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第34話
多嶋は樹を見ず項垂れたように下を向いたままびくともしない。しばらくそんな風にふたり床に座り込んでじっとしていた。突然多嶋が起き上がり、ベッド横のサイドテーブルの引き出しを開け、手紙を樹に差し出した。
樹はそれを呆然と見ていたが、突き動かされるように手に取り、封筒から手紙を取り出した。広げてみたその執筆は確かに良く知る裕のものだった。
うそだ―――
呆然と手紙を見つめたまま動けなかった。泣くことも叫ぶこともできない。衝撃が大きすぎてまるでこれは悪い夢を見ているのではないかと思うほどだ。
なんだよこれ?
裕と多嶋が映っている写真を見る。
幸せそうに微笑む裕を奪ったのは……俺なの?
幸せな二人を引き離したのは……俺ってことなの?
俺が何したっていうんだよ、裕。
裕を傷つけたことで俺だって苦しんだ。ものすごく苦しくて辛かった。裕を亡くして辛かったよ。
お前だけが辛いんじゃないんだ!ばかやろ―――。
樹はいつの間にか声に出し、心の中の想いを吐き出していた。
多嶋が背中から樹を抱きしめていた。首に多嶋の鼻が当たっている。身体を震わせ泣いているのを感じた。
樹は多嶋の背中に寄りかかり頭に頬を摺り寄せむせび泣いた。
「これは裕の遺品だ。形見分けでご両親に持っていこうと思って片づけたんだ。樹が持っていたいものがあったら持っていけばいい。裕も……喜ぶ。それで終わりにしよう。こんなばかばかしい茶番は終わりだ。裕の思い通りにはならない」
多嶋はそう言って箱を樹の前に置いた。
樹は箱に視線を向けたが触れはしなかった。
「俺は、多嶋さんが好きだ。好きだから身代わりでいいと思った。俺は生きてる。俺は裕じゃないけど……生きてるんだよ。俺は生きてあんたの前にいる。好きで好きでどうしようもないほどあなたが好きな、生身の俺を見てよ!」
樹は顔を苦痛に歪め多嶋を見た。多嶋は下を向いたまま樹を見てはくれない。樹は焦燥に駆られ、多嶋の胸ぐらをつかみ揺さぶった。
「俺は嫌だ!あなたを失いたくない。辛いのはみんな同じだ。裕を忘れられないなら身代わりでいい。俺、今まで通り多嶋さんのそばにいたいんだ。好きなんだ。あなたが好きなんだ!好きだから―――」
傍に居させて―――
その言葉は言えなかった。ただ、樹は何度も何度も好きだと訴えた。多嶋は樹をぎゅっと抱きしめたまま、樹の首筋を涙で濡らしている。
「俺も、好きだ。樹が好きだ。最初から裕の代わりなんかじゃなかったって言ってるだろ! ―――お前は裕と俺を許せるのか?」
樹は多嶋から体を離し、多嶋の顔を覗き込んだ。憔悴し泣きはらした瞳は赤く腫れぼったい。目の下に隈がある。こけた頬に指を滑らせた。多嶋が樹を見つめる。
「許すも許さないも、俺、被害者だと思ってないよ。俺たち裕にまんまとしてやられただけだ。そう思う。裕はあなたと俺を同時に手に入れたかったんだ」
樹はそっと多嶋に唇を重ねた。涙のしょっぱい味がする。多嶋がぎゅっと樹を抱きしめた。舌を絡ませお互いの存在を確認し合った。お互い同時に見つめあったままゆっくりと顔を離した。
「俺が裕の形見で欲しいのは、あなただけだ。多嶋功基」
樹の静かな声に多嶋の瞳からまた涙が溢れた。
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