樹は手の中のガラケーを見つめ何度目かのため息をついた。多嶋は出張からもう帰ってきているはずなのに、一向に電話がない。樹の方から何度か留守電に伝言を残したのに、まったく返事がないのはおかしい。 　心配で気が変になりそうだ。 　仕事が忙しくて余裕がないのだろうか？ 　などという楽観視は樹には出来なかった。とうとう飽きられてしまったのかもしれない。でもそれなら何か決定的なことを言われるに違いないと樹は思う。多嶋の性格からうやむやに自然消滅させるようなことはしないように思えた。 　どうしよう。もう一度電話してみようか。 　多嶋の番号を画面に映し出したまま樹はそれを見つめ続けた。 　指を通話ボタンの上に置いたままだ。少し力を入れれば繋がる。それをしてしまうと、何もかも終わってしまうような嫌な予感がし、動けない。刹那、手の中の携帯電話が振動した。びっくりして思わず通話ボタンを押していた。 「はい」 　恐る恐る電話に出る。誰からの電話かを確認できずに通話ボタンを押したのだ。 「樹」 　その声は多嶋ではなかった。 「鳴海だけど、今いいかな」 　樹は息もできないほどの恐怖で硬直していた。 「はい。社長」 　少しの間の後、鳴海社長は切り出した。 「この前の会話から、君は功基のことをよく知っている。そうだね？」 　樹は素直に答えた。 「はい。ぼ、ぼくは……」 「樹、今ここで説明している時間はない。功基に連絡が取れないんだ。こんなことはあいつが死んだ後でさえなかったことだ。俺はすごく怖い。正直に言ってめちゃくちゃビビってる。お前、一緒に功基の家に行ってくれないか？」 　樹は体中に戦慄が走り、鳴海に「一緒に行かせてください」と即答していた。 　樹は薄手のダウンをはおり、外へ出た。晩秋の空気はひんやりとし、樹の頬の熱を奪った。 　鳴海の指示の通り電車に乗り、多嶋が住む最寄り駅で鳴海を待った。すぐに鳴海は樹を見つけた。 　鳴海と会話を交わしたはずなのに樹はそれさえおぼろげだった。樹は呆然としていて、ただ鳴海に任せて連れていかれるままだ。 　心は多嶋のことでいっぱいで、不安に襲われまともな思考を奪われていた。自分が今何をしているのかさえ、漠然としていたのだった。