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第12話
開け放った窓から吹き込む冷たい夜風が、火照った頬を撫でていく。紫煙を吸い込み、蒼白い外気へフーッと吐き出すと、白煙は夜の薄闇へと溶けて消えた。
城で出された食事は、どれも美味かった。
味付けこそ質素だったが、長年、ただ命を繋ぐためだけの味気ない固形食ばかり胃に放り込んできた俺にとっては、十分すぎるほどのご馳走だった。
ユバの獣人たちは手掴みで豪快に食らうのが慣わしらしく、ナイフを使うのは大きな肉の塊を切り分ける時くらいだ。その飾らないフランクさが、俺は案外気に入っていた。
アルフレッドから餞別で貰ったシケモクを燻らせながら、俺はこれからやるべきことに思考を巡らせていた。
連合軍がもっとも恐れているのは、ユバを強引に潰した結果、周囲の大国まで敵に回してヴェルデ全土を巻き込む全面戦争に発展することだ。
だからこそ、現状奴らはユバへ容易には手を出せない。強行突破でユバを滅ぼせば、他国から総叩きに遭うのは目に見えているからだ。
前王ファムートも、当然それを分かっていたはずだ。
隣国との同盟や外交的な根回しは、生前にあらかた完成させていたんだろう。ユバを孤立させないための包囲網を敷いていたからこそ、連合軍は手出しができず、しびれを切らして「毒殺」という最悪の手を使った。
なら、奴らが次に狙うのは明白だ。
ファムートという「外交の要」が消えた今、同盟国との間に不信感の種をまき、絆を破綻させること。そして、ユバを本当の孤立無援に追い込むことだ。
そして、奴らにとって最高のプロパガンダの材料が、ここに揃っている。
『連合軍出身の異星人が、ユバの王を籠絡して番に納まった』
敵の宣伝工作員どもなら、跳び上がって喜ぶような格好のネタだ。
同盟国には『ユバは裏で連合軍と通じている』と吹き込んで不信感を植え付け、ユバの国内には『王は毒婦に骨抜きにされた』と噂を流して離反を誘う。
だが、同盟国とて馬鹿ではない。
遠からず、同盟国から「使者」が飛んでくるはずだ。
表向きは前王への祝詞か弔問、裏の目的は『新王が本当に敵の毒婦に脳を焼かれたのか』の査察だ。
ジルヴァはそこまで見越した上で、あえて俺を王妃の座に据え置いた。
「お前も飲むか?」
俺専用の部屋としてあてがわれた一室に、ジルヴァは酒とグラスを持って訪れていた。ボルム・グランマから視せられたあの最悪の未来——。ユバ国だけではない。ヴェルデ全土を巻きんだ全面戦争という最悪の結末を回避するためにも、俺が握っている軍の機密はすべてこの男に叩き込んでおかなければならない。
ジルヴァはピッチャーから重厚なグラスへ琥珀色の液体を注ぐと、一口だけ喉を鳴らした。
俺は指先の中で短くなったシケモクを、窓枠の外壁に押し付けて揉み消す。じゅう、とかすかな音を残して潰れた吸い殻を、そのまま夜の闇の中へ放り投げた。
「ゴミを捨てるな」
それを横目で見ていたジルヴァは眉間の皺を深くし、心底不機嫌そうに吐き捨てた。
「あ? ああすまん、ついクセでな。でもあんたんとこの召使いに掃除する仕事を与えてやってるんだから別にいいだろ?」
俺が悪びれもせず肩を竦めると、ジルヴァは殺気すら孕んだ冷ややかな視線を向けてくる。
「……屁理屈を抜かすな。次やれば、その口にガドゥラのフンを詰め込むぞ」
「へいへい、どっかのオカンみたいな王様だこと」
「飲むのか、飲まないのか?」
「貰う」
ジルヴァはもう一つのグラスに琥珀色の液体を注ぐと、無言で丸テーブルの端へと滑らせるように置き直した。俺は窓枠にあずけていた背中を起こすと、テーブルの端に残されたグラスを手に取った。部屋の奥へと足を向け、ベッドの縁に深く腰を落として軽くグラスを傾ける。
