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第4話

 天井近くに穿たれた格子付きの通気口から、王城の一部が視界に入った。  ヴェルデの空に浮かぶ二つの衛星——その月ではない月が放つ仄白い光に照らし出されているのは、異様に太く堅牢な石壁と、八角形の巨大な見張り塔の輪郭だ。城というよりは、山を丸ごと一つ削り出して造った巨大な不沈要塞と言うほうが正しい。  圧倒的な質量感。まるで威嚇するように鎮座するその威容をぼんやりと見上げながら、俺は鼻で短く笑った。 (まあ……想定内だな)  俺は壁に背をあずけ、ベッドの上で両膝を立てて腰を下ろしていた。天井の隅にしがみついている、やたら愛嬌のある丸っこいフォルムのデカい虫を退屈しのぎに眺めながら、心の中でうそぶく。  あれはこのヴェルデで“掃除屋”と呼ばれているやつだ。母艦エフフォーリアの船内でも、どこかから入り込んだのか、たまに這い回っているのを見かけたことがある。 (頼むから俺は食わないでくれよ)  半地下の牢内は、目が慣れてくると薄っすらと周囲の形状を拾えるようになった。  一面の黒い石壁。置かれているのは簡素なベッドと、排泄用のバケツがひとつだけ。   牢を仕切っているのは、よくある縦揃えの鉄格子ではない。厚みのある鉄を六角形のハニカム構造状に組んだ、隙間のない鋼鉄の網壁だ。衝撃を逃がし、力任せの破壊を一切寄せ付けない、兵器のような作りの檻。 (曲げるのも破るのも無理だな……まあ、鍵を開けさせりゃ済む話だ)  王に少しばかり大口を叩いたお咎めか、理由も告げられずにこの湿っぽい穴倉へ放り込まれたわけだが、大人しくお縄を頂戴したまま待つわけにはいかない。 ​ このままだと頃合いを見計らって母艦へ強制送還されるのが関の山だ。  任務失敗の烙印を押されたオメガがどう扱われるか、嫌というほど知っている。軍の幹部どもの暗い部屋で、死ぬまで慰み者として弄ばれて終わりだ。  そんな無様な結末で、あのクソどもへの復讐を諦めてたまるか。  王の懐へ飛び込み、利用できるものはすべて利用する。そのためなら、この星の監獄ごと踏み潰してでも逃げ切ってやる。 ​(さて……ここからが本番だ)  首を少し傾けると、ハニカムの向こう側に看守が使うデスクが見えた。その上に、俺がここにブチ込まれる前に取り上げられた銃とサバイバルナイフが無造作に置かれている。  看守の獣人は二人。どちらも鈍い緑色の鱗に覆われた、トカゲのような頭部を持つ奴らだ。一人はデスクの前で大きなあくびをし、細い瞳孔を退屈そうに揺らしている。腰に下がった鍵束が、体の動きに合わせてチャリと小さな音を立てた。もう一人は出入り口の階段に座り込み、槍を抱えたまま眠りこけている。 ​ 地下の冷気と湿気にやられているのか、動作がどこか緩慢だ。寒さに弱い爬虫類系の種族をこんな地下牢の警備に回すあたり、上層部からも落ちこぼれ扱いされている下級兵といったところだろう。  二人とも屈強そうだが、王の親衛隊に比べれば小柄だ。6フィート(約183センチ)の俺とさほど変わらないか、少し大きいくらいだろう。 (……一か八か、仕掛けてみるか)  俺はケツのポケットから、唯一没収を逃れていたシケモクと使い古した軍用のプラズマライターを取り出した。  キャップを跳ね上げ、ボタンを押し込む。  暗闇のなか、「チチチ……」と耳障りな高周波音を立てて、二条の青白い電流(プラズマ)が交差した。  その怪しい青紫の光と放電音が、退屈し切っていたトカゲ野郎の目を引かないはずがなかった。  デスクから立ち上がり、爪をカチカチと鳴らしながら、トカゲ野郎がそろりと近づいてくる。 「おいニンゲン、なにしてる! なんだその煙は!」  いかつい見た目に反して、アニメの小悪党みたいな甲高いダミ声が地下牢に響く。 「あー? 煙草だよ。ただの嗜好品さ。毒じゃねぇから心配すんな。