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第12話

 脳裏を掠めたおぞましい思考を樹は懸命に振り払った。そして、震える手で、スペアキーを保管している引き出しを開けた。  職場に着いたのは1時を過ぎていた。 多嶋が来ていたとしてももう出ていった後だということはわかっていた。まだ職場で顔を合わせる勇気はなかった。  事務仕事だけをすることをスタッフには告げ、樹はオフィスにこもった。今の自分の不安定な内面を知られないためにも隔離されたひとりの状態で何かに没頭したかったのだ。  仕事に集中していれば昨晩のことは一時でも忘れていられるのではないかと思っていたのに、樹の身体は意に反してまだ疼いている。  多嶋に愛撫された乳首が痛いほど尖ったままだった。服にこすれるたびジンジン痺れ、否でも昨晩の自分の痴態を思い出してしまう。熱いほどの熱が下半身に集中し、ジンとした痺れが尾骨のあたりからじわっと広がっていく。  勝手に息が荒くなり、冷汗が吹き出した。  オフィスのドアが開き、冷やりとし身を固くする。樹の顔をまじまじと見ているのは七倉だった。 「店長、顔色、怖いほど悪いんで、それ終ったらほんと、帰ってくださいよ。倒れられたら僕たち困りますんで」  七倉の方が人を扱うのに長けて、樹を労わりながら思い通りにさせる術を身につけているように感じた。こんな時でも樹はそんな七倉に感心していた。 「ありがとう。そうするよ。これ終ったら帰るから。悪いな。仕事してないと落ち着かないんだ」  七倉は困ったように笑った。 「そうだと思ってました。だから今まで何も言わなかったんですよ。僕、仲森店長の下で働けてよかったと思ってるんです。だからここに長くいてください」  前任者が1年未満で辞めてしまったので七倉にしてみれば今度は長く持ってほしいと思っているのだろう。 「ありがとう。俺は大丈夫だよ」と、笑うと七倉は少しほっとしたような表情になり、出ていった。  気だるい身体に鞭を打つようにして、椅子から立ち上がり帰る準備をする。    あの男の感触が身体のあちこちに残っているのを否でも意識してしまう。  多嶋の匂い、肌の感触、熱、そして身体に入り込んだ時の快感。忘れたくても忘れられない。多嶋の声さえ耳に残ったままだ。樹は涙が溢れそうになるのをぐっとこらえた。  ふらふらと浮浪者のように気だるげに家路を歩いた。正直家に帰るのが怖かった。もし多嶋がいたらどうしよう? いなくても多嶋は鍵を持っている。鍵を返してもらわなければ……。そんなことがとめどもなく脳裏を掠め、考えることを止められない。  マンションに着くと、恐る恐る玄関のドアを開けた。まず目に入ったのは煌々とした部屋の明かりだった。不安に押しつぶされそうになりながら足元に視線を落とす。  自分のものではない高級革靴が目に留まった。  それは、まぎれもなく多嶋のものだ。  心臓が早鐘を打ち、ピリッとした緊張が背中を駆け抜けた。恐る恐るキッチンへ入る入口のドアを開けた。

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