強いアルコールの奥から漂う、仄かな木の匂い。母艦のフード・プラントで合成されたあの味気ないエタノール調合酒とは違う、風土と時間が育んだ“本物の酒”の香りだった。
ひとくち口に含んだ瞬間、喉を焼く芳醇な熱さに、俺は無意識のうちに「うまい」と呟いていた。
それを耳にしたジルヴァは、不機嫌さを消し去って満足げに目を細め、手に持ったグラスの酒を一気に煽った。
空になったグラスをテーブルへ静かに置くと、ジルヴァの瞳から先ほどまでの軽みが消え、冷徹な覇王の光が戻る。
「……そう遠くないうちに、我が国と同盟を結んでいる隣国のコルヌ、スクワマ、そしてデンスから……探りの使者が押しかけてくるはずだ」
その言葉に、俺はグラスを傾けたまま鼻で小さく笑った。
「言っておくが、四国が束になったところで連合軍には勝てねぇぞ。……まあ、この星の全戦力を吐き出させれば、連合軍 だって無傷じゃ済まないだろうがな」
「分かっている。だからこそ、全面戦争になど持ち込ません。あえてユバを同盟国から孤立させる」
「ユバを孤立させる?」
「ああ。三国がユバを見捨てれば、連合軍は俺たちを容易く叩き潰せると思うだろう。その慢心につけ込む」
「……そんなに上手くいくかねぇ」
「上手くいく保証などどこにもない。……だが、どの道を選ぼうと茨の道だ。貴様を妃に仕立て上げた時点で、もう後戻りはできん」
ジルヴァは立ち上がり、ゆっくりと俺の間近まで距離を詰めた。俺の指先から無造作にグラスを奪い取り、テーブルへ放るように置く。
そのまま肩のローブをベッドの端へ投げ捨てると、影が俺の視界を覆った。
「俺は探りを入れに来た同盟国の使者どもの前でも愚王を演じ切る。……貴様も、その口で俺を狂わせた毒婦を演じろ」
言い落とすと同時に、逃げ場を覆い隠すように重量のある体が伸しかかってくる。押し潰されるような圧に、背中が深くシーツへ沈んだ。
「……そいつは別に構わねぇが、この体勢はどういうつもりだ?」
「俺の匂いがついていなければ、貴様は他国に殺される」
「……ほーん?」
「連合軍の人間が王をたぶらかし、国を傾けている。そう見えれば、同盟国の連中は貴様を排除しようとするだろう。だが、俺の番だと知れ渡れば話は別だ。貴様を殺すことは、俺自身に刃を向けるのと同じだからな」
「……なるほどねぇ。触れた瞬間に王の復讐が飛んでくる『歩く地雷』になれってことか。だったら俺が夜這いした時に黙って抱いてりゃ良かったじゃねぇか」
俺がそう揶揄すると、ジルヴァは口元を不敵に歪めた。
「あいにく俺は、本能に飲まれ、わけも分からぬうちに交わるのは好かんのでな」
「だからって、“侵略者の猿”なんかで勃つのかよ? お望みなら発情剤でも何でも飲んでやるぜ。その方が手っ取り早いだろ」
ジルヴァは無言で俺を見下ろすと、羽織っただけの薄いローブの胸元から、すっと大きな掌を忍ばせてきた。先端の丸い太い爪が、肌に残された噛み跡を撫でるようにゆっくりと肩へ滑る。
「……俺は存外、貴様を気に入っているのかもしれん」
「そうかよ。だったらまどろっこしい真似してねぇで、さっさと突っ込めよ」
「可愛げのない男だ」
鼻孔を刺す強い酒と、ジルヴァ自身の濃密な匂いが一気に視界を塗りつぶす。
直後、逃げ場を塞ぐようにジルヴァの重い唇が重なった。薄く開いた唇から伸びた分厚い舌が、俺の乾いた唇をペロリと湿らせる。
「……どうせ交わるなら、お互い楽しんだほうが得だろう?」
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