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 成犬になったヘル・ハウンドは、赤い炎を吐くだけでなく人間の姿へ化ける術も身につける。  ロリサの命令で化粧品の材料にする生き物を狩り、本来なら人間の世界で夜中に徘徊する悪を滅する役割を負うはずだった。  しかしサードは、人間化の力も現れなかった。  そのため、留守番をするだけのただの黒い犬として、立派な成犬として役目を果たす兄たちから、ぞんざいな扱いを受けていた。  紅に拾われて二日目、真夜中にサードは目を覚ます。  嫌な予感がする。  リビングに置かれた、犬用のベッドで首をあげる。  カーテンの引かれた大きな窓の向こうに人影があった。見覚えのある、できれば二度と会いたくなかったふたりだ。 「いるんだろ、サード」  コツコツと窓を叩いている。地響きのような低い声にぞわりと悪寒が走った。人の姿に変化した、兄のファーストとセカンドだ。 「出てこいよ、そしたらここ、壊さないでおいてやるから」  そろりとベッドから出て、窓と反対の玄関側から逃げようとしていると、ガシャンとガラスの割れる大きな音がした。 「サードがおっせぇから、壊しちゃったじゃねぇか」 「殺せてなかったんだなぁ、お前、意外と丈夫なんだなぁ」  音と声のせいで二階で物音がし始めた。こんなところを見られては、ただの黒い犬ではないことが紅にばれてしまう。 (紅を守るどころか、迷惑をかけることになる)  カーテンを引っ張ってレールごと落とすと、、兄たちが土足でリビングへあがってくる。凶悪な彼らが紅たち家族を無事に見逃すとは思えない。 「お前のせいで俺ら、ロリサ様からひどい目にあったんだぜ。わかってるよなぁ」  ジャリ、とガラスを踏み、へらへらと笑いながら歩いてくる。完全にサードを見下し、舐めている。  とん、とん、と階段をゆっくりおりてくる音がする。足音からしてきっと紅だ。  首の傷がずきんと痛む。足は震えるけれど、紅を巻き込みたくはない。せめて自分が外へ出て、兄たちをこの場から離れさせた方がいい。 「クロ、大丈夫?音がしたけど」  リビングへ紅が顔を出すと同時に、人の姿をしたセカンドへ体当たりし窓の外へ飛びだし、路地を全速力で駆け始める。 「待て、さぁどぉぉぉぉ!!」  怒鳴り声が重なって聞こえる。どちらもサードを追いかけてきている。よかった、できる限り紅の家から離れよう。  兄たちは人の姿をやめ、本来のヘル・ハウンドの姿へ戻り追いかけてくる。民家が立ち並ぶ細い路地を走り続け、大通りを渡ると橋のかかった川へ出た。 (紅の言ってたとこって、ここか?)  紅の言葉を思い出し、この河原が出会いの場所らしいと理解する。  橋の下は堤防に設置された街路灯の光があたらず、暗い。  追ってきているはずの兄たちの気配がなくなった。サードは不気味に思って堤防の方へおそるおそる戻ろうとする。 「ギャッッ!!」  突然背中に激しい痛みが走る。気づくと全身は真っ赤な炎で覆われ、黒い毛はすっかり焼け焦げている。  ファーストの赤い業火を吹きかけられてしまった。 「しっかり焼いときゃ、今度こそ死ぬだろ」 「咬んでだめだったからなぁ、これならなぁ」  さらに炎を浴びせられ、全身の筋肉が熱で引きつれ骨がきしみ、耐え切れず皮膚を貫く。 「ウガァァァァァ」  叫び声をあげても痛みは増すばかりで意識がとびそうだ。 「お前が燃え尽きるまで炎は消えないからな」  河原の草むらでのたうつサードを眺め、満足したのか兄たちはそのまま姿を消してしまった。まさか紅のもとへ行ったのだろうか。危険な目に遭っていたらどうしよう。  体を焼き尽くされる痛みに、考えもまとまらなくなってくる。  二度も兄たちに命を奪われたのは自分が弱いせいだ。恨むなら自分自身だ。  すると燃え続ける体ごと、目に見えない何かに絡みつかれ、川の中へ引きずり込まれる。焼き尽くすと言っていた兄たちが、わざわざ火の消える水中へ落とすはずもない。 『君は、与えた力を使わないのか』  脳に直接伝わってきたのは、首を咬まれて海に落ちたあととそっくりな声。 『約束の力はもう与えている。しかし、これでは命がもたない』  水中でもまだ燃え残る炎を構わず、細長い管のようなものを全身に巻き付けられた。川の流れに逆らい、川下へ一気に引っ張られていく。  約束、ということはベニクラゲの王が来てくれたのだろうか。  首を咬まれたときに反撃しようとしても火を吐けなかったため、もう出ないものと諦めていて試さなかったことを後悔する。今から喉へ力を入れようにも、もう体はぼろぼろで痛みも感じないほどまで来ていた。 (きっともうすぐ死ぬ……今度こそだめだ)  成犬になる前にも、兄たちとは違う性格を持っていたので、サードはロリサからも邪魔扱いを受けていた。生まれて初めて優しくしてくれたのは、紅だった。 (最期にいい思いさせてもらえて、嬉しかった)  すると、ゼリー状の何かに全身を覆われ、じわじわと穏やかな気持ちになってくる。  死は心地よくやってくるものなのだろう。  するとまた、ベニクラゲの王の声が、頭の中へ響いた。 『生まれ直して、目的を果たすといい』  感覚のなくなっていた全身に、ぴりぴりと小さな痺れが湧きあがってくる。首を咬まれて海に落ちたとき体験した、電気にあたったような痺れと似ている。 (水の中なのに、息ができてる。もう死んでるから?)  考えていると、次第に体の感覚がなくなっていった。  お前たちも手を貸せ、と誰かに言っている。その後また、小さな痺れがいくつも走った。ちらと見た手は、全身を覆っているゼリー状の何かに溶けて消えている。 『ベニクラゲの不老不死は、生まれ直すことで行っているの。その成分を取り込めば私はずっと美しいままよ』  ロリサが言っていたことをぼんやり思い出す。  透明なゼリー状の何かの向こうに、無数のクラゲの姿が見えた。これだけの数から成分を分け与えるられたなら、本当に生まれ直すことができるのかもしれない。 (もし本当にもう一度生まれることができたなら、紅のそばにずっとれますように。どうして悲しんでたか聞いて、元気にしたい)  サードは強く思い、ベニクラゲの王の姿を願うように見たあと、まぶたを閉じた。

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