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サードが目を覚ますと、柔らかくあたたかな布団の上に寝転んでいた。横になったまま辺りを見回すと、見慣れない部屋の景色が広がっている。
(そういえば、首咬まれて海に逃げて、ビリビリして……)
首をあげるけれど強い痛みはなく、軽い痛みが走る。誰かが手当てをしてくれたようだ。
死にそうなほどの傷だと思ったが、セカンドに咬まれたのは夢だったのだろうか。
「起きた! よかった~」
体を起こすと、すぐ隣のソファから声がした。
学生服を着た男子高校生が、目を細めて笑いかけてくる。
ロリサは力を高める目的もあって美しさに磨きをかけており、恐ろしいほどにきれいだった。けれど、この少年は魔女の悪魔的な美しさと真逆の、透き通った美しさを備えていた。
見とれていると、背中と頭を優しく撫でられ、次第に気分がよくなってくる。
このままずっと、撫でていて欲しい。
安らぐという感覚は、このとき初めて知った。
「首の傷、早く治るといいな。お前、すぐそこの橋の下で倒れてたんだぞ。覚えてるか?」
海に落ちたところまでは覚えているけれど、あとは記憶がない。死んだものと思っていたが、助かったようだ。
ここは人間が暮らす家らしく、実際に見るのは初めてだ。少年以外、この家にはだれもいない。
ソファへ腰かけながら、彼はこちらを心配そうに眺めてくる。
「名前、何がいいかな」
スマホを片手に何やら調べている。首をのばして画面をのぞこうとすると、首元がずきりと痛む。やはり、首を咬まれたのは夢ではなかったらしい。
「あ、俺はね雪月紅。友達にはコウって呼ばれてるんだ」
笑いながら、やたら楽しそうに名前を考え続けている。
自分にはサードという名前があるけれど、通じる言葉を話せない。紅には伝えられなかった。
「うーん、難しいなぁ。名前考えるのって……」
幸せそうにスマホをスワイプする紅を見ていると、付け直してもらった名前でイチからやり直したくなってくる。
自分のことを想って、こんなに幸せに考えてくれるならその名前の方が嬉しい。
「多分お前男の子だよな? ……じゃあ、クロ。見た目まんまだけど、かっこいいと思うんだよな」
紅は明るい髪色のせいか肌はより白く、頬も唇も濃い赤が美しく紅をさしたように輝いて見える。繊細で簡単に傷ついてしまいそうで、サードは強い力もないくせに守りたいと思ってしまう。
「気にいった? よかった、今日からお前はクロな!」
尻尾を振ると了承の意が伝わったらしく、紅も喜んでくれた。
紅にもらったクロという名で、これから新たな生涯を歩む。どうやって人間の住む場所までへ流れ着いたかはわからないけれど、きっとやり直す機会を与えられたのだ。
(強くて赤い炎を吐けたら、紅を守れる)
暖かな部屋に穏やかな雰囲気の紅。ここはきっと殺伐とした力はいらない世界だ。
そうは思うものの、力がなくてはいざというとき、自分も大切な存在を守れない。それは十分知っている。
なので、心の底で強い力を得ることを諦めきれないでいる。
すると紅は布団のすぐそばへ座り、また頭を撫でてくれた。
「っていっても、飼い主が見つかるまでだけど。今、母さんと探してるんだ。早く帰れるといいな」
しかし、母親らしき姿は見えない。外出でもしているのか。
飼い主である地獄の魔女を探したところで、見つかるはずはない。それにサードは死んだとして、処理されているだろう。地獄の猟犬サードはもういないのだ。
思いながら、紅のぬくもりをもっと味わいたくて、手のひらへ頭を押し付ける。
なめらかで優しい紅の手のひらは、触り心地がいい。心まで穏やかにしてくれるので、全身を撫でてもらいたくなる。
「……ずっといてくれてもいいんだからな」
さっきまでの優しい笑顔が不意にかげった。
(どうしたんだろう。悲しそう…?)
疑問に思っていると、胴へ両腕が回され紅がそっと抱き着いてくる。
「クロなら俺のこと、わかってくれるかな」
これほど優しく美しい人を悲しませることとは何だろう。
わかりたいけれどわからなくて、サードはとりあえず紅の髪へ鼻先をこすりつけた。紅に少し笑顔が戻る。けれどその瞳は潤んでいるように見えた。
(紅を悲しませるやつなんて、俺が咬みついてやる)
強くもないくせに、力で紅を守ることをまた考えて悔しくなった。
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