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第17話 不本意な同族認定
「毛布持ってきたです!!」
マロ、コロ、モコが自分たちの体より大きな毛布を抱えて戻ってきた。後ろで見守っていたポコがそれを受け取り、すぐにジルヴァへと手渡す。
ジルヴァは片手で首を固定したまま、もう片手で毛布を押し当て、仔ガドゥラの身体を力強くゴシゴシと擦り始めた。
俺は再び胸いっぱいに息を吸い込み、魂を込めるように送気した。
——その時。
「……っ、クァァ……っ!」
小さな産声が、静まり返っていた獣房に響き渡った。
もがくように八本の小さな脚をバタバタと動かすと、仔ガドゥラはジルヴァの腕から逃れ、小刻みに震えながらも己の力で上体を起こした。
まだ自力で立ち上がることはできない。だが、しっかりと開かれたその瞳には、力強い生の光が確かに宿っていた。
その様子にジルヴァが歓声混じりの息を漏らすが、俺は気を緩めなかった。
「まだだ。濡れたままだと速攻で低体温症を起こして死ぬ。ポコ、濡れた藁を払ってすぐに新しい藁を敷いてくれ」
「……畏まりました!」
ポコと厩務係たちが慌ただしく動き、汚れた敷き藁が一瞬で押し払われ、フカフカとした乾いた藁が敷き詰められる。
「お湯をお持ちしました!」
戻ってきた厩務係からお湯の桶を受け取ると、毛布を浸して固く絞り、仔ガドゥラの全身に付着した血や羊水を素早く拭い去っていく。
「マロたち、拭き終わったところから乾いた毛布で包んでゴシゴシ擦ってくれ。体温を上げさせるんだ」
「「「はいですっ!!」」」
お湯の温もりと毛布の摩擦で、仔ガドゥラの身体にじわっと温かみが戻ってくる。ガガはゆっくりと起き上がると、綺麗になった我が子を愛おしそうに大きな舌で舐め始めた。
それに応えるように、仔ガドゥラが立ち上がろうとする素振りを見せる。プルプルと身体を震わせながらも、八本の脚をハの字に開いて必死に踏ん張っていた。
(あとは初乳が飲めればひとまず安心だが……早産の分、骨や筋力がまだ未成熟だな)
立ち上がろうとしては何度も膝を折る仔ガドゥラを見て、俺はその小さな胴体を下からそっと持ち上げた。ジルヴァも無言で反対側から腕を差し入れ、二人がかりでガガのお腹の下へと誘導する。
俺が仔の小さな口をガガの乳首へ導いてやると、仔ガドゥラはチュクチュクと音を立てて吸い付き、懸命に初乳を飲み始めた――。
「……乳を飲んでる」
「死んで産まれたガドゥラの仔が……生き返った……!」
息を呑んで見守っていた厩務係たちが次々と呟き、張り詰めていた空気が一気に解けて、大きな安堵の溜息と歓声が獣房を満たしていく。
(いや、死んでねぇ。仮死状態だっただけだ。……しかしヴェルデ語でどう説明すりゃいいんだ、これ)
奇跡を目撃したかのように騒ぎ立てる周囲に俺が一人で頭を悩ませていると、ハッと我に返った妙齢の厩務係が、慌てたように俺たちの前へ進み出て深く頭を垂れた。
「……陛下! あとは我々が引き継ぎます! グレン様も、どうか汚れた衣服と身体をお清めください」
俺は言われるがまま、妙齢の厩務係にガガの仔を任せ、血と羊水で汚れた手を隊服のズボンでぬぐいながらジルヴァと共に後ろへと下がった。
「早産の影響でしばらくは自力で乳を飲むのも補助が必要だ。仔が乳を欲しがったら、その都度手を貸してやってくれ」
「はい、承知いたしました。……本当に、ありがとうございます!」
深々と頭を下げて仔ガドゥラのもとへ向かう若い厩務係を見送り、俺は大きく息を吐き出した。
するとジルヴァが俺に向き直り、乾いた血と羊水がこびりついたままの俺の手を、己の大きな両手で包み込むように握ってきた。
「グレン。俺からも礼を述べさせてくれ。……ガガの仔を救ってくれたこと、心から感謝する」
真っ直ぐに面と向かってそう告げられ、俺は途端にむず痒くなって、ジルヴァの手を振り払うようにパッと解いた。
「あー、もう、よせって。運がよかっただけだ」
そっぽを向いて手を払った俺を見て、ジルヴァは喉の奥を鳴らして苦笑した。
