17 / 19
第16話 死産の仔
「――報告! 陛下! ガガが産気づいております!」
勢いよく俺の部屋に飛び込んできたのは、息を切らせたジルヴァの側近だった。
「なに!? まだ産まれるにはひと巡りほど早いぞ!」
「朝から忙しなく獣房内 を徘徊しておりまして、気づいたときにはもう……今はガドゥラの厩務係 が付き添っております」
——ひと巡り……地球で言えば、一〜二ヶ月は早い早産だ。
ジルヴァのガドゥラだけ一際体格が大きいと思っていたが……まさか、そういうことだったのか。
「……っおい、ガガは身重 だったってのに、俺たちを乗せてたのか!?」
俺が青ざめた顔で口を挟むと、ジルヴァは「それがガガの意思だったからだ」と短く告げた。
「いくらガガの意思でも、普通止めるだろ!」
「……あのおてんばは、俺の言うことも素直には聞かん。ましてや誓痕の儀に置いていかれたとなれば、|厩舎内《きゅうしゃない》で暴れ出すぞ」
「だからってなぁ……」
グランヴェルデの険しく荒れた道中を思い返し、俺の背筋に冷や汗が伝う。
ガドゥラの正確な周産期は分からない。だが地球の馬と同じなら、そんな時期に生まれてしまえば自力で息をすることすら叶わない可能性が高い。
「——すまんが、俺はガガの様子を見に行ってくる。ポコ、後を頼む」
そう告げて側近と部屋を後にしようとしたジルヴァに、俺は咄嗟に声を上げていた。
「……っ、待て! 俺も一緒に行っていいか?」
***
城の裏手には、城と同じ黒い石壁で建てられたガドゥラ専用の立派な厩舎 があった。
ジルヴァの許可を得て同行した俺の後ろから、当然のようにポコモコマロコロもぞろぞろと後に続いている。
……だが、厩舎に近づくにつれて、胸騒ぎが大きくなっていく。
観音開きの重い扉を押し開けた瞬間、獣のフンと湿った藁、そこに混ざり合う強烈な羊水と血液の生臭い匂いが鼻腔を突いた。
一刻を争う現場のはずなのに、そこは不気味なほど静まり返っていた。後ろをワラワラとついてきていたポコたちも、場の空気を察したのかぴたりと足音を潜める。
(……まさか、手遅れだったのか……!?)
嫌な予感が頭をよぎる。ジルヴァもまた表情を硬くし、足早に厩務係たちを押し分けて奥の獣房へと踏み込んだ。
そこには、敷き藁の上に力なく横たわるガガの姿があった。
その傍らでぐったりと動かないのは、羊水と血に塗れた産まれたばかりの仔ガドゥラだった。
「……陛下。……誠に残念ですが、ガガのお仔は死産でした……」
厩務係の妙齢の獣人が、消え入るような声で頭を垂れた。重苦しい、葬式のような空気が場を満たしていく。
ガガはピクリとも動かない我が子の体を愛おしそうに舐め、鼻先で必死に小突いては起き上がらせようとしている。
それを視界に収めた瞬間——考えるより先に、身体が動いていた。
俺は獣房を仕切る太い二本の柵の間をすり抜け、ガガの傍らへと足を踏み入れる。
突拍子もない俺の行動に厩務係たちがどよめき、慌てて制止の声を上げた。
「おやめください! 産後のガドゥラは気が立っております! 今近づけば興奮して踏み潰される恐れがございます!」
だが俺はそれを無視し、ぐったりとした仔ガドゥラの胸元へ迷わず掌を押し当てた。
(――まだ微かに温かい。……途切れそうなほど微弱だが、心臓もまだ死んじゃいねぇ)
培養タンクの中で、戦闘兵器として即座に戦場へ投下できるよう脳に叩き込まれた応急蘇生のシミュレートが、指先によみがえる。
視界の端に、息を呑むジルヴァの姿が見えた。彼は動揺する厩務係たちを片手で制していた。
ガガは横たわったままパニックを起こすこともなく、まるで何かを託すようにじっと俺を見つめている。俺はそんなガガの硬い鱗で覆われた額を優しく二度叩いたあと、仔ガドゥラに向き直った。
(羊水で濡れたままだと体温が奪われる……! 気道を確保して、とにかく身体を温めて刺激を与えなきゃダメだ!)
「マロ、コロ、モコ! すぐに乾いた毛布か布をありったけ持ってこい!!」
俺の怒号に、後ろで控えていた毛玉たちがハッと飛び跳ねる。
「は、はいですっ! すぐ持ってくるです!!」
すばしっこく駆け出していく毛玉たちを見送り、俺は呆然と立ち尽くす厩務係たちへ一閃した。
「あとお湯だ! そこのデカいやつら! 突っ立ってねぇで、身体を拭く温かいお湯と乾いた敷き藁の替えを持ってこい!」
「は、ハイッ!!」
俺の指示に厩務係たちがバタバタと散っていき、それを一瞥したジルヴァが丸太の柵を外し、身を乗り出すように問いかけてくる。
「グレン、俺は何をすればいい!?」
「こいつの頭と首を支えてくれ! 顎を少し上に向けて気道をまっすぐ通す! 毛布が届いたら全身を思い切り擦って刺激を与えるんだ!」
「分かった」
(……心拍はある。必要なのは気道確保と人工呼吸、それと皮膚刺激だ!)
ジルヴァは羊水と血で汚れた敷き藁の上に躊躇なく膝をつくと、仔ガドゥラの頭部を抱え、首をしっかりと固定した。
「こうか!?」
「ああ、その位置で固定しておいてくれ!」
俺は仔の口内へ指を差し入れ、奥に詰まった粘液を素早く掻き出す。そしてそのまま、まだ柔らかい小さな鼻孔に己の口を当て、気道へ向けて一気に息を吹き込んだ――。
一定のリズムで何度も息を送り込む。
すると、仔ガドゥラの胸が僅かに跳ね、ゴボッと気道に溜まっていた羊水を吐き出した。
(——死ぬな、生きろ……!)
だが、胸の動きは止まったままで、自力で息を吸おうとしない。
俺は手を休めることなく、再び小さな鼻孔へ己の口を押し当てた。
ともだちにシェアしよう!