……吸うと体が温まるし、気分もスッキリする。ヴェルデにはこういうシロモノはねぇのかい?」 「……しがれっと? 知らないな。あんたの星の言葉か?」 「ああ。……あんたも災難だな。寒さに弱いってのに、こんなしけた地下で猿の監視を一晩中やらされるたぁよ。……ほら、お近づきの印に一本やるよ。火も貸してやる」  トカゲ野郎は階段で眠りこけている相棒をチラリと横目で見やってから、好奇心と寒さに勝てなかったのか「……いいのか?」とおずおずと尋ねてきた。  歩み寄るたび、その腰に下がった重々しい鍵束がシャラリと音を立てる。  俺は煙草を咥えたまま作り笑顔で「ああ」と頷き、ハニカム越しにシケモクを一本手渡した。プラズマライターのボタンを押し、「ほら、火も点けてやるよ」と鼻先へ掲げてみせる。  看守が青白い放電光に目を奪われ、吸い寄せられるように顔を近づけた一瞬——。  ハニカムの隙間から滑り出た俺の右手が、奴の襟首を掴んでいた。  抵抗の暇すら与えず、そのまま腕を引いてハニカム格子のフチに頭部を固定する。  俺は格子のフチを利用して、奴の頸動脈だけを的確に圧迫した。 「ぐえ……っ、ぁ……」  悲鳴にならない喘ぎ声が漏れる。脳への血流を止める絞め技。まともな意識など数秒も保たない。  五秒。暴れていた看守の腕から急速に力が抜け、人形のように膝から崩れ落ちた。  俺はハニカムの隙間から腕を伸ばし、倒れ込む奴の腰から素早く鍵束を掠め取った。ずしりと重い鉄鍵を指先で弾き、手当たり次第に錠前へ差し込む。二本目でカチリと重厚な金属音が響き、ロックが外れた。  その瞬間——階段で眠っていた奴(やっこ)さんが、鍵の開く音でうっすらと目を覚ました。  伸びた相棒の姿を視界に捉え、慌てて槍を構え直す。  だが、もう遅い。  俺は鉄扉を蹴り開け、相手が「だ、誰か——」と声を張り上げるより速く踏み込んだ。  繰り出された槍の穂先を最小限の動きでかわし、そのまま柄を奪い取る。勢いを殺さず、その分厚い木柄の尻でトカゲの鳩尾を深く穿った。 「うぐっ……!」  声にならない悲鳴と共に、二体目のトカゲが肺の空気をすべて吐き出して丸まった。  もう叫ぶ奴はいない。地下牢に静けさが戻る。  俺は転がった看守の脇を抜け、デスクの上のアサルトライフルとナイフを手早く拾い上げた。慣れた手つきでマガジンをチェックする。手のひらに戻ってきた金属の重みが、荒い呼吸を落ち着かせてくれた。  そして​見事に伸びて、石床と仲良くしているトカゲ野郎の一匹を、両脇に手を入れて手際よく俺がブチ込まれていた牢屋の中に引きずり込む。  さらにもう一匹。うつ伏せに伸びている両足を掴んで力任せに引っ張った瞬間——その尻尾の先を気付かずに踏んでいたらしい。  激痛に反射神経が跳ねたのか、トカゲ野郎の尻尾が「ポロッ」とあっけなく根本から外れた。 (やべっ)  切れた衝撃で、床に転がった尻尾だけがウネウネと生々しくのたうちまわる。 (うげ、きもっ! ……いや待て、断面の肉はブリブリしててちょっと美味そうだな……。って、こんな時に何考えてんだ)  くだらない雑念を振り払うように頭を振ると、俺は証拠隠滅とばかりに、まだ動いている尻尾を掴み、ベッドの下に転がした。  残りの本体も急いで狭い牢へ押し込め、鉄扉を閉ざす。これで少なくとも、次の巡回が来るまでは時間を稼げるはずだ。  俺は呼吸を殺し、地上へと続く石造りの階段へ足を踏み出そうとした——その時だった。  段上の闇の向こうから、重い靴音が響いた。  トツ、トツ、トツ——。 ​ 交代の看守役か、それとも巡回の警備兵か。  俺は音もなく壁の影へ身を潜め、ライフルの銃口を階段の曲がり角へと据えた。 (……チッ、お行儀よく待っててやる時間はなさそうだ)  暗闇の中で、俺は静かに引き金へ指をかけた。

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