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第4話

 樹は接客業をしていながら、人に興味がない。人だけでなくほとんどのことに興味がなく、ただなんとなく人生を送っているに過ぎないゆるい性格だ。好きか嫌いかで分ければほとんどの人は嫌いじゃないから好きの類に入る。そんな感じだ。多嶋についていえば、好きのくくりの中でも、羨望が含まれる。  樹は多嶋の寡黙な雰囲気に憧れのようなものを感じていた。短髪だが前髪が少し長くワックスで自然に流し、黒ぶちの眼鏡をかけ、ビシッと決まっている隙のないスーツ姿はできる男だと感じさせる。癒し系だと言われることの多い樹とは全く正反対のタイプだ。だから余計に憧れるのかもしれない。 「店長になる前必ず研修があって、南米やアフリカの産地で実際どんな風にコーヒーの木を育て、収穫するかを見せてもらうんですよ。その後のローストの方法も学んで……あ、この話以前にもしましたよね」  ついつい調子に乗って同じ話をしていたことに気づき樹は恥ずかしくなった。 「いや、何回聞いても飽きないよ。仲森君の仕事に対する情熱が伝わってくる。鳴海はいい人材に恵まれてるよ」  多嶋は腕時計を見ると、残りのエスプレッソを飲みほし、席を立つ。 「また昼にお邪魔するよ」と言って、代金をカウンターに置いた。 「お待ちしてます」と樹が答えると片手を上げて出ていった。その姿も優雅でいちいちかっこいい。わざとらしくなく、自然に身についている洗練された仕草だ。 「超かっこいいんですけど。あこがれるー」デミタスカップを下げながら佐々木が呟く。 「佐々木さんには年上すぎるでしょ」 「いいえ、あたし、オヤジスキーなんで。ドンピシャストライクゾーンです。多嶋さん、しかも、手がすっごく綺麗だし。もうドキドキしちゃう」 「手フェチなんだ?」 「女の子は大概手フェチですよ」  佐々木は呆れたように呟き、テイクアウトカウンターの持ち場に戻った。  確かに男の樹でも多嶋の手にはいつも見惚れてしまう。指が長くて爪の形もいい。清潔に切りそろえられていて、初めて目にしたときはドキッとしたのだ。  男の手に見惚れるなんてことは初めてで、それ以来男性でも女性でも手に視線がいくようになった。自分でも爪が伸びすぎないように注意し、ハンドクリームを塗ったりするようになったのは多嶋の手に影響されたからだ。 「俺も多嶋さんみたいな硬派なできる男になりたいなぁ」  考えが声に出てしまいハッとする。  聞いていたのは佐々木だけだった。 「店長は優しい雰囲気の癒し系でいてくださいよー。でも実は俺様だったりするとギャップ萌えです」 「ははは」  ここは笑うしかない。女の子の発想にはいくつになってもついていけない。というか理解できない。こんなんだから彼女いない歴が加算されていくのだ。  樹は外見が優しそうに見える癒し系なのかもしれないが、全く気が利かない。仕事ではできることが、私生活では全く使い物にならず、自己中心的なダメ男だと自分で分かっている。  多嶋さんは私生活ではどんな人なんだろう?  また多嶋のことを考えていることに我に返り、樹は苦笑した。

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