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 紅と初めてキスをしてから、クロはいっそう力のみなぎる気がしていた。  大切な人が自分を好きと言ってくれて、恋人同士のように触れることも許してくれる。 (俺って紅の特別なんだ)  そう思うと力が湧いてくるし、地獄の魔女や兄たちの気配をいち早く察知しようと、感覚が研ぎ澄まされていた。  学校帰り、紅が政宗と一緒にショッピングセンターに買い物へ行くと聞き、クロもついていく。  学食での一件のあと、政宗は何度も誤ってそのあと紅を一緒に守ろうとこっそり言ってくれた。政宗は紅の大切な友人なので、心強いと思う。  四階建ての大型商業施設で、専門店側の施設の中心は吹き抜けになっていた。 「わぁ、高い! すごいね!」  目的のスポーツショップが四階にあり、エスカレーターでのぼっていく。吹き抜けなので、エスカレーターから一階フロアの中心にある広場で開かれた、マルシェの様子が見える。  初めての景色にクロは興奮した。 「乗り出したらダメだって。引っ込めよ」  エスカレーターからつい身を乗り出してしまい、政宗に上着を引っ張って戻された。 「わかった、ごめん」  三階へ上がるエスカレーターは、買い物客が多く乗っている。今日からセールというものらしい。 「落ちたら危ないし、挟まれるから気を付けて」  紅にも注意されてしまい、おとなしくエスカレーターで立っていようとうなずく。  今度はエスカレーターのすぐ隣を上下していく、大きな吊り広告が目に入った。 (……何で、ロリサの匂いが?)  吊り広告側に立つ紅を自分の後ろへ隠そうとすると、吊り広告の太いワイヤーが切れてエスカレーターの方へ先端が飛んでくる。  紅を狙って飛んできたと思ったけれど、矛先は一段上にいた政宗に向いていた。  持ち前の反射神経でどうにか回避すると、ワイヤーはそれ以上追ってはこず、真下へ落下していった。 「わぁぁぁ!」  エスカレーターで移動する客たちから悲鳴があがった。 「政宗!」 「大丈夫だ、紅は!?」  自分の身が危なかったにもかかわらず、政宗は紅を心配してくれる。やっぱりいい奴だ。 「大丈夫だよ! 早くあがろう」  上下する吊り広告は、左右に渡って一本のワイヤーにつながっていた。切れたもう一方はどこへ行ったのだろう。  上の階や下の階へ走って逃げようとするの振動で、エスカレーターは急停止した。三階へ向かって紅と政宗と逃げると、一階を見下ろせる吹抜の周りに人だかりができていた。 「下、大丈夫か?」  紅が言いながら、吹抜をのぞこうとすると、またロリサの匂いがただよってくる。 「紅、だめ!」  ワイヤーのもう一端が、吹抜に面したアクリルプレートを突き破り、紅の顔を狙って来る。  紅の腰に飛びついて後ろへ逃がしたけれど、下へ引っ込んだワイヤーは再び飛び上がってきて紅を狙う。 (捕まえないとだめだな) 「政宗、紅のこと頼むね!」  政宗がうなずくのを見ると同時に、クロは黒い大型犬の姿に変わる。  同時に紅を狙って先端が飛んできて、驚いた客たちから悲鳴があがっているけれど気にしてはいられない。  飛んできたワイヤーの先をわずかにかわして真横からがぶりとくらいつき、のどの奥から深く息を吐いた。 「ギィィィ」  赤い炎がワイヤーを伝っていく。すると燃えるワイヤーから声がして、食らいついたままのクロごと、一階へ落下した。 「クロ!!」  紅の叫ぶ声がした。政宗がいるからきっと大丈夫だ。 (火を吐けた! やった!)  かじりついたまま炎をもう一度吐きかけようをするが、もうできなかった。 (なんで、さっきはできたのに!)  悔しがっている間に、一階の床が目前に迫る。焦げて動かなくなったワイヤーと一緒に、床へ叩きつけられた。 「い、犬!?」  野次馬の向こうから警備員が走ってくる。とっさに人込みへ突っ込んで逃げ、立体駐車場の非常階段の陰に入り込み丸くなる。 (落ち着け、人の形にならないと)  初めて炎を出せた興奮と、ロリサが紅以外へ攻撃を向けてことの恐ろしさで落ち着かない。そのせいでなかなか人の姿へなれなかった。 「クロ!」  深呼吸を続けていると、紅の声がした。顔を出したいけれど、まだ犬のままで、あたりには車や客の足音がする。 「クロ! 大丈夫か?」 「わん」  控えめに吠えてしまると、こちらへ駆けよってくる足音がした。 「いた! 大丈夫か、ケガしただろ?あんな高いとこから落ちて…」  犬の姿で丸くなっていると、犬のままの体を隠すように紅が抱きしめてくれる。 「血は出てなさそうだけど、どこか痛くないか?人の姿になれそう?」  落下で打ち付けた背中と腰が痛い。けれど、紅が無事ならどうでもよかった。  紅はあたりを見回して、客がこちらへ来ないか確認してくれている。首へ腕を回し、頬ずりをしてくれた。 「わぅ……」 「ごめんな、俺も守ってもらわなくていいように強くなるとか言ったのに、また助けてもらったな」  紅に顔を両手で挟まれた。 「ありがとう」  鼻先をこすりつけ、そのあと優しくキスをしてくれた。すると、ズキズキと痛み続ける背中に変化が起きる。 (痛みが……軽くなってきた?) 「大丈夫、俺が周り見てるから、急がなくていいからな」  優しく頭を撫でられて、心身が落ち着いてくると、自然と人の姿へ変化していた。おまけに背筋を伸ばしても、打ち付けたときの痛みがかなり軽い。 「紅、もっかい、キスしていい?」 「え、い、いいけど……」  座る紅の前に両手をついて、唇を重ねる。重ねた部分からじわりとあたたかなものが体の中へ入ってくる。血液が巡るように、背中へあたたかさが集まっていくと、次第に痛みが消えた。 「……紅が治してくれたの?」  不思議に思って紅を見つめていると、さらに紅の頬が赤く染まる。 「紅ー! いたかー!」  政宗の声がして、考えは中断された。 「あっ、ま、政宗!」  急に立ち上がり、非常階段の扉を開けて、紅は政宗へ手を振っている。クロは背中と腰へ手を当てて、もう一度確認した。  紅は普通の人間のはずだ。 「行こ」  紅が振り返って手招きしている。クロはうなずいてついていった。

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