ふと足元に視線を落とすと、いつの間にか毛玉三姉妹が揃ってにまにまと嬉しそうな顔でこちらを見上げていた。
そして、俺の頭上の少し上から、慈愛に満ちたポコの眼差しが突き刺さる。
「……っおい! お前らまで何ニヤニヤ見てんだよ! ほら、散った散った!」
余計に顔が熱くなった俺は、照れ隠しに毛玉たちの柔らかい頭をまとめてガシガシと撫で回した。マロたちは嬉しそうに声を上げ、中庭のほうに逃げていく。
そんな俺たちのやり取りを、ジルヴァとポコが可笑しそうに眺めていた。
***
その日の日が暮れたあと。
二つの月明かりで異様に明るい中庭を通り抜け、俺は再び護衛のポコを伴い、ジルヴァと共に厩舎を訪れていた。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返った厩舎の奥では、母乳に食らいつく仔ガドゥラの姿があった。
厩務係の話では、あの後何度か世話をする獣人の手を借りて授乳させていたようだが、夕方には己の足で立ち上がり、勢いよく乳を飲んでいたそうだ。
ガガは俺の姿を視界に収めると、喉の奥でグルルと低く優しく鼻を鳴らした。
そして、仔ガドゥラに授乳中だったにもかかわらず、ゆっくりとこちらに歩み寄り柵越しに大きな頭部をぬっと伸ばした。
俺の頭に自分の顎を預け、硬い上唇で髪の毛を「はむ……はむ……」と甘噛みするように食んでくる。
「あ、おいっ、髪を食うな! ハゲるだろ!」
俺が抗議しつつも鼻筋を撫でてやると、ガガはフスッと息を吐き出し、右前脚の二本で地面をトントンと前掻きした。
「“もっと撫でろ”……だそうだ」
隣で腕を組んでいたジルヴァがガガの意図を代弁し、可笑しそうに鼻で笑う。俺はなんだそりゃと呆れながらも、要望通りガガの首筋を撫でてやった。
「……いいか? 次からはもう無茶すんなよ。今回はたまたま上手くいっただけなんだからな? ちゃんと王様の言うことは聞け。いいな?」
俺がそう言い含めると、ガガは分かっているのかいないのか、大きな鼻息を一つ吐き出してからゆっくりと背を向け、いつの間にか藁の中で眠っていた我が子の元へと戻っていく。
それを見送っていたジルヴァが、不満げに眉間を寄せてポツリと呟いた。
「“善処しよう”……だと。まったく、なぜ俺の言うことは聞かんのに、グレンの言うことは素直に聞くのだ?」
「さぁな? ガガも俺のこと同じメスだと勘違いしてるんじゃねぇの? 同性からの助言には素直に聞き入れるタイプなんだろ。――知らんけど」
適当にそう答えると、ジルヴァはどこか納得のいってないようなしかめっ面で唸った。
そこへ、一連のやりとりを黙して聞いていたポコが、何故か神妙な面持ちで口を開いた。
「あの……、王妃殿下は女性ではないのですか……?」
「……は?」
俺は一瞬固まり、そしてこのデジャヴ感に盛大に頭を抱えた。
そうだ、こいつら獣人にとっちゃ、人間の男女の見た目の差なんて曖昧な上、俺から漂うオメガの匂いはどう頑張っても『雌』のそれに分類されるのだ。
「グレンは一応男だが、人間では珍しい雌雄同体らしい」
「左様ですか!? ではどちらにせよ、いずれよい母親になられるということですね」
(おい、なんでそうなる)
「だー! 鳥肌が立つからやめろっての! 言っとくがな、俺はガキの面倒を朝から晩まで見るなんざごめんだからな!」
腕を擦りながら吐き捨てるも、ガガの一件も手伝って、俺はポコの中で完全に“ツンデレなお母さん枠”に収まってしまったらしい。
温かい眼差しを向けてくるポコと、隣で可笑しそうに頷くジルヴァに挟まれ、俺は苦虫を噛み潰したような顔で盛大なため息を吐いた。
――そして後日。
ジルヴァから仔ガドゥラの名付けを頼まれ、俺が適当に「ファムートでいいんじゃね?」と答えたせいで、この死産騒動が『異星から来た、元連合軍のお妃様は、前王の魂をガドゥラの仔に宿した』という尾ひれのつきまくった噂となり、王都中に爆風の如く駆け巡ることになるとは――この時の俺は知る由もなかった。
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