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第25話
真面目な裕とは全く正反対の自堕落な樹なのに、裕は樹に懐いていた。
俺のどこが好きだったんだろう?
こんな風に思い出しては不思議に思う。
今の自分は、少しでも多嶋に近づきたくて必死だ。多嶋に相応しい男になりたい。そう思っている自分に呆れる。
亡くなった多嶋の恋人はどんな人だったんだろうと気になって仕方がない。ただの興味本位ではなく、嫉妬心からくる興味だ。それを自覚しているのに、醜い自分を必死に隠している。
多嶋がまだ忘れられない亡くなった恋人のことを、根掘り葉掘り聞くなんてことはいくら樹でも無神経だと分かる。
だから聞きたいのに聞けないジレンマに更に嫉妬の炎を燃え上がらせてしまう。
多嶋は亡くなった恋人を忘れられない。まだ乗り越えるには時間がかかるに違いない。
淋しいと言った多嶋。
悪夢を見ると言っていた。今はどうなのだろう?
多嶋が夢でうなされているところを見たことはなかった。
ただ自分が熟睡しきっていて気づかないだけと言うこともあり得るが、それでも自分と一緒に居て多嶋が悪夢を見なくなったと思いたい。
樹はもう悪夢を見なくなった。
裕の傷ついた顔が夢で現れることもなくなった。
多嶋も癒されていれていますように――。
そう願いながら横に眠る男の横顔を見つめる。
穏やかな表情だ。
緊張が解けている多嶋の寝顔は普段よりも数倍若く見える。
綺麗な顔だ。
樹は多嶋の寝顔に見惚れていた。初めて見る多嶋の寝顔。
寝顔を見てみたい――その望みが叶ったのだ。
喜びで一杯になり頬が緩んでしまう。
羨望が強かった自分の思いに愛おしさが増していく。
「愛してます」
突然その言葉が脳裏によぎり、言ってみたくなった瞬間、無意識のうちに声に出していた。多嶋は身動きすらしない。どうやら、熟睡しているようだ。
樹は笑みを浮かべた。不意に恥ずかしくなったのだ。
声に出して自分の耳に届くと実感がわいてくる。
胸が熱くなり、愛しているという感情でいっぱいになっていく。
――多嶋さん、あなたを愛してる。俺を捨てないで。お願いだからそばにいさせて……。
それは声となり発することはなかった。
しかし、樹の胸にしっかりと刻み込まれた。
多嶋を知るにつれて深くなる想い。
全てを手に入れたいという願望が強くなる。まるで別人になったような気さえする。こんな風に欲を持つこと自体、以前の自分では考えられない。
これは……人を愛するという作用がなせる業なのだろうか?
ぎゅっと目を閉じる。
多嶋の匂いがした。
樹を安心させ、そして切なくさせる匂いだ。
樹を欲情させる匂いとまた違う。多嶋の匂い……。
その匂い、柔らかな体温に包まれていると、温かい日差しに包まれているようで心地よい。樹は手を伸ばし抱きつくようにして多嶋の体に密着した。
すぐに樹の意識はシャットダウンし、規則正しい静かな寝息がし始めた。
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