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第35話

すると和音が徐に尋ねてきた。 「そういえば、お前の実家はどうなった?大丈夫か?」 羽振りの良かった実家の米問屋の経営が傾いてしまったことは、和音にも話している。 香煌楼を出て、それからどうなったのか気にかけてくれているのだろう。 「僕が香煌楼を出てから、経営の立て直しを図っているみたいだよ」 新天地にやって来る前に出した文の返事が、つい先日飛鳥の郷里から届いたのだ。 「そうか……お前は手伝わなくていいのか?」 「何か、力になってくれる人もいるみたいだし、僕の人生を生きて良いって言ってくれてる」 そう告げると、和音は「そうか」と穏やかに返してきた。 「それで、和音さんのご両親は?」 「うちは……まだ頼りも何もない。ただ噂では、何とかやってるようだ」 「ご実家に戻らなくて、本当に良かったの?」 飛鳥が問うと、和音は頷いて「あぁ。お前がいればそれで良い。もう大人だしな、自分の道を行きたい」と言って笑った。 「僕も、それは同じだよ」 飛鳥が答えると、二人の視線が絡んだ。 不本意ながら香煌楼に売られてしまい絶望していたが、図らずも和音と出会うことができた。 彼と恋仲になり、その関係を保つことができるのか不安もあったが、こうして幸運にも共にあの場から出ることができた。 もしも目の前にいる男が運命ならば、これから先も共に歩んでいくことができるのではないだろうか。 飛鳥はそう願わずにはいられなかった。 「そういえば僕、和音さんの本名を知らない。これからは、一緒に生きていくんだし、教えてくれる?」 飛鳥の問いに、和音は少し思案してから口を開いた。 「そうだな。俺の名前は時定だ。お前は?」 「僕の本名は、士郎」 「士郎か……良い名だな」 そう言って、和音は微笑んだ。 「和音さんも、素敵な名前だよ」 「それで?これからは、本名で呼ぶことにするか?」 「そうだなぁ……。出会った時の呼び名だし、僕はこれからも和音さんて呼んで良い?公には時定さんて呼ぶから」 それを聞いた和音は、しばし考えた後に頷く。 「分かったよ。それなら、俺もそうする」 環境は変われども、二人は決して変わらない。 互いの源氏名は、あの過酷な日々の中にあっても、互いの口から聞けば特別なものになったのだ。 辛いことも多かったが、それでも互いに寄り添うことができたのは、何よりの幸せである。

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