。  これこそハッピーエンド。大団円。聖属性と〝全〟の繋がりはなくなり、皇帝は崩御し、悪者は立ち去り、〝全〟も消滅する。  英雄は生き残り、主人公たちも生き残り、帝国は再建する。 「レベル150の、〝解〟……」 「――見事だ」  トゥルーエンディングを迎えるためには、戦闘中に〝全〟にレベル150以上の聖魔法の〝解〟を放つのが必須条件だ。  この魔法は攻撃魔法ではない。〝解〟はその名の通り、すべての状態異常を治す解除魔法で、無害なものだ。  何も考えずにゲームをしていた俺は、そんなこと考えもつかず、勇者である〝全〟を普通に倒してしまった。攻略法を知らなかった数々のプレイヤーも、ただ倒してエンディングを迎えた。  〝全〟との繋がりを解除することはせずに、悪役を倒しただけ。エンディングでは犠牲となった仲間のレスニカを悼むシーンが追加され、主人公は複雑な思いを抱きながら帰路につくのだ。  そんな結末に納得いかなくて、当時はネットで検索した。そこで他のエンディングの存在を知ったのだ。制作側は一切の情報を出しておらず、やりこんだ者たちがその攻略法を載せていた。  でも俺は結局、それからゲームをやることはなかった。特別な思い入れがあるわけじゃない。暇潰しの一つで、数ある娯楽の一つで、夢中になることもなかった。  面倒な解放クエストをやるのも、作業でしかないレベル上げをすることも億劫だったんだ。  ここは現実であり、ゲームじゃない。やり直しは利かないし致命傷を負えば死ぬ。  それでもナギは、必死にレベル上げをした。  簡単じゃないと言っていたこの世界での生き方を受け入れ、そのうえでレスニカを助けることを諦めなかった。  どれほど大変だっただろう。  どれほど痛い思いをして、泣いて、苦しんで、ここまで来たのだろう。  一緒に帰ろう、と力強く言った彼女の顔を思い出す。前向きで、陰なんか見当たらない表情だった。だから俺もただ頷いて、その手を取った。  辛いはずのナギが明るくて笑顔を絶やさず、そして真っ直ぐだったからだ。  そんな健気な彼女に、レスニカを助けてくれとは言えなかった。言えるわけがない。  勝手につれてこられた世界で必死に生きて対応して、誰かの未来の責任を負って、それでも笑っている彼女に、150レベルの聖魔法〝解〟を、必ず彼に使ってくれなんて。  だけどナギは知っていた。ちゃんと、知って、そしてやってくれた。  99レベルでカンストするこの世界で、解放クエストをこなし、血が滲むような努力をしてレベルを150以上にあげたのだ。  聖属性がモンスターになる呪いを解くために。  悲しい運命を背負う、レスニカのために。  砂粒のような光の粒子が、〝全〟に降り注いだ。  やさしい、心地良い陽光が形になったような光景だった。  魔法が解けたように、〝全〟は瞬く間に粒子となり、姿を消した。  代わりに現れたのは、地面に横たわる一人の黒ずくめ。 「……レスニカッ!」  行かなきゃ。  そう、振り返ったときだ。 「閣下、こんな所にいらしたのですか」  音もなく現れた男がエルフの傍に降り立ってきて、動きを止める。  帝国軍が持つ光弾銃を背負い、モスグリーンの軍服を着た体格のいい男だった。  鋭い目で俺を一瞥する空気は肌を刺すようで、一目でただ者ではない雰囲気を醸し出している。  たぶん、軍の中でもかなり上の立場だろう。  ていうか、「閣下?」  このエルフ、やっぱり帝国の偉い人なの? 「ヴェノスト帝は崩御されました。ここもそのうち反乱軍に占拠されます。すぐに出ましょう」  「そう焦らずともいいだろう。長きにわたりこの城を護ってきた。……もう少し思い出に浸ってもいいとは思わないか」  淡々とエルフがこたえる。  そうか。アフソナ族は長命だ。もっとも神に近い種族――。 「なにを悠長なことを。貴方の皇帝はもういない。護るべき理由は消えました」  エルフが一瞬、目元を緩めたように見えた。  それはほんの一瞬で、次には彼等のトレードマークでもある無表情に戻っている。 「――私の帝はとうに去っていた」  エルフがそう言って、俺に視線を向けた。  戸惑いながらその視線を受けると、おもむろに彼は自身の左の腕輪を外し、俺に手渡してくる。  反射的に受け取ってから、アホすぎる自分に嫌気がさした。  くそ、常に他人に甘えて生きてきたせいで、何かを貰うことに躊躇いがない。なさすぎる。 「思えば私の間違いはその時から始まっていたのだ」 「貴方は長らく尽力されました。間違いなど」 「彼らは成し遂げた。そうされてようやく、私はずっとこの時を待ち望んでいたのだと気付いた」 「……よく分からんけどなんですかコレ?」  知らない人から得体の知れないものを渡されて警戒しない人間はいない。  当然俺も、渡された腕輪を返そうとエルフの腕を取ろうとした。  しかしその手を隣の男に叩き落とされる。 「触るな。