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第28話
多嶋がいないというだけでなんて殺風景なんだと感じる。自分の部屋はもちろんのこと馴染んだこのカフェでさえ、多嶋の姿が見えないというだけで、空虚なものに感じてしまう。どれほど待っても姿が見えるはずはないと思うと尚更だ。
「お疲れー」と、陽気なオーラを纏って入ってきたのは社長である鳴海だった。こうやってたまに店に顔を見せる。特に産地を回ってきた後は必ず、出来立てのコーヒー豆を持ってやってきて皆に味見をさせるのだ。
「ほらこれ、エスプレッソで」と、すでに挽いてあるコーヒーが入った瓶を袋から取り出し樹に渡した。
「コロンビア産ですか」
「そ、赤く熟れた豆だけ使ってシティローストしてるんだ。超高級品だぞ」と嬉しそうに言う。樹もいつの間にかワクワクしていた。
エスプレッソマシンをセットし、出来上るまで鳴海の今回の産地巡りの話を聞いた。鳴海のコーヒーへの情熱は熱く、樹の心を躍らせる。
不意に樹は鳴海は多嶋の亡き恋人のことを知っているのだろうかと頭を掠めた。気にしてしまうと、どうにもこうにも樹の思考から追い出せない。
鳴海の前にデミタスカップを置いた後も聞こうかどうか悩んでいた。
鳴海は樹の顔を凝視している。心の中を見透かされているようでどぎまぎしてしまう。墓穴を掘るとはこのことだろう。訝しむような視線を向けられ樹は居たたたまれなくなり、思っていることを聞いてしまおうと決意した。
「あの、不躾な質問ですが、鳴海社長は多嶋さんとは友人なんですよね?」
「ああそうだよ。高校の時からの腐れ縁。身内よりも近い感じかな」
鳴海のあっさりとした反応に樹は勇気が湧き、その続きを難なく口にした。
「亡くなられた恋人のこともご存じなんですか」
言ったとたん、鳴海の顔色が変わった。樹は後悔したが言ってしまったものは今更引き返せない。
「お前、どこまで知ってるの?」
今度は鳴海が樹を鋭く見つめ警戒するように問う。
「どこまでって言われても……恋人が亡くなったってことしか知りません」
鳴海は眉間に皺をよせ考え込んでいる。そして意を決したように顔を上げ樹を真っ直ぐ見つめた。
「そういえば、お前に何となく似てる。功基の亡くなった恋人」
「えっ? 似てるって、多嶋さんの恋人にですか?」
「そ、似てるって言っても顔が似てるとかそういうんじゃなくて……うーん、雰囲気かな?あ、ちょっと仕草も似てるかな」
「し、仕草ですか?」
「なんとなくな」と、笑った。
樹は複雑な心境のままそれ以上のことを聞く勇気が萎えてしまった。
聞かない方がよかった。などと勝手なことを思ってしまう。
俺、亡くなった恋人に……似てるのか?
胸に重い石がのしかかったみたいに苦しい。
俺を身代わりにするって、似てたから? 忘れられないその人に似ていたから?
俺はいつまでたってもあなたの愛した人に似ているだけの身代わり?
そんな風に考えて辛くなった。
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