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第7話

「お妃様、とぉってもお似合いです♡」  ……これは悪夢なのか?  俺の周りには、俺の膝丈ほどしかない、やたら丸っこい体型をした、イタチのような顔の毛玉どもがわらわらと群がっている。あれやこれやと世話を焼いてくるそいつらを眺めながら、俺は遠い目になった。  『なんでもやる』と大見得を切った以上、今さら引き下がるわけにはいかない。  だが、よりにもよって―― 「お妃様、御髪を整えますね~」 ​ 身長6フィート、黒髪短髪、傷だらけで体脂肪率一桁台の“お妃様”が爆誕するなど、誰が想像できただろうか。 「おい、誰が“お妃様”だ! その呼び方やめろっつってんだろ!」  俺がジロリと睨みつけた、その瞬間。  椅子によじ登って俺の髪を梳かそうとしていた毛玉が転がり落ち、足元で靴紐を結んでいた毛玉は鏡台の下へ潜り込み、水を運んでいた毛玉は盆ごと放り出してソファの陰へ逃げ込んだ。 「あー! おい、水こぼしてんぞ! ……たく、なんなんだよ」  俺が床に転がった盆とグラスを拾い上げてテーブルの上に置くと、椅子の下からプルプルと震える毛玉が「ごめんなさい……っ」と蚊の泣くような声を絞り出した。 「あー、怒ってねぇから。悪かったな、急にでかい声出して」  居心地の悪さを覚えながら屈み込み、ぶっきらぼうに声をかけると、椅子の隙間から毛玉が恐る恐る顔を覗かせた。 「……怒ってないのです?」 「ああ。ケガしてねぇか、マロ」 「……!」  毛玉の一匹——マロが、名前を呼ばれたことに目を丸くして、期待と驚きに満ちた瞳で見上げてくる。  俺は観察眼と物覚えだけは無駄にいい方だ。最初にジルヴァから俺の世話を焼くよう命じられたこの毛玉たちは、見た目こそ瓜二つだが、顔の模様が一匹一匹微妙に違っていた。 「……マロの名前、分かるです?」 「ああ、丸い眉毛みたいな模様があるお前がマロだろ。で、ソファの影にいるのがコロで、鏡台の下で丸くなってんのがモコだ」  名前を呼ばれるたびに、物陰からビクッと毛が生えた頭が覗く。 「すごいのです! マロたち三つ子で、親にすら間違えられるですのに……!」 「お前ら三つ子だったのか……」 「はいです♪ 改めてよろしくなのです、お妃様」 「ああ……って、だからその呼び方やめろってーの!」 「ピィキ!?」  マロが再び悲鳴を上げて椅子の陰へ爆速で逆戻りした、その時。  頭上から一際大きな影がぬっと落ちてきた。 「あまり俺の召使いを脅かさないでくれ」  振り返ると、重厚な和装を思わせるユバ国の正装に身を包んだジルヴァが、呆れたような苦笑を浮かべて見下ろしていた。  すると、今までコソコソ隠れていた毛玉たちが一斉に這い出し、蜘蛛の子を散らすようにジルヴァの足元へ滑り込んでいく。 「別に、脅かしてるわけじゃねぇって、俺はただ——」  弁解しようと顔を上げたその時、ジルヴァの太くて長い黒爪が、俺の顎をスッと持ち上げた。 「……ほう、ユバの衣装もなかなか似合ってるじゃないか。あの土色の隊服なんぞよりずっといい。その色はお前の黒髪によく映える」 ​「……喧嘩売ってんのか?」  顎を掬い上げた太い黒爪を乱暴に払いのけ、俺は苦々しい顔でジルヴァを睨みつけた。 「そう怒るな、本心を言ったまでだ。今日の『誓痕(せいこん)の儀』を行えば、いよいよお前は正式に、このユバを統べる俺の『妃』となる。もう後戻りはできんが、覚悟は出来ているな?」 「ああ、あんたこそ。尻尾巻いて逃げ出すなよ」 「戯(たわ)けが」  ——連合軍を欺くための『偽りの番』。  軍には、俺が王に寵愛されていると偽の情報を流し、油断させ時間を稼ぐ。その間に、万が一に備えて、ユバ国側の戦力の強化を狙いたいところだが、正直なところ、付け焼き刃でどうにかなる相手じゃない。  俺たち人類連合軍とユバ国では、そもそもの戦い方が違いすぎる。  兵器。装備。通信。偵察。兵站(へいたん)。  どれを取っても、こちらが正面から張り合えば勝ち目はない。  母艦から軌道掃射を一発叩き込まれれば、この美しく頑丈なユバの王都など、一瞬でガラス状の焼け野原に変わる。  高高度から爆弾を雨のように降らせることもできるし、姿を隠す熱光学迷彩を纏った装甲歩兵だっている。  そんな連中に、弓矢や槍で獣の背に乗った兵たちが束になって挑んだところで、ただの肉の壁にしかならない。  だからこそ、同じ土俵で戦う必要はない。  俺は軍を知っている。そしてジルヴァは、この星を知り尽くしている。地の利は、こちらにある。  この婚姻は、その僅かな勝ち筋を掴み取るための、最初の一歩だ。  ……一歩なのだが。 「……それにしてもなぁ。