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第39話
和音が父親によって連れていかれてから一月が経った。
あの日の飛鳥は茫然自失状態となり、何も手につかなかった。
幸いその日はさほど客入りもなかったし、助かっただろうか。
とは言え、気落ちしたままでいるわけにはいかず、いなくなってしまった和音の分まで仕事をするしかない。
しかし飛鳥一人では大変なこともあり、なかなかに苦戦を強いられる。
和音が去ったことを嘆いている間もなく、日々のことに追われていた。
しかしこの状況にも慣れてくると、一人の時間にふと和音を思い出すようになる。
『彼は、今どうしているのだろう』
和音の顔を思い出すと、自然と飛鳥の目から涙が零れ落ちた。
もしかしたら、永遠に和音は戻ってこないかもしれない。
もしこのまま和音が戻ってこなければどうすればいいのか……。
飛鳥としては、和音がいない暮らしの中で生きていけるとは思えない。
店を閉めて和音と暮らしていた住まいに戻ると、飛鳥はさめざめと涙する。
和音からの便りもなく、残された店を守ることに奮闘する飛鳥。
金銭的にも余裕がないし、他に従業員を雇うこともできないでいる。
しかし一人で切り盛りするにも限界があり、終には経営が行き詰ってしまった。
和音がいてくれたらどんなに心強いことだろう。
きっと彼がいたら、こうはならなかったかもしれない。
自分への不甲斐なさに、飛鳥はすっかり塞ぎこんでしまう。
そんなある日の夜、飛鳥は食堂でうどんを啜っていた。
今朝から何も食べていなかったが、さすがに腹が減って寝られそうになかったから。
和音が恋しくて堪らないのはずっと変わらないが、これから先どうすればいいのかを考える飛鳥。
一人で食事をしていると、突然に客らしき男から声をかけられた。
「兄さん、一人かい?」
声をかけてきた男は初老程度の年齢に見え、町人の恰好をしている。
一人でこうしている時に声をかけられることはあまりないので、飛鳥は驚き目を見開いた。
「いきなり声をかけて申し訳ない。怪しいもんじゃないよ」
その男は慌てて笑みを見せた。
「ここに座っても良いかな?」
飛鳥が怪訝ながらも頷くと、男は自分の料理を卓子に置き飛鳥の前の席に座る。
『何なんだ、この人は』
そう思う飛鳥だったが、男はそのまま話し続けた。
「いや、君が思い悩んでいるようだったから、ちょいと気になってね」
「そうですか……」
飛鳥が素っ気なく返事をしたのもお構いなしに、なおも男はこう続ける。
「私は佐吉という者で、この近くで八百屋をやっているんだよ。佐紀屋って知ってるかい?」
その名を聞いて、飛鳥は驚きを隠せなかった。
佐紀屋と言えば、この辺りでは有名な大店(おおだな)と称される店舗だからだ。
確か、その店主の名は佐吉だと聞いたことがある。
目の前の男が、その大店を取り仕切る大人物だというのか。
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