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第33話

「う、嘘……そんな―――」  それ以上の言葉が出てこない。写真を手に取った樹はそこに映る裕の笑顔にくぎ付けになった。  見覚えのある裕の笑顔。はにかんだような表情は幸せそうだ。多嶋の肩に頭をもたせ掛け、斜めに視線を向けて笑っている。セルフで撮ったのだということはすぐに分かった。  多嶋の優しそうな表情に涙が溢れた。  愛してたんだ。心から。多嶋さんは裕を……愛してた。  そのことを悟り心が張り裂けそうだ。痛くて苦しくて、涙が溢れる。 「篠原裕、死んだ俺の恋人の名前だ」  突然多嶋はそう言った。  樹はこみ上げる嗚咽を我慢できず、全身を震わせた。  多嶋の恋人は……忘れられない亡き恋人は……裕だった。  衝撃が強すぎて脳が正常に動かない。何度も同じ言葉をリプレイしているだけだ。裕が多嶋の恋人だった。と。 「そんな――――なんで?なんで裕なの?」  涙がとめどもなく頬を伝う。 「裕は、自殺したんだ」  樹は考え込んだ。裕は事故死だと聞いたのに、どうして多嶋は自殺だと言うんだ?  「裕は、事故で死んだって……カーブを曲がり切れず断崖絶壁に堕ちて、事故死だって……なんで、自殺だなんていうの?多嶋さん」  樹は多嶋に振り向き、その目を直視した。多嶋の眼は赤く腫れ、散々泣いた痕跡が残っている。痛々しくて、見ている方も辛いほどだ。その目が樹の瞳を真っ直ぐ見つめている。まるで自分よりも樹の方を憐れむように。 「裕は遺書を残した。だから自殺だと俺だけが知ってる」 「見せて」と言うと、多嶋は明らかにひるんだ。 「ダメだ。遺書は見せない」  即座に拒否される。  樹は腹の中から怒りの炎が燃え上がり焼け付くほどの痛みを感じた。 「見せろ――」  多嶋に掴みかかっていた。 「見せてよ。裕の遺書。どうして死んだのか見せて」  多嶋は気丈にも樹の肩を掴み、その怒り狂っている瞳を直視している。 「見ない方がいいから見るなと言っている。もう忘れろ。裕のことも、俺のことも」  そんな風に言われて忘れられる奴がいるものか!と樹は反抗的な視線を多嶋に向けた。 「見せて、多嶋さん。裕の遺書を俺に見せて。そうしてくれなきゃ、終わることなんてできないよ。あなたと裕の間に何があったのか知りたい。俺にその権利がないとは言わせない。俺は裕の代わりだったんでしょ? あなたはおれが裕と似てるから、だから俺を裕の代わりにしたんだ!」  裕が多嶋の恋人だったと知った今なら樹はよく理解できた。どれほど自分と裕が似ているかを。裕と樹は雰囲気や仕草がよく似ていると言われていたことを思い出す。だから鳴海が言っていたように、樹が亡くなった多嶋の恋人に似ているという発言も理解できる。多嶋が樹の中に裕と似ていることを見出しても普通だと思えた。 「裕がお前に似ていると思ったのは、お前と関係を持つ前、時々会話をした程度の時だけだ。俺にとってはお前と裕は別人だ」  その言葉が嬉しいようで、そして突き放されたような淋しさと焦燥を感じずにはいれない。 「でも俺は裕の代わりだったじゃないか」 「違う!」  多嶋が初めて感情をあらわにし、声を張り上げた。樹は息をつめ多嶋を見つめた。 「違う。樹。お前は―――裕の代わりじゃない。初めからそうじゃなかった」 「そうじゃないって、どういうことだよ。俺は裕の代わりにもなれなかったってこと?」  樹は体から力が抜けそのまま床に膝をつき、頭を項垂れ、肩を震わせ泣いた。  多嶋は樹の前に跪き、樹の両手を取り握りしめた。 「お前を抱いたときから誰かの代わりなんかじゃなかった。樹は樹だ。誰かの代わ りになれるわけじゃない」  樹は顔を上げ多嶋と視線を合わせた。涙で視界が歪む。樹は必死で多嶋に縋り付いた。どうしても、知りたい。裕が残した遺書の内容を。 「見せてよ、多嶋さん、俺、そんなに弱くないよ。裕ほど弱くない。どんな真実が隠されていようと、裕のように死を選んだりしない。だから、見せて。裕の遺書。多嶋さんと共有したい。させてよ。もしかして、裕は……俺を最後まで憎んでた……の?」  最後は涙でほとんど言葉にならなかった。多嶋が見せたくないと言い張る遺書はきっと自分にも関係があるに違いないと思えてならなかった。

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