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第3話
「新入りの猿が一匹増えたところで、それがどうした。俺の意思は変わらん。即刻立ち去るがいい」
頑として意思を曲げないジルヴァに、アルフレッドが静かに食い下がる。
「前回の協定と話が違います! 我が軍の提案を撥ねつけるのは、貴国にとっても不利益となるはずですが……!」
「協定だと? 貴殿らが一方的に押し付けてきた条件に、俺がいつ頷いた? 戯言は自国へ持ち帰るがいい」
だが、平行線の言葉の応酬が続くばかりで、一向に進展の兆しはない。
――叩き込まれた通りに無防備な首筋を晒し、挙句に『猿』呼ばわりか。
バカバカしさに反吐が出そうになった俺は、ツバをひとつ吐き捨ててポーズを解いた。
「はー……やめだやめだ。服従のポーズなんてやってられっかよ」
膝の砂を無造作に払いながら立ち上がり、足元に転がしていた相棒のライフルを拾い上げる。
「グレン、バカ……っ! 正気か、今すぐ膝をつけ!」
アルフレッドの悲鳴のような怒鳴り声に呼応し、後ろの使節団が一斉にどよめいた。誰もが顔を蒼白にし、死を覚悟したように息を呑む。
それと同時に、周囲を囲む騎士団が一斉に槍や剣を構えた。肌を焼き切るような殺気が、圧倒的な圧力となって叩きつけられる。
だが、ガドゥラの背に聳え立つジルヴァだけが、巨躯を揺らすことなく静かに手を挙げ、部下たちを制した。
「……ふん。首を差し出したかと思えば、急に吠え出すか。やはり猿だな」
「そんなに猿が嫌いなら、今すぐここで皆殺しにすりゃいいだろ。それができないってことは王様、あんた報復が怖いのかい?」
「戯け。貴様らのような取るに足らん羽虫を殺してなんになる。我が一族の名に傷がつくわ」
(猿の次は羽虫かよ……)
心の中で深く毒づきながら、俺は口元だけで浅くニヤリと笑ってみせた。肩に担ぎ直した相棒を軽く叩き、頭上の巨大な王を真っ直ぐに見上げる。
「――へぇ。その羽虫相手に、こんな大層な騎士団まで侍らせて、この大国は羽音ひとつでグラグラ揺らぐんですかい?」
視界の端で、ゼンマイの切れたからくり人形のように固まっているアルフレッドが見えた。使節団の奴らが固唾をのむ気配と同時に、周囲を囲む獣人騎士たちから、肌を焼き切るような殺気が叩きつけられる。
だが、当の王はぴくりとも動かない。
じっ……と俺を見下ろしていたジルヴァの口角が、凶悪な弧を描いて吊り上がった。
「……ククッ」
殺気でも激怒でもない。好戦的な肉食獣が、威勢よく毛を逆立てる獲物を見つけたときのような、冷たく獰猛な愉悦の笑みだった。
「……下がりおれ」
ジルヴァが低く命じると、今にも俺の首を跳ね飛ばそうとしていた騎士たちが、一瞬で静まり返り、一歩退く。
「……そうか、分かった。そこまで言うなら話を聞いてやろう。ただし、俺が交渉するのはお前だけだ。他の者は自分たちの船に帰るがいい」
(……俺一人か。城に潜り込めるのはいいが、どうにも嫌な感じがするな)
鋭く言い放ったジルヴァに、アルフレッドが慌てて一歩前に出た。
「ジルヴァ王! 彼は我々の護衛役に過ぎません。外交交渉の経験もなく、彼一人を残すなど、こちらとしても承服しかねます。せめて私だけでも同行させていただきたい!」
「ならん」
「しかし――」
「聞こえなかったのか? 俺が話をするのは、この猿一匹で十分だ」
「……っ」
言葉を詰まらせるアルフレッドを俺は軽く腕で制した。
「つーことで、ご指名なんでちょっくら行ってくるわ」
「グレン……本気か!? 一人で奴らの本陣に入るなど、身投げと同義だぞ!」
「へいへい。船に戻ったら、上の偉いさん方に『クローン兵一匹、上手いこと棄ててきました』とでも報告しといてくれ」
蒼白な顔で言葉を失う外交官にヒラヒラと手を振りながら、俺がジルヴァに歩み寄ると「ついて来い」という言葉と共に、獣兵騎士団が一斉に動き出した。
俺を囲むように槍を携えた騎士たちが左右を固める。巨獣ガドゥラの脚甲が打ち鳴らす重厚な金属音と、荒々しい獣特有の匂い。誰一人として口を開かず、ただ無言のままこちらを監視していた。
はたから見ると要人の護衛のようだが、完全に監視付きの連行だ。
そのまま関所を抜け、王都の内部へ足を踏み入れた瞬間、予想に反した光景が視界に飛び込んできた。
地球の官僚どもは「未開の獣の巣」と吐き捨てていたが、そこに広がっていたのは、灰色のコンクリートと合成樹脂に埋もれた地球ではとうに失われた光景――咲き誇る鮮やかな花々の色彩と、鬱蒼とした豊かな緑だった。
立体的な石造りの街路のあちこちに、見たこともない大ぶりの花が咲き乱れ、風が吹くたびに青く甘い香りが鼻をくすぐる。
通り沿いでは、獣耳を生やした幼い子供が笑い声を上げながら親の服の裾を引っ張り、親は呆れたように笑いながらその頭を撫でていた。
――培養液のタンクで生まれ、「親」という言葉の概念すら無い俺には、ショーウィンドウの向こう側にあるような、眩しい光景だ。
俺がその光景に気を取られていた、その直後。
「あ、王様だ!」「ジルヴァ様ー!」
甲高い歓声が上がり、通り沿いから小さな獣人の子供たちがわらわらと駆け寄ってきた。
周囲を固める猛者揃いの騎士たちが慌てるでもなく、どこか柔らかな苦笑いを浮かべて彼らを優しく制する。
さっきまで俺たち人間に冷血な殺気を放っていたあの男が、巨躯をほんの少し揺らした。
背中越しで表情は見えない。
だが、子供たちに向けて軽く大きな手を振り返したその動作には、明確な温もりが宿っていた。ワーッと歓声を上げて跳びはねる子供たちと、それを見守る町人たちの誇らしげな眼差し。
(……横暴な暴君かと思えば、随分と慕われてるじゃねぇか)
俺たちを使い捨ての「道具」としか見ない地球のお偉いさん方の顔が脳裏をよぎり、胸の奥にざらついた苦みが広がる。
俺は言葉にできない複雑な感情を吐き捨てるように、王の広い背中から静かに目を逸らした。
そして、要塞のように聳え立つ黒壁の王城に辿り着いた時。
俺が通されたのは品の良い応接間でも、王の執務室でも、豪華な謁見の間でもなく——。
側近の一人に容赦なく背中を蹴り飛ばされ、ブチ込まれたのは、冷たい湿気が立ち込める城の地下牢だった。
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