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 すると、乱暴にチャイムを何度も押す音が部屋に響く。 「紅待ってて、俺が行くよ」  クロの首から腕を解いた紅は、政宗へ助けを求めたことを思い出す。 「いい、俺が行ってくる。友達がきてくれただけだから」 「ほんとに?紅の友達、ひどいことしない? 俺も行く!」  背後から紅へ抱き着くようにぴったりとくっついて、クロまで玄関へやってくる。その頃には、玄関扉をドンドンと叩く音と、政宗の大声が響いていた。 「紅! だいじょうぶっ……お前か、犯人は! そいつか!」  扉を開けると、空手部期待のエースである政宗が、背後のクロへ向かって身構える。だが、紅を後ろから抱きしめているので密着しすぎていて、攻撃の距離をはかりかねていた。 「ごめん、あんな連絡して! とりあえず入ってくれ」  紅が玄関を出て廊下をのぞくと、ふたつ向こうの部屋の住人が顔を出していた。すみませんと気持ちを込めて何度か会釈すると、納得いかない表情の政宗を部屋へ引っ張りこんで扉を閉める。 「実は、この人、クロで……」 「はぁっ!? 何言ってんの、空き巣だろ? そういわされてんのかよ?」  政宗はよほど心配してくれたのだろう。眉間に深くシワをきざみ、抱き着いているクロを睨みすえている。 「……クロだってこと、他には黙っててくれよ?」 「何言ってんだ、警察だろ!」  政宗はまだ信じてくれそうにない。気持ちはよくわかる。  紅は首を横に振りながら、クロへ犬への変化を求めた。 「紅の友達だね、こんなに心配してくれるならいい奴だ!」  するとクロはその場でまた、黒犬の姿を見せてくれた。 「………は? ……インプリ・ペットの新機能か…?」  弟がインプリ・ペットを飼っている政宗は、クロもそれだと考えて検証中だった。なので、今回の人型への変化も新機能と思いたいのだろう。 「わからないけど、変身できるんだって」  紅の言葉に合わせて人型へ姿を変えたクロが、腰に手をあてて得意げにしている。 「大人になると、人の姿になれるんだ!」 「いや、インプリ・ペットは大人にならねぇよ?」  話を続けるうちに、政宗は頭を抱え始めた。 「クロはそうじゃないって、前から言ってたよな?」 「わかった。こいつが空き巣じゃなくて、紅が危険な目にあってないなら、いいや」  もう帰ると言い、玄関へ向かう政宗を紅は追いかける。この男がクロだということは、まだ半信半疑だろう。 「心配させて悪かった、ありがとう」 「……てかさ、俺の知らない間にできてた恋人ってことじゃねーよな?」 「え、違うって。クロなんだよ、この人はっ」  慌てて否定して政宗を見送り、玄関の扉を閉めた。  すぐ後ろへ寄ってきていたクロの顔を見上げる。改めて見ると、なかなかのイケメンだった。  やや吊り上がった切れ長の目、眉も細くキリリとしていて男らしい。ツヤのあるきれいな黒髪は、黒犬の姿ときのようにくるんとしてゆるくウェーブがかかっている。  抱きしめられたとき、ほどよくついた筋肉を衣服越しでも感じられ、紅を気遣って力を入れすぎないようにしているのがわかった。 (よく考えたら、好みのタイプだ……)  おまけに姿は変わっても中身はクロだ。こんな恋人がいたらいいのにと、一瞬考えたことを思い出す。 「友達、俺のことわかってくれたかな?」  高校卒業前、紅は仲の良かった男友達に告白してひどい振られ方をした。なので、恋はもうしないと決め、大学生活を送っている。 「そのうち、わかってくれるんじゃないかな」  クロを振り返って笑うと、急に手を引かれたので思わず肩がびくりとした。つながれた手が次第に熱くなってくる。 「オムライス! 今度こそ食べてね」 「う、うん」  クロは黒い犬で今は人の姿だけれど、変化をしているだけだ。正体は妖怪か何かかもしれない。  だとすると自分は犬の妖怪にばかされていて、面白がられている。それとも、最後はとって食うために優しくしているのかもしれない。 (大丈夫かな……)  クロスケだと信じる気持ちとは別に、非現実的なできごとに不安がいくつも浮かんでくる。  紅はクロにひかれるままテーブルへつき、冷めてしまったオムライスを勧められて口にする。 「! おいしい」 「よかった、紅が作ってくれたのとちゃんと似てるかな?」  紅は料理上手というわけではないし、自分が作った以上においしく見た目も整っている。 (イケメンで料理上手、しかも優しい……ほっとかれないじゃん、こんなの)  耳や尻尾があることはさておき、魅力的過ぎてすぐに誰かのものになってしまいそうだ。 (それはちょっと……やだな)  褒められて嬉しそうなクロはかわいらしくて無邪気だ。男性らしさの魅力を感じつつ、子犬っぽさも残るクロは紅の心をほぐしてくれる。 (だめだって、もう失敗したくないだろ)  高校のとき振られた男友達は、紅の好意からくる甲斐甲斐しさを、いいように利用していただけだった。紅もわかってはいたけれど、尽くして好きな人から礼を言われることが気持ちよくて、つい続けてしまった。相手も同じ気持ちだと、勘違いまでしたのは愚かだった。  クロなら紅の気持ちを受け入れて、愛情で返してくれる気がする。 (クロは、俺と同じ大学でもバイト先でもないし……)  けれど、人間ではきっとないのだ。  心を癒してくれる存在として、犬のクロを気に入っていたはずだ。なのに、人の姿になったら急に恋愛対象にし出すなんて、自分は現金でいやなやつだ。  悶々とする紅をよそに、クロは、オムライスを作るときの苦労話や、紅が帰ってくるまでに考えていたことを話している。 (まさか、クロに……人の姿で迫られたり)  犬の姿で発情したクロに、驚いて逃げてしまった。なのに、男っぽい好みの姿に変化したクロならと想像すると、自分は拒否しない気がする。 「どうしたの?おいしくなかった?」  オムライスを食べる手を止めて考え込んでしまい、クロに心配そうにのぞかれた。人間に変身したクロへ、迂闊に芽生えそうな恋心をどう扱っていいか困ってしまう。 「ううん、ちょっと考えてただけ。おいしいよ」  ぎこちなく笑って、紅は残りのオムライスを慌てて食べた。

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