俺が『連合軍側の人間』なうえ、『男の妃』なんて民衆が黙っちゃいねぇ気がするんだが……本当に大丈夫なんだろうな?」  そう呟きながら、俺は鏡に映った自分を見つめた。  煌びやかな婚礼衣装を着せられた、やたらガタイのいい妃。 (連合軍にスパイ行為で処刑されるより先に、剛腕すぎるユバの民に殴り殺される方が先かもしれん……)  そんなことを考えていると、隣に立つジルヴァが、なぜか妙に真剣な顔で俺を見つめていることに気づいた。 「…………」 「……な、なんだよ」  ジルヴァはしばらく俺を見下ろしたあと、とんでもないことを口にした。 「貴様……雄だったのか?」 「…………は?」  一瞬、言われている意味が分からなかった。 ​「いや、待て……」  まじまじと俺を観察してくるジルヴァに、嫌な汗が吹き出す。 「あんた、ずっと俺のこと何だと思ってた?」 「やたら威勢のいい雌だ」 「…………」 ​「…………」 「ちょ、待て……!! あんた今の今まで、俺のこと雌だと思ってたのかよ!! 俺の身ぐるみ剥いだ時、ポコチンも見たろ! アレなんだと思ってたんだよ!?」  思わず声を荒げる俺に、ジルヴァはいたって冷静に答えた。 「……いや、確かに見たが、アレは雌の生殖器の一部としか思わなんだ。我らのソレと比べても、小さかったしな」 「…………」 「そもそも、貴様ら人間について俺が知っていることなど——」 「ちょっと待て!! サラッと流そうとすんな!! 小さかったってなんだよ!?」  悪気ゼロで淡々と語るジルヴァに、俺のこめかみがピキッと音を立てた。 「……いや、人間について分からんことのほうが多いのは事実だ。貴様が雄だと言い張るなら、その器官は機能するのか?」 「当たり前だ! 俺だって、その気になりゃ女の一人や二人、孕ませることだってできるんだからな!」  勢い余って反論すると、ジルヴァはますます真剣な顔になった。 「では、なぜ貴様からは雌の匂いがする? 人間は雄でも発情するのか? ……いや、雌雄同体か?」 「…………」  矢継ぎ早に飛んでくる疑問に、俺は思わず言葉に詰まった。オメガである俺から漂うフェロモンは、ジルヴァには雌の匂いとして感じられているらしい。  確かに、こいつらにオメガの性質を説明するなら、雌雄同体と言ったほうが手っ取り早いかもしれない。  俺が「まぁ、そんなようなもんだ」と適当に答えるとジルヴァは感心したように顎へ手を当て、深く頷いた。 「そうか……。自らも孕み、他人も孕ませることができるとは。……人間とは効率がいい生き物なのだな」 「いや、俺が特殊なだけで、他の人間はあんたらと変わんねぇよ。あと言っとくけど、俺が小さいんじゃなくて、あんたらがデカすぎるだけだからな! 勘違いするなよ!」 「そうなのか?」 「ああ。俺はこれでもデカい方なんだからな!」 (……って、なんで俺はナニのサイズの話なんかで熱くなってんだ……!?)  項垂れて視線を落とすと、足元で毛玉三姉妹が興味津々といった様子でジルヴァと俺の顔を交互に見やっていた。その純真すぎる六つの瞳にたじろぎ、俺は誤魔化すようにガシガシと頭を掻いた。 「とにかく! ユバの奴らは俺が妃になっても文句ねぇんだな?」 「ああ、心配は要らん。前王の死で、俺が抱えたこの鬱積(うっせき)した怒りは、言わずとも知れ渡っている。お前のことは、“我らに都合のいい捕虜”として映るだろうが——」  そこでジルヴァは言葉を濁した。 「だろうが……?」  促そうと、俺が口を開いたその瞬間、重厚な扉を叩く硬質な音が三回、室内に響いた。  それだけで、ジルヴァの纏う圧が「ただのデカい獣」から「一国の覇王」のそれへと跳ね上がる。  ジルヴァが短い低音で返事をすると、扉が開き、上等な衣服を纏った側近の獣人が恭しく姿を見せた。 「陛下。誓痕(せいこん)の儀へ向かうための準備が整いました」 「ああ、分かった」  ジルヴァは側近に向かって短く頷くと、俺に向き直り、静かに手を差し出してきた。  あの夜、暗闇の中で容赦なく俺の首を絞め殺す勢いで鷲掴んでいたその掌には、よく見ると分厚い肉球のようなクッションが備わっていた。  俺が黙ってその手を取ると、ジルヴァはまるで本当の妃を扱うように——俺の皮膚など容易く押し潰せるはずのカチカチに硬い爪の先を注意深く浮かせ、包み込むように優しく、そして引き剥がせぬほど力強く俺を引っ張った。 「行くぞ。……グレン。続きはまた、夜に」  恐ろしいほどの威圧感と、手渡された肉球の熱い柔らかさ。  その歪な心地よさに、俺はどこかジルヴァという男そのもののようだ、と何故か思った。

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