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地獄の魔女ロリサは三頭の猟犬ヘル・ハウンドの兄弟を従えていた。
三兄弟の末っ子であるサードは、地下牢の一室の柵前で丸くなり中をのぞく。
そこには牢の半分近くを占める巨大な水槽があり、海水がためられていた。透き通る肌で長く白い髪を持つ人間が、水槽いっぱいに髪を広げ海水の中をたゆたっている。
腰あたりから数十本細長い触手がのびた、ベニクラゲの王だ。地下牢へ閉じ込められ、加工される日を待っていた。
「私が死ねば、一族の子供たちは路頭に迷う。頼むから出してくれ」
命乞いはここへきたときから続いている。
何度も切なげにサードへ言ってくるけれど、ただ見ているだけの監視役ではどうしようもない。ずっと無視を続けていた。
「まだ生まれたばかりの子たちがいるのだ。守らなくては、種が途絶えてしまう」
子供まで死なせることはない。けれどそんな理由で、勝手に逃がすわけにはいかない。
主であるロリサが美しさを高め魔力を増強するために必要な、化粧品の材料になってもらわなくては困る。
「俺は見張ってるだけだから、できないよ。ごめんな」
「必ず願いを叶えてやる。何でもいい。頼む、逃がしてくれ」
何でも叶えるという言葉に、サードは組んだ前足にのせていた頭をあげる。
「何でも?」
「ああ、もちろん。私は王だ、それなりの力がある」
「力があるのなら自分のために使って逃げればいいでしょ?」
「私のためには使えないのだ」
サードには、どうしても叶えて欲しい願いがあった。
ベニクラゲの王のいうことが本当なら、願いを叶えてもらって、兄たちと一緒にロリサの命令を受けられるようになるかもしれない。
「海に出たら、必ず叶える」
「本当に……?」
「約束する。命をかけて」
サードは期待を込めて、ゆっくりと立ち上がり、牢の鍵を開けた。
「絶対だからね」
地獄の魔女の城は海上の孤島にある。地下牢廊下の壁が面する城の裏側は、断崖絶壁だ。真下には深い海が広がっている。
外へつながる廊下の扉は、断崖絶壁の中腹に続いている。ただし階段やはしごはなく、そのまま海へ飛び込む形になってしまう。
遺骸を海へ処理するためにあるもので、誰かが下りるための造りにはなっていない。
「君の願いは」
「兄たちよりもずっと、強くて熱い炎を吐けるようになりたい」
うなずいたベニクラゲの王は、サードが開けた廊下の扉からするりと抜けた。
真下の海へ音もなく落ち、あっという間に消えていった。
サードは力さえあれば、化粧品の原料にするためだけに殺されるあわれな生き物たちを助けたかった。
これまでこの地下牢へ閉じ込められた原料の生き物は、ほんの少し必要な成分をとるだけで、全て海へ捨てられるのを見ていた。
より強い炎を手に入れられたら、ロリサは無理でも兄ふたりには対抗できる気がする。
(悪い奴を捕まえて処刑する、それが俺たちの本当の役目だったはずだもんな)
いつからか、地獄の魔女は美しさが力の源ということだけを重視しはじめた。そのせいで、サードたちには原料の捕獲ばかりを命令されていた。
願いを叶えてもらうという、ベニクラゲの王のひと押しによりようやく勇気が出たのは情けない。それでも誰かを救えたことは大きな満足だった。
「サードッッッ!!」
廊下の扉を閉めていると、上階とつながる階段から兄たちがものすごい剣幕で駆け込んできた。
もう、ベニクラゲの王を逃がしたことがばれてしまったらしい。だが問題ない、自分にはベニクラゲの王のとの約束で授かった、強い炎がある。
「めちゃくちゃ大変だったんだぞ、海ん中であいつ捕まえるの!」
「くっそ、許さねぇ!」
牙をむき出しにした次兄のセカンドがとびかかってくる。
炎で対抗しようと口を喉の奥まで大きく開くけれど、出たのはただの息だった。
(うそだ! 何で、あいつ、俺を騙した!?)
先ほど開けた廊下の扉を慌てて開こうとするけれど、その前に次男がのしかかり、首へ牙を突き立てられた。鋭い痛みが走り、体を壁へ打ち付けられる。
「グァァァァァ」
ごぼ、と口から血が溢れ、さらに牙は喉へ深く刺さる。
間近に見る険しい表情に震えてしまい、自分はこれから殺されるのだとはっきりわかってしまう。
「お前、どうせできそこないなんだから、このまま死ねよ」
後ろで静観する長兄のファーストが、笑いながら言う。サードは苦しすぎて息すらできなくなっていた。
必死にもがいて足をばたつかせるが、空を切るのみで次兄はびくともしない。
「このまま海に落とそうぜ」
首に食いつく次男の少し後ろで、長男が口元へ真っ赤な炎をたたえている。離れていても灼熱だとわかる。触れれば焼け焦げるどころではすまない。
「その前によーく焼いといてやる」
次男が牙を首から離し、長男と入れ替わったタイミングで、残りの力を振り絞り、サードは外へ続く扉へ体当たりをした。
先ほどベニクラゲの王がたどったのと同じ海へどぼんと落ちる。
(痛い、痛い……首、血が……ダメだ、くそう……)
助けてやったにも関わらず、ベニクラゲの王は約束を果たさなかった。強く赤い炎があれば、セカンドに首を咬まれることも、ファーストに炎で焼かれそうになることもなかったのに。
(あいつの子供たちはちゃんと助かったかな……)
地獄の猟犬にふさわしくない心持ちだと、幼い頃から言われていた。
最後の最後で、誰かを助けることができた。初めて気持ちがすっきりした。騙されたのだとしても、もういい。
思うように足が動かない。もともと水中には慣れていない上に、出血がひどく、意識が遠のいてくる。
「遅くなった、悪い」
頭の中で声がしたとたん、全身に電気が走るような痺れが起き、サードは完全に意識を手放した。
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