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第2話

 糞でも食らったようなしみったれた俺の顔とは対照的に、空は突き抜けるような青だった。  ヴェルデの大地に立つたびに、死んでいったクローン兵たちのことを思い出す。  今、俺たちがこうして宇宙服もなしにこの星を歩けるのは、先に送り込まれた連中が、命と引き換えにこの星の環境を調べ上げてきたからだ。  俺たちが立っているこの大地も、吸い込む空気も、最初から人類に優しかったわけじゃない。  この大地には、俺たちより先に死んでいった何百、何千というクローン兵の痕跡が刻まれている。  ――そして今、俺たちはその星を「融和」の名のもとに奪おうとしている。  頭上に照りつけるこの星の太陽――現地の住民は“心臓”を意味する『カルデ』と呼んでいるらしい――その眩しい光に照らされて聳え立つのは、記録映像でしか見たことのない西洋の古城とは程遠い外貌(がいぼう)の城だった。 ​​「……まるで要塞だな」  五人乗りのソーラー式ホバー装甲車の上で、煙草を燻らせながら俺は言った。  カルデの光を効率よく受けるため、そして遭遇戦で即座に火力を叩き込むために屋根を削ぎ落とした、オープンタイプの無骨な装甲車だ。  吐き出した煙が風に攫われていく。  今回の外交使節は、交渉担当者や技術者、通訳、護衛兵など総勢二十名ほど。数台の装甲車に分乗して進む隊列の中で、俺たちの車輌には団長を務める外交官、アルフレッド・フォックスが同乗していた。  俺はその中で、現地語を話せる軍人として彼らの護衛兼補佐を務めることになっている。 「……君は、僕の知ってるΩとはずいぶんイメージが違うね」  隣に座るアルフレッドは、どこか掴めない人物だった。切りっぱなしの前髪が風になびき、屈託のない瞳が好奇心で揺れている。  俺が黙って煙草の箱を差し出すと、「どうも」と一本手に取った。 「そりゃ、こっちのセリフだ。使節団の団長なんて、もっとお固いオッサンが相場だろ。……フォックスっつったか? あんた、歳はいくつなんだ?」  アルフレッドは内ポケットからジッポライターを取り出し、口に咥えた煙草に火をつけた。  煙をフゥっと吐き出しながら、「四十二のオッサンだよ」と答えた。 「は……? 四十二!? どう見ても二十代にしか見えない」 「よく言われるよ。でもどこも弄ってないし、ゼンマイで動くからくり人形でもない。この顔は正真正銘の“オリジナル”なんだ」 「その斜めに揃ったからくり人形みたいな前髪もか?」 「ひどいな。結構気に入ってるのに」  アルフレッドからは、嫌な感じがしなかった。  軍人相手だからといって妙に構えることも、俺がΩだからと気を遣うこともない。そのフラットさが、今の俺にはありがたかった。  ……もっとも、それすら彼の計算だった可能性はある。  隣の男と一言二言、他愛もない言葉を交わしているうちに、装甲車のエンジン音が低くなり、スピードが落ちた。  ついに辿り着いたのだ。ユバ国の要塞――もとい、王都の関所に。  ​だが、装甲車が停泊したその先で俺たちを待っていたのは、歓迎の言葉でもなければ、物静かな関所でもなかった。 「なんだありゃ」  肩に担いだアサルトライフルの重みを確かめながら、俺は装甲車の低いドアを押し開け、アルフレッドに続いて乾いた大地へ降り立った。 「あれはユバの国王直属の親衛隊さん達だね。僕たちは勝手に獣兵騎士団なんて呼んでるけど」 「なんでこんな関所に……まさか」 「どうやら、そのまさかみたいだね」  ずらりと立ち並ぶのは、人間の倍はあろうかという屈強な異形の戦士たち。  彼らが跨がるのは、鋼のような漆黒の鱗と頭部に生えた二本の角、そして四対・計八本の太い脚をもつ、巨大な異形の騎乗獣——『ガドゥラ』だ。  八本もの|蹄《ひづめ》が不気味な地鳴りを立てて乾いた土を削り、荒い吐息とともに殺気が肌を刺すように伝わってくる。  そしてその真ん中に、一際巨大な八本脚の巨獣に跨がったデカい影が、聳え立っていた。  獅子のような金色の鬣に、牛や猪を思わせる骨太で通った鼻筋。一噛みで頭蓋骨を粉砕できそうな鋭くデカい牙と顎。  全身から放たれる圧倒的な威圧に、俺の体中の毛がビリビリと逆立つような錯覚を覚えた。  肌を焼くようなこの圧倒的な圧迫感は、単なる強者の殺気なのか。それとも、俺がΩだから余計にそう感じるのか――自分でも判別がつかなかった。 ​ 静かに歩み寄るアルフレッドが、からくり人形のような前髪をかき上げながら、滑らかな現地の言葉で声を張る。 「……これは驚いた。ジルヴァ国王自らお出迎えいただけるとは、光栄の至りです」  巨躯の王――ジルヴァは、異星の馬ガドゥラの背から降りようともせず、圧倒的な威圧感で眼下の俺たちを冷たく見下ろしている。  鼻で笑うような重低音が、周囲の空気を震わせた。 「ふん。出迎えに来たのではない。俺は貴殿らを追い返しにきたのだ」 (ああ、なるほどね。そりゃそうだ) 「追い返しに来た、と? ……それは、困りましたね。我々の仲間に新たに加わった、この彼が是非王にお目通りしたいと楽しみにしておりましたのに」  アルフレッドの少し後ろに控えていた俺は、彼にチラリと目配せされると、煙草の残香が残る口内で苦いツバを飲み込んだ。  相棒のアサルトライフルを地面に置き、両膝を冷たい乾いた土についた。両手を後ろで深く組む。そして、頭を垂れて無防備な首筋を前方の巨躯へ晒し出した。  それは事前に叩き込まれた、ユバ国における『完全なる無抵抗と服従』のポーズだ。  上空からの熱気とは別に、冷や汗が背中を伝い落ちていく。王から放たれる本能的な圧迫感に身を削られそうになりながらも、俺は顔を上げ、決まり文句を口にした。 「お初にお目にかかります、ジルヴァ国王。お会いできて光栄です。此度の使節団の護衛と補佐を務めさせていただくことになりました、グレンと申します。以後お見知りおきを」  見上げた先で、ジルヴァと目が合った。  俺を捉えたその瞳孔が一瞬鋭く引き絞られ、深緑(ふかみどり)の双眸が、より一層険しく細められる。  眉間にはさらに深い皺が刻まれた。  俺という存在のナニカを品定めるような一瞬の間を置き――王は冷徹に鼻を鳴らした。 「新入りの猿が一匹増えたところで、それがどうした。俺の意思は変わらん。即刻立ち去るがいい」 (どうすんだよ、これ……)  両膝をつけたまま、俺は双方の睨み合いを見つめる。  無防備な首筋に突き刺さる殺気と、冷ややかな静寂。この任務が一筋縄ではいかないことだけが、痛いほど首筋に伝わっていた。

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