貴様ごときが容易に触れていいお方ではない」 「あっ、ごめんなさい」  反射的に謝ったけど、なんだか腑に落ちない。  いや、俺が悪いのこれ?  不満が表情に出ていたのだろうか。エルフが俺を見る。 「それは神力の石(マナ)で作られている腕輪だ。私にはもう必要ない。ここで会ったのも何かの縁だ。君に授けよう」 「……え、マナってあの、魔法使えるようになるやつ?」  でも俺無垢(プレン)だから使えないけど。  独り言だったのに俺の返答に軍人が鼻で笑った気配がした。 「どの宝石にも勝る価値あるものだ。貴様みたいな人間が一生かけても手にできない。要らないのか?」 「いただきます!」  即答して、頭を下げる。お金は好きだ。同情も施しも、貧乏になるよりずっとマシ。  貰えるものは貰っておく。  頷いて躊躇なく腕輪をポケットに突っ込んで、さっさと踵を返す。  そもそも早くこの場を去りたいんだよ。レスニカに会いたい。ナギに会いたい。  我慢できずに走り出したけど、予想していたはずの階段がどこにも見当たらず、混乱する。 「飛び降りろ」 「えっ、でもヘタしたら死にそうですけど!」 「問題ない。私が術をかけてやろう」  塀に乗り出して下を確認する俺に、怖い発言をする軍人。  すると穏やかな声でエルフの美人さんが言って、俺の肩を優しく撫でた。  アフソナは独自のまじないを持つ。  だから、神力の石(マナ)は必要ない――。  そうだった。彼らは魔法を使える。 「さあこれで怪我をすることはない」 「ありがとうございます!」  じゃあ飛び降りますね!  とはならんやろ、と汗をかきつつ、俺はもう信じることを選んだ。  ギュッと目を瞑る。大きく息を吐く。  レスニカの元に行きたかった。  骨の一つや二つ、折れたっていい。傷だらけのあいつに比べたらこんなの、蚊に刺されたようなものだ。  覚悟を決めて塀をよじ登って、一気に飛び降りる。  ふわりと、羽が生えたみたいに風に乗った。  本当に、そんな感覚でスーッと距離を伸ばした俺は、すぐにナギたちの前に着地できた。 「ミキちゃん!」  擦り傷だらけのナギが俺を見て、満面の笑みを浮かべる。  他の仲間も晴れた顔で、ナギを見守っていた。  俺は彼女に駆け寄って、その華奢な両手をすくいあげ口を開く。 「っ、俺……、俺、言えなかったんだ」 「ん? なにが?」 「レスニカに……っ、レスニカを」  ここから勝手に涙が込み上げて、もう決壊した。  泣いて言葉にならない俺にナギは驚いたように一瞬目を丸くしたけど、すぐに俺の手を握り返して微笑んでくれる。 「っ、レベル150なんて、大変だっただろ……すごい、よ、ほんと、すごい……っ」 「ありがとう。私、このゲームのガチ勢だったんだよ。相当やりこんでたから、モンスターの弱点も覚えてたし、だからレベ上げもそんなに大変じゃなかったんだ」 「……ナギ」  やさしい女の子だ。  やっぱり、優しくて強くて、俺とは比べ物にならないくらい人間ができている。  この子が主人公で本当に良かった。  ていうかナギじゃなきゃできなかった。 「ありがとう……っ、ありがとう、ナギ……っ」 「何言ってんの~。巻き込まれて大変だったのはミキちゃんの方なのに、お礼なんて必要な……」  その言葉に首を横に振りながら、ナギの背後に横たわる人物に目を移す。  すると俺の視線に気付いたナギが、言葉を止めて道を空けてくれた。 「あるよ……」  ふらふらとレスニカに近付く。同時に、レスニカの腕が上がった。  ワッと彼を取り囲んでいた仲間が喜びに沸いた。  レスニカが、目を覚ましたのだ。  溢れ出る涙を隠したいのに。  そんなことも忘れてゆっくりと身を起こしたレスニカの傍に膝をつき、その首に両腕を回した。 「あるよ……俺、レスニカに死んでほしくなかったんだ……なかったんだよ……っ」  縋り付くように抱き締める俺の背に、レスニカの大きな手が回る。  その瞬間、そっと、でも力を込めて抱き寄せられた。  〝全〟になってほしくなかった。  生きていてほしかった。  だから、また会えて本当に嬉しい。  嬉しいんだよ。  ボロボロ泣いていると、レスニカの掠れた囁きが首筋に降りてくる。 「戻れたら、伝えようと思っていたことがあるんです」 「ぅん……っ?」 「生き方を……この世界での生き方を、僕が教えます」 「――え」  びっくりした。  びっくりして思わず身体を離し、レスニカを覗き込んで、その琥珀色の瞳が細められるのを確認するなり、笑ってしまった。 「なんかそれって……」  ……アレみたいだ。  レスニカが俺を見つめている。  あまりにジッと見つめてくるから恥ずかしくなって視線を逸らすのに、その眼差しがまだ頬に突き刺さる。 「――え?」  ……え?

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