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第6話

 寝覚めは最悪だった。  後頭部を叩きつけられた鈍痛と、喉から首筋にかけて焼きごてを押し当てられたような激痛。全身が鉛を流し込まれたように重い。  おまけに、口内に広がる粘りついた鉄の味に吐き気がした。 「……っ、クソ……痛ぇ……」  漏れ出たのは、自分のものとは思えない掠れた擦過音(さっかおん)だった。  だが、体の痛みなどどうでもいい。異常なのは、自分が今、何ひとつ身に纏わない素裸のまま、見覚えのない豪華な天蓋付きの寝台に転がされていることだ。  天井の装飾を見つめたまま、俺は冷や汗とともに今の状況を必死に手繰り寄せていた。  身体に王に抱かれた痛みも、形跡もない。奴は俺が意識を失っている間に事に及んではいなかった。 (そりゃそうか……) 『本能の奴隷になった貴様を抱くつもりなど毛頭ない』  ジルヴァが俺に投げ捨てたあの言葉は伊達じゃない。  俺は血の味がする唾液を呑み込み、大きくひとつ息を吐いて、重い身体をゆっくりと起こした。無駄な装飾を排した室内は、シンプルかつ洗練された調度品で整えられている。  窓からは煌々と太陽(カルデ)の明かりが差し込んでいた。  周囲を見渡しても、俺の服も装備も見当たらない。ふらつく足取りのまま、ベッドから立ち上がろうとしたその時——ひと繋がりになった隣室から、のそりと何かが蠢く気配が漂い、俺は瞬時に身を強張らせた。  大きなアーチ状の開口部から姿を見せたのは、やはりあの巨躯だった。  朝日を背に、ゆったりとしたローブを纏ったジルヴァが、静かに踏み込んでくる。  その深緑の瞳が、天蓋付きのベッドで裸のまま胡座をかく俺を、上から下へとゆっくりと撫で回した。 「……目覚めはどうだ、猿。少しは頭が冷えたか?」 「……ああ、最高だね」  喉骨がきしむ痛みに耐え、掠れた息混じりの声で皮肉を吐き捨てる。  ジルヴァはそれを鼻で笑うと、手にしたグラスを差し出してきた。  俺は目の前のグラスを一瞥し、その男を睨みつけた。 「……俺に何を飲ませた」 「抑制剤と眠り薬だ。……言っただろう? 王妃の座を狙うメス共が後を絶たないんでな」 「はっ、ずいぶんおモテになるこって」  俺はひったくるようにグラスを奪い取ると、焼ける喉に一気に水を流し込んだ。  この男の思考が読めない。殺すつもりならこんな回りくどいことはしないはずだ。それに、汚い手を使って王を貶めようとした俺を、意識を失っている間に母艦へ強制送還することだって容易かったはずだ。  それなのに、この男は俺を手元に残した……。  唯一の可能性に賭けた『権力者の加護』を得られなかった時点で、俺の人生はどうあがいても“詰み”だ。  失意のまま連合軍へ戻れば『慰安夫』として、死以上の屈辱を味わうことになる。軍から逃れ、この見知らぬ星で孤独に生き延びたところで、俺を生み出した奴らへの復讐は永遠に果たせない。かといってここで呆気なく殺されれば、あのクソどもが笑うだけだ。  ——だったら。  この惨めな命ごと、目の前の『王』を道連れにして賭けに出るまでだ。  俺は水で濡れた口元を腕で乱暴に拭い、そして胡座をかいたまま、不敵な笑みを浮かべてジルヴァを見上げた。 「――で? 俺をどうするつもりだ。逃がすか、今ここで始末するか、選べよ」  それは、今の俺にできる精一杯の虚勢だった。  ジルヴァは俺の真意を探るように目を細め、重苦しい沈黙を落とした。  やがて、底の見えない深緑の瞳に暗い光を宿し、静かに口を開く。 「……お前の怒りは、誰に向けられたものだ?」 「……は? 何の話だ」 「隠しても無駄だ。