8 / 21

嫉妬①

 数日後の放課後。いつものように小鳥遊くんとふたりで作業をしていたら、教室に天野がやって来た。  普段は小鳥遊くんがいる時にはあまり声をかけて来ないのに、珍しい。  そんな風に思っていたら、天野は小鳥遊くんに思わぬ提案をした。 「しぃちゃん。今度パズバトの映画の、4DX上映があるの知ってる?」  その言葉に反応し、小鳥遊くんが顔を上げる。そしてその瞳は俺が予想した通り、キラキラと光り輝いている。  俺はSNSを全くしていなかったため、仕入れられなかった情報。そしてそれは、小鳥遊くんも同じだったようだ。  映画自体は三ヶ月ほど前に公開されていたが、小鳥遊くんは公開初日にもう観てきたらしい。  来場者特典として手に入れた、めじるしアクセサリーを得意げに見せてくれたから、よく覚えている。    ちなみにしぃちゃんというのは、小鳥遊くんの愛称だ。親戚同士ということもあり、同じ名字を持つ人間が複数いるため、この呼び方に落ち着いたらしい。  そして今はかなり親しくなったとはいえ、俺はそれをひそかに妬ましく思っている。   「知らない! いつ? いつから、公開されるの!?」  勢いよく立ち上がり、天野に詰め寄る小鳥遊くん。その距離感は明らかにおかしいが、天野はそれにも慣れているらしい。 「えーっと……。期間は確か、今週末限定だったはず。今見たらまだ席は取れるみたいだけど、どうす……」  最後まで、天野が言い切るより早く。小鳥遊くんは、いつになく食い気味に答えた。 「行く!!」  俺を置き去りにして進む、ふたりの会話。彼らは生まれたのも一ヶ月違いで、その時からの仲だというから、この距離感も当たり前のことなのかもしれない。  頭ではそう分かっていても、それが俺はなんとなく気に食わない。  とはいえそんな感情を表に出すほど、俺はガキではない。ふたりのやり取りを聞いていないようなふりをして、黙々と看板の色塗りを続けた。  小鳥遊くんは、基本的には空気の読める子だ。だけど興奮していたり、大好きなことに夢中になると、その限りではない。  今回はまさに、そのパターンだった。  そんな中、天野は特に考える様子もなく、ニッと笑って聞いてくれた。 「凛音、お前も一緒に行かね?」  いつも校内では一緒にいても、休みの日にまで天野と一緒に出かけたことはほとんどない。  そしてこれまで放課後に遊びに出かけた時も、どちらもあまり自発的に誘うタイプではないから、別の誰かの発案によるものだった。  あとテスト前、半ば強引に決められた勉強会を俺の自宅で開いた際、そういえばこの男も参加していたかもしれない。  それくらいの、薄い付き合い。だからこの提案には、本当に驚いた。 「どうする? 行かないなら、しぃちゃんとふたりで行くけど」  びっくりし過ぎたせいで、返事がワンテンポ遅れてしまった。そのせいでなかったことにされそうになったから、慌てて答えた。 「……行く。俺も行く!」  ククッとおかしそうに笑う、天野。 「オッケー。んじゃとりま、三席で予約するわ。詳しいことは、後で決めようや」 「分かった、よろしく。金は、後で払うわ」 「僕も後で払うね。フフッ、すっごい楽しみ!」  すると天野はちょっと意地悪く口角を上げて、小鳥遊くんに言った。 「しぃちゃん。……楽しみにするのはいいけど、張り切り過ぎてまた熱出さないようにな?」 「わ、分かってるよ! それにそれ、いったいいつの話!?」  プリプリと怒りながら、天野を軽く睨みつける小鳥遊くん。……そんな表情、俺は知らない。 「あはは! んじゃ、そういうことで。また夜に!」  それだけ言うと天野は、サッサと教室を出て行ってしまった。  でもその後の小鳥遊くんは、完全に心ここにあらずという感じだった。  というのも彼の脳内は、完全にパズバトの映画に占拠されてしまったからだ。 『パズバトの、4DXかぁ……。通常版はもう観たけど、すっごい楽しみ! 前は買えなかったグッズも、手に入れられたらいいなぁ』  小鳥遊くんの楽しそうな心の声が、俺の頭の中に響く。  それだけで、俺までなんだか幸せな気持ちになれた。    そして心の声だけでなく、そんなのを聞かなくても分かるくらい、ワクワクした表情。  それを見て、本当に楽しみにしているんだなというのが伝わってきた。  さっきはつい天野のことを妬ましく思ってしまったが、こうして一緒に出かける機会を与えてくれたのだ。  彼には逆に、感謝してもいいかもしれない。  ……などとこの時の俺は、純粋に思っていたのだけれど。  映画当日、俺はさらなる試練に立ち向かうこととなる。 ***  あっという間に時間は流れ、気付けばパズバトの公開日を迎えていた。  天野が予約してくれていたのは二時過ぎの回だったから、ちょっと早めに集まり、昼メシを食べてから観に行くことになった。  待ち合わせ時刻の少し前に待ち合わせ場所に着くと、そこにはすでに私服の小鳥遊くんが。  オーバーサイズ気味のシンプルなパーカーに、チノパンといういたって普通のスタイル。  でもそれは、なんだかとても彼らしいなと感じた。  そしてこれまで制服姿しか見たことがなかったが、実に新鮮だった。 「お待たせ、小鳥遊くん。結構待った?」  俺の声に反応し、顔を上げる小鳥遊くん。それから彼はニコッと愛らしく笑い、答えた。 「ううん、僕も今来たところ! とはいえ勝利は遅刻魔だから、もう少し時間がかかるかもしれないけど……」  申し訳なさそうに言われたが、それは小鳥遊くんのせいじゃない。  それを謝られるのはなんとなく嫌だったから、先手を打つことにした。 「ああ、そうだな。アイツ、いっつも遅刻するよな。まぁでもそれって、小鳥遊くんのせいじゃないから」  そんなやり取りをしていたら、慌てた様子で天野が駆けてきた。 「お待たせー! ……ギリセーフ?」  スマホで、現在時刻を確認する。 「13時59分。天野にしては、優秀じゃね?」  ちょっぴりの嫌味を込めて、言ってやった。でもその嫌味には気が付かなかったのか、天野は得意げに笑った。 「良かった、だよな? セ————フ!」  確かに今回はセーフだったが、毎回遅れてくるのだから、少しくらいは反省しろ!  とはいえコイツが時間通りにきてくれたおかげで、少しだけ小鳥遊くんとふたりきりで話す時間を持てた。  だから今日に限っては、ラッキーだったとも言えるかもしれないが。 「たしかに今回はセーフだけど、どうせまたギリギリに家を出たんでしょ? 勝利はほんと、時間にルーズなんだから……」  呆れたように、クスクスと笑う小鳥遊くん。  こうして三人で過ごす一日が始まった。

ともだちにシェアしよう!