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第7話 美味しいコンソメに溶ける涙
タクシーを拾い店へと向かう。
陽当たりの良い窓際の席に蓮水さんを座らせ、松葉杖を壁に立てかけた。
運ばれてきたのは、黄金色のスープ。
温かい湯気が、蓮水さんの表情をふんわりと解いていく。
「……あ、うま……」
彼がスプーン一杯のスープを口に運んで、思わず素の声が漏れる。
たったそれだけのことが、プレゼンの成功を上司に称えられた時よりも、ずっと深い達成感を俺に与えた。
「でしょ?俺、ここのスープ、好きなんですよね」
俺は自分のサンドイッチを頬張りながら、彼が二口目、三口目のスープを口にするのを、視界の端で静かに見守っていた。
温かいものが胃に落ちれば、人は少しだけ生気を取り戻す。
そう信じていた。
——でも。
不意に、スプーンを持つ蓮水さんの手が止まった。
「あ……」
小さな、こぼれ落ちるような声。
見ると、スープの表面に、波紋が一つ、二つと広がっていく。
彼の目から溢れた雫が、音もなくスープの中に消えていった。
ずっ。
短く鼻をすする音が聞こえ、俺は食べる手を止めた。
きっとこのスープの温かさが、隣に、あるいは向かいに座っていたはずの人との記憶を呼び覚ましてしまったのだろう。
昨日までの寒さと空腹の中では、ちゃんと悲しむ余裕さえなかったのかもしれない。
俺は無言のまま、ジャケットの内ポケットからハンカチを取り出し、テーブル越しに差し出した。
「……すみませ……ごめ、なさ……」
「……謝らないでください」
蓮水さんはおずおずとハンカチを受け取り、顔を伏せて声を殺して泣き始めた。
陽当たりの良いお洒落なカフェ。
窓際の特等席。
スーツを着た男が、カジュアルな格好で足にギプスを巻いた端正な顔立ちの男を泣かせている。
周囲の客たちの、好奇と同情が混ざったような視線が刺さるのがわかった。
それでも今の俺には、そんな誤解を解くことよりも、目の前で崩れそうなこの人をどう支えるかの方が重要だった。
「……ゆっくりでいいですから。涙、出し切ってくださいね」
俺はあえて視線を外し、コーヒーに口をつけた。
周囲には冷徹な男に見えているかもしれない。
それでもテーブルの下では、俺の指先が、彼を今すぐ抱きしめて慰めたいという衝動を抑えるために、強く自分の膝を掴んでいた。
しばらくしてようやく呼吸を整えた蓮水さんが、赤く腫らした目で俺を見上げた。
「ごめんなさい……桐嶋さん……ほんとに……ハンカチ、洗って返します」
手元のハンカチは、涙と鼻水ですっかり湿って、くしゃりと丸められている。
それを申し訳なさそうに握りしめる彼に、俺は小さく首を振った。
「大丈夫ですよ……悲しい時は、どん底まで悲しめばいい」
ふ、と自分の言葉に自嘲気味な笑みが漏れた。
「昨日は蓮水さんを奮い立たせるために、『旦那さんはそんな姿見たくないはずだ』なんて言いましたけど……そんなの、俺が勝手に決めることじゃないですから。泣きたい時は、泣けばいいと思います」
「……ありがとうございます……」
会計を済ませ、マンションへと向かう。
エントランスに到着し、コンシェルジュの「おかえりなさいませ」という丁寧な挨拶を受け流し、俺はタクシーから降りる蓮水さんの脇を支えた。
「……さすがに、松葉杖にはまだ慣れませんか?」
片手に二本まとめて松葉杖を持ち、もう片方の手で彼の腰を抱くようにして支える。
エレベーターまでの短い距離、蓮水さんの体は、時折不安定に俺の方へと傾いた。
「……はい……すみません、甘えっぱなしで……重いですよね」
「いいんです。俺が勝手にやってることですから」
エレベーターに乗り込み、密室になった空間で、俺は彼の肩を抱いたまま位置を微調整した。
彼の体温や微かに震える指先が、鮮明に俺の掌に伝わってくる。
「……あ」
エレベーターが動き出した衝撃で少しよろけた蓮水さんを、俺は咄嗟に引き寄せた。
彼の柔らかな髪が、俺の顎のあたりに触れる。
「……っ、ありがとうございます……」
「……いえ。部屋に着くまで、ちゃんと捕まっててください」
そう言われて俺のシャツの裾をぎゅっと掴む彼の指先が、昨日よりも俺を信頼してくれている証みたいな気がして。
なぜか心がふわりと温かくなった。
「じゃあ、俺は一度自分の部屋に戻ります。……また何かあったら、すぐに呼んでください」
玄関でそう告げると、蓮水さんは「本当にありがとうございました」と頭を下げた。
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