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第21話
こうやって横に並んで座っていると、多嶋は頻繁に樹の後頭部の髪を弄ぶように触れてくる。ミディアムの長さの樹の髪は無造作に勝手に跳ねてしまう少し癖のある髪質だ。
あの綺麗な指に自分の髪が絡まっているのかと思うと、また尾骨のあたりがじんじんと痺れだす。
ちらっと多嶋を見ると目があった。後頭部に置かれていた多嶋の手に引き寄せられ、そっと唇が重なる。啄ばむようなキスはビールのほろ苦い味がした。こんな風にキスされるのが好きだ。激しく食べられそうなキスはもっと好きだと樹は思う。
いや、多嶋にされることなら全部好きだ。
自分は今まで気が付かなかっただけで、本当はゲイだったのかもしれないと思うほど、嫌悪感がない。
このまま続けていると止められなくなる。もう既に自分は欲情した潤んだ瞳をしているはずだ。
樹は自分から体を離すと、多嶋に言った。
「ソファで寛いでいて、エスプレッソとコニャック持っていくから」
顔が赤くなっているのを自分でも意識し、恥ずかしさで目が合わせられず下を向いた。
「ありがとう」
多嶋は、今回はからかわず、樹の頭を撫でた後、立ち上がりソファへ向かった。
樹はソファで寛ぐ多嶋を盗み見ながら、エスプレッソの準備をした。
あの日もこんな風に多嶋にコーヒーとコニャックを準備した。それがきっかけで自分の人生は大きく変わった。男と寝ることになるなんて想像もしていなかった樹にとって青天の霹靂だ。もう一度多嶋に視線を向ける。痺れるような痛みが胸にジンと広がり、切ないような感情が押し寄せてきた。
あの人を独占できたらいいのに……。
その思いは日増しに強くなる。
盆にエスプレッソの入ったデミタスカップを置き、コニャックグラスに琥珀色の液体を注いでトレイに並べると、ソファの前のローテーブルに運んだ。
樹は多嶋の足元に正座した。無意識のうちに甘えるように多嶋の膝に頭をもたせ掛けていた。
自分でもなぜそんなことをしたのかわからない。身体が勝手にそうしてしまったのだ。多嶋は優しく樹の後頭部を撫でてくれている。それが心地よく、優しすぎて涙が溢れそうになる。
「心配させて悪かった」と、多嶋は言った。
「俺、もうお払い箱なのかなぁって、不安で……」
多嶋の顔を見ることはできなかった。だから膝に額を引っ付けたまま呟いた。
何も言わない多嶋に突き放されたような焦燥に駆られ樹は顔を上げ、多嶋の顔を覗き込んだ。眉間に皺が寄り、困惑したような表情をしている。
「あなたにとっては、俺は……亡くなった恋人の代わりなんでしょ?」
樹は多嶋の眼を見てまた同じ質問をしていた。
多嶋は初めて顔をくしゃりと歪ませ、絞り出すような声で「そうだ」と、言った。
「それでいい。俺、あなたの忘れられない恋人の代わりでいい。だから俺だけにするって約束してよ。俺しか抱かないって。俺以外の誰にも触れないって約束してよ」
必死だった。何としても多嶋を自分のものにしたい。独占したいと心が訴えかけてくる。
「俺、代わりでいいから。多嶋さんの亡くなった恋人の代わりでいい。だから……キスしてよ」
多嶋の首に両腕を回しキスをせがんだ。
俺に触れて、俺を抱いて。そう心の中で訴える。
多嶋は樹の頬に指を滑らせてきた。それがとても心地よかった。多嶋に顔を触られるのも好きだ。大好きだと思う。どこを触られたって気持ちいい。
樹は自分から顔を近づけ唇を重ねた。
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