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第14話 生きたライムのパイ

そして夏を迎える。 「桐嶋さん、見てください」 バルコニーに呼ばれて外へ出る。 「これ」 蓮水さんが指差した先。 濃い緑の葉の陰に、爪の先ほどの小さな丸い実がひとつだけ隠れていた。 「……おぉ」 「花が落ちたから終わりだと思ってたんですけど」 指先で触れるのも怖いみたいに、蓮水さんが少しだけ笑う。 「ちゃんと、生きてたんですね」 長くて少しぼさぼさになっていた蓮水さんの髪は染め直され、手入れされ、隣人の俺が言うのも何だが随分と可愛らしくなっている。 俺はまだ隣人というカテゴリで良いのだろうか、と思うが、そこに特別な名前はきっと不要なんだろう。 秋になる頃には蓮水さんも、元通りとまでは言わなくても随分元気、と言えるまでになった。 蓮水さんはライムの実を数える事を日課みたいにしていた。 「七つ」 「昨日まで六つじゃなかったです?」 「まだ増えてるんです。ほら、葉っぱの裏」 少しだけ、旦那さんとの思い出が話せるようになってきた蓮水さんが、旦那さんの好物がキーライムパイだったこと、このライムで蓮水さんがライムのパイを作ることを楽しみにしていた事を教えてくれた。 本当に、あの時にライムを見捨てなくて良かった。 ありがとう、俺のお節介。 収穫した七つのライムのうち、一つを骨箱の前に置いて、蓮水さんが笑う。 「やっと実がなったよ」 随分穏やかで、俺に見せない笑顔を向けられる骨箱に、少しだけ嫉妬してしまうのは秘密だ。 それから蓮水さんは残った六つのライムで小さなライムパイを作った。 出来上がった一切れを骨箱の前に置いたその日、久しぶりに蓮水さんは涙を流した。 「おいしくできてるといいな……」 「君に食べて、ほしかったよ」 そう言って小さく震える肩を、背中を、俺は静かに撫でた。 蓮水さんは頭を小さく俺に預けて、静かに、静かに泣き続けた。 「そう言えば俺、ライムのパイって食べたことないな」 改めて目の前に出されたケーキを見つめる。 蓮水さんの手料理はこの1年近くで随分食べてきた。 そのどれもが美味しくて、蓮水さんが出してくれるものに間違いは無いと信頼しきっているけれど。 「……すっぱ……」 先に食べた蓮水さんが思わず顔をしかめる。 「え、嘘でしょ。作った本人が?」 「だって、市販のライム使ったことしかなくて……こんなに酸っぱいと思わな……すっぱ……」 俺も恐る恐る一口食べる。 「……うん」 「……うん?」 「思ったより攻撃力が高い」 「攻撃力……?」 蓮水さんが目を丸くする。 レモンの爽やかな酸味とは違う、鋭い酸っぱさ。 「……苦手なら無理しないでくださいね」 そう言って蓮水さんは心配そうに眉を寄せるけど、ここで食べないと俺の中の俺がきっと許さない。 「クエン酸は、疲労回復に良いらしいですね」 「桐嶋さんってたまに面白い事言いますよね」 骨箱の旦那さんは、これが、好きなのか……。 「来年は、もう少しお砂糖を増やしますね」 そう言って蓮水さんは骨箱を見て幸せそうに笑った。 俺、このパイ、苦手かもしれない。

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