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第8話

 軍事要塞の如きジルヴァの城は、おとぎ話のそれとはだいぶかけ離れていたが、広い玄関を抜け正門に続く大階段は、シンデレラがガラスの靴を落とすのにうってつけだった。  両サイドには、黒い石壁沿いに城の使用人たちがずらりと立ち並び、多種多様の獣人が畏まってジルヴァに敬意を示すその光景に、思わず息を呑む。  俺に敵意を向ける者は誰もいない。それはジルヴァが完璧に根回しをしていることの証明だった。  ジルヴァに手を引かれたまま階段を降りる。別に連合軍に見られてるわけでもないのだから、そこまでしなくてもいいのだが……正直なところ、着慣れないピッチリとした婚礼衣装で脚が開きにくいうえに、大型の獣人に合わせて造られた階段の一段一段がやけに高く、足元が覚束なかったのでありがたかった。 ​ 階段を下りた先に、異星の馬――八本足のガドゥラに跨った獣兵騎士たちが待機していた。数日前、関所で俺たち外交使節を前に放っていた威圧感は鳴りを潜め、今はただ静かにこちらの動向を見守っている。  その先頭、一際大きなガドゥラの手綱をジルヴァに渡す側近に見覚えがあった。俺を豚箱に蹴り入れたやつだ。そいつは俺と目が合うと、「ヤバい」と言わんばかりの顔をして、そっと目を逸らした。 (仕方ねぇ、黙っといてやるか……)  極悪人よろしくニヤリとやさぐれた笑みを浮かべていると、その微妙な空気を察したのかジルヴァが手綱を持ったまま「どうした?」と小首を傾げた。 「あ、いや、なんでもねぇ。……ところで“コレ”に乗っていくのか?」  俺がガドゥラを親指で指すと、ジルヴァは頷いてその横腹を宥めるように軽く叩いた。叩かれたガドゥラが低く喉を鳴らし、巨体を揺らす。 「ああ。誓いを立てる儀式の場所はグランヴェルデの奥深くにある。こいつらはどんな悪路でも怯まず進んでくれる豪脚(ごうきゃく)の持ち主だ。森の中は巨大な根と岩だらけで、とてもじゃないが荷車の類では進めん」 (マジか。俺が乗ったら、こいつ暴れ回るんじゃねぇか……?)  乗馬経験どころか、遊園地のメリーゴーランドにすら乗ったことがない。馬は繊細な生き物だし、このガドゥラも警戒心が強いはずだ。  俺が内心難しい顔をしていると、目の前のガドゥラが突然大きな鼻息をフンと吐き出し、四対の太い足を器用に折り畳んで、ぺたりと“伏せ”の格好になった。  俺が驚いて咄嗟に半歩後ずさると、ジルヴァは得意げに口元を歪めた。 「ふっ、珍しいことだ。お前に“乗れ”と言っている」 「……こいつの言ってることが分かるのか?」 「ああ。お前が気に入らなければ、とっくに踏みつぶされている。……俺たちのこともな。ここにいるガドゥラは皆、己の意思で我々に仕えているのだ」 「自分の……意思で……?」  俺は整然と並ぶ騎士団を振り返った。単に手懐けられているのだとばかり思っていたガドゥラたちが、確固たる意思を持ってそこに佇んでいる事実に、驚きを隠せなかった。 (……己の意思、か)  胸の奥で、冷たい塊が重く沈む。  俺たちクローン兵にとって、『己の意思』など最も不要で、許されない不純物だった。指示に従い、戦い、そして死ぬ。そのためだけに造られた存在。  なのに、この恐ろしい巨獣どもは、自らの意思で王を選び、その側に立つことを許されているというのか。 「……へえ。動物にも意思があるんだな」  自嘲気味に吐き捨てた俺の言葉に、ジルヴァは一瞬だけ深緑の瞳を細めた。 「何を言う。貴様も動物だろう?」  はっとして見上げた先に、俺を『猿』だと蔑んだ侮蔑も、揶揄(からか)いも感じられない。どこまでも澄んだその瞳を見つめながら、俺は「そうだな」と小さく息を吐きだして、視線を落とした。  そしてジルヴァに促されるまま、鞍の持ち手に手を伸ばしてぎこちなくガドゥラに跨った。ピッチリとした衣装のせいで開脚しづらく、生地が破けないか心配になった。  いや、服の心配をするよりもむしろ—— (……股間が痛ぇ!)  そんな悲痛をよそに、俺が乗り終えたのを察したガドゥラが、後ろ側の脚から順番に伸ばし、最後に前脚を立てる。ぐらりと大きく視界が揺れ、俺は必死で鞍にしがみついた。  馬というより象にでも乗っている気分だ。 ​ 一方でジルヴァはといえば、控えていた側近の手に軽やかに片足を乗せると、その反動でひらりとガドゥラの背へと躍り出た。  巨体の背を揺らすことすらなくサッと鞍を跨ぐと、俺の背中にピッタリと密着し、慣れた手つきで手綱を握り直した。 「全隊、これよりグランヴェルデの深部へ入り、聖樹(せいじゅ)の胎座(たいざ)にて誓痕(せいこん)の儀を執り行なう!」  ジルヴァが王としての朗々とした声を響かせると、それを合図に、先導の二頭が前に出て歩き出した。 「……せいじゅのたいざ、ね。聞いたこともない場所だな」  俺が少し首を捻って呟くと、背後から伸びてきた腕が、俺の胴体を抱え込むようにして手綱を力強く引き絞る。 「行けば分かる。言葉で説明するより、その目で見た方が早い。途中で振り落とされたくなければ、この“ガガ”にしっかり掴まっているんだな」 「……ガガ?」 「これの名だ。我が城でも一、二を争う俊足の牝(めす)だが、少々おてんばでな」  なるほど、レディ・ガガか。そういや、上官のライナスの執務室にそんな名が書かれた古ぼけたポスターが貼ってあったような気がしたが……気のせいだと思うことにした。  やがて隊列は城の敷地内を出て、市街地の大通りに辿り着く。沿道を埋め尽くす市民たちの視線には、激しい憎悪や警戒、そしてどこか畏れにも似た戦慄が滲んでいた。  無理もない。  即位して間もなく、妃すら置いていないこの若き王が、前王ファムートの死に誰よりも悲嘆に暮れておきながら、わけのわからない異星人を『伴侶』として抱えて危険な森の儀式へ向かっているのだ。 (……まあ、双方の衝突を避けるための『政略結婚』って名分なのは分かる。民衆からすりゃ、『王が冷徹な手腕で敵のコマを囲い込んだ』とでも見えてんだろうが……)  民衆が王の深謀遠慮(しんぼうえんりょ)に息を呑み、粛々と道をあけていく。  その最中、背後から回されたジルヴァの太い腕が、ぐっと俺の胴を抱え直した。 (……悪(わり)ぃな。あんたらの王様がどれほど高度な政治的思惑を抱えてるかは知らんが、中の俺はいま、股間の痛みに耐えるので手一杯だ)  民衆の重苦しい視線と股間の痛みに耐えながら関所へ到達すると、厳重な門を抜けたすぐ先、壁沿いに軍のホバー装甲車が横付けされているのが目に入った。  車内では操縦者と護衛の兵士が退屈そうに煙草を吹かしている。  そして、その傍らに佇む一人の男。  ――それは、俺がオメガなんていう器用な性別でなければ、外交使節団の護衛どころか、こうして顔を合わせることさえなかったはずの男だった。

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