お前は他の侵略者の猿どもとは違う匂いを放っていた。——腹の底から湧き上がる、抑えきれん怒りの情念だ」  ジルヴァの言葉に、俺は思わず怯(たじろ)いだ。  匂いで……この獣の鼻は、俺の感情の奥底まで嗅ぎ分けているというのか。 「俺がお前を城に招き入れたのも、お前のその腹積もりが何なのか確かめたかったからだ。まさかそれを確かめる前に、脱獄を図るとは思わなかったがな」 「……そりゃワケも分からず豚箱に放り込まれたら、逃げ出すに決まってんだろ」  掠れた声で吐き捨てると、ジルヴァは愉悦を孕んだ低音でくっくっと喉を鳴らした。 「当然の措置だ。どれほど口で御託を並べようと、貴様が軍人である以上、寝首を掻いてこない保証などどこにもないからな。……もっとも、お前の場合は夜這いだったが」 「……うるせぇ。で? 俺の腹ん中を知って、どうするつもりだ」 「なに、単純なことだ。俺の復讐の邪魔になるならその場で排除する。使い道があるなら——骨まで利用させてもらうだけのことだ」  ジルヴァはそこまで告げると、窓辺まで歩み寄り、それを開け放った。  吹き込んだ風に鬣を揺らしながら、ゆっくりと振り返る。 「……俺にとっては父同然だった前王を、貴様らに毒殺された恨みを晴らすためにな」  その言葉を聞いた瞬間、俺の胸に落ちてきたのは冷ややかな納得だった。目的のためなら手段を選ばず、敵も毒も自分自身さえも利用し尽くす。目の前の男が纏うその気迫は、汚泥の中で這いつくばってきた自分自身のそれと酷く似通っていた。 「……毒殺? 待て。前王は……病死だったんじゃないのか……?」  掠れた声で呟いた俺に、ジルヴァは地鳴りのような低音で吐き捨てた。 「フン。貴様らにとってはそうだろうな」  ——前王ファムート。  ジルヴァが王位に就く少し前、彼は病に倒れ、そのままこの世を去ったと聞かされていた。  それ以上のことを俺は知る必要もなかったし、そもそも気にも留めていなかった。  だが、毒殺だというなら話は別だ。  あの汚い連中のやりそうなことだな、と、どこか他人事のように妙に納得していた。 「だが事実は違う。父は『病を鎮める薬だ』と差し出された毒に苦しみ抜き、血を吐きながら死んだのだ。そして奴らは『すでに手遅れだった』と白を切った」  その双眸に、静かでありながら苛烈な殺意が宿る。 「貴様ら連合軍に土地と資源の採掘権を貸し与え、対話を試みた……あの優しき王を、貴様らは毒で踏みにじったのだ。俺は決して許さない。父を殺した侵略者どもの頭蓋を、この手で握り潰してやるまではな」  室内の重苦しい殺気とはそぐわないほど、開け放たれた窓の外から聞こえる小鳥の囀(さえず)りが、やけに鮮明に耳へ届く。  その不釣り合いな音を聞きながら、俺はジルヴァの胸の内にも、俺と同じ鈍色の炎が燻っているのだと確信した。  俺には、大切なものを失った奴の絶望なんて分かりはしない。  だが、一つだけ確かなことがあった。  この男は――“使える”。  俺は口角を歪め、眼前に立つ絶対者を睨み上げた。 「……なあ、あんた。俺と手を組まないか? 俺も奴らの汚いやり口には、反吐が出るほど嫌気がさしてんだ。あいつらの喉元に食らいつけるなら、俺はなんだってやる。……嘘じゃねぇ。本気かどうかくらい、あんたのその鼻なら分かるだろ?」  そんな挑発混じりの俺の提案に、ジルヴァは残忍でいて、どこか蠱惑的(こわくてき)な笑みを浮かべた。 「ふっ……ククッ。いい度胸だ。いいだろう。――ただし」  そして男は、あまりにも狂った条件を突きつけてきた。 「貴様には――俺の妃になってもらう」

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