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第18話

「お疲れ様でしたー!」  元気な佐々木の声に「お疲れ。また明日よろしくな」と言って手を振った。   閉店後、片づけをして店を出る。自然と急ぎ足になってしまっている。多嶋が待っていると思うと勝手に早足になり、徒歩15分の道のりを10分で家に着いていた。  鍵を開け中に入り、「ただいま」と言ったとたん異変に気付いた。  部屋の中は真っ暗で、誰かがいる気配がしない。不安が押し寄せるまま、玄関の電気をつけ足元を見た。  多嶋の靴はなかった。  どうしたんだろう? 仕事終わってないのかな?  連絡をくれていたかもしれないと思い、あまり使わない携帯を取り出そうとトレンチのポケットを探るが見つけられない。  どこにやったっけ?  部屋に置き忘れたに間違いない。  キッチンやリビングを探したが、見つからなかった。  寝室に行き、サイドボードの引き出しを開けてみるが、やはりない。焦りが募り苛立ちが増す。跪き、ベッドの下を覗いてみた。  あった!  落としたまま気が付かなかったのだ。急いで手に取り、着信履歴を見るが、電話はなかった。  連絡がないと言う事は、こっちに向かっているのだろうか?  そう思ったが、居ても立っても居られず、結局樹は着信履歴の一番上にある多嶋の番号を選ぶと、通話を押した。  コール音が鳴るたび、手のひらが汗ばみ心拍数が上がる。10回ほど鳴った後、留守番電話に切り替わった。 「あ、樹です。なんか……あったんですか? 心配だから電話ください」と、メッセージを残したが、よくよく考えれば、毎日ここに来る義務は多嶋にはない。  まいったな、テンパって余計なことをしてしまった……あー、うざい奴だって思われたらどうしよう。  不安になるとろくなことを考えない。  そのまま床に座り込んで頭を抱えた。  どれくらいそうしていたのか自分でもよくわからないほど憔悴し、混乱していた。手の中で携帯のバイブが振動し、我に返る。  ガラケーを開くと多嶋からだった。急いで通話を押す。 「多嶋さん」 『樹、連絡しなくて悪かった。緊急の出張で大阪にいるんだ―――』がやがやとした雑音が多嶋の言葉に重なっている。その声の後ろ側で女性の声がした。 『多嶋部長、さぁ、行きますよー』と、甲高い声で誘っている。樹はぎゅっと唇を噛みしめた。動揺で上手く物事を考えることが出来ない。 「女の人と……一緒なんだ? 呼んでるよ」 『取引先だ。今から接待だから。明日また電話するよ』と、一言だけで、通話を切られてしまった。  苦いものが込み上げてくるほど胸が苦しくなる。無意識のうちに胸元を引っ掻いていた。  多嶋はゲイだと言ったが、もしかしたら女性もイケるのかもしれない。バイセクシャルだってことも考えられる。  嫌だ!  多嶋が女性と一緒に夜の街に消えて行く姿を想像しただけで、息もままならないほど胸が苦しく痛くなる。  誰にも触れて欲しくない。多嶋が触れていいのは俺だけなんだ。俺だけがあの人を癒してあげれるんだ!  涙が頬を伝っていた。胸が苦しくて何度もそこを引っ掻いた。  多嶋を独占したい。誰にも渡したくない。俺にするみたいに誰かに触れるなんて許せない。嫌だ! 嫌だ! どうしても嫌だ!!  多嶋さん、俺、壊れそうだ。あなたがいないと不安で壊れる。捨てないでくれ。お願い、俺を捨てないで―――俺は、いつか飽きられて捨てられる。多嶋の淋しさが癒えたら俺はお払い箱だ。そうなったら……どうすればいい?  いつしか樹は泣きじゃくっていた。捨てられるかもしれないと想像しただけで怖かった。体から力が抜け、樹は床に寝転がり、トレンチコートも脱がずに泣き続けた。  こんなに泣いたのも、捨てられるという恐怖を味わったのも初めてだった。  あなたか好きだ。好きなんだ。あなたが好きだから身代わりでいいって。身代わりでもいいって思ったんだ。死んだ恋人には俺はなれない。到底敵わない。あなたが今でも想い続けているその人には敵わない。それはわかってる。だけどほかの誰かを抱くなんて嫌だ!絶対嫌だ!  早く帰ってきて。  そして俺にキスして、抱いてくれ。  樹はいつの間にか泣き疲れ、床の上で眠りに落ちた。

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