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第2話
『明紅、仕事だ』
頭の中に響いた声に、明紅 は目を開けた。
座禅を組んでいた足をゆるめ、腕を天井へとぐっと伸ばすと、その声に念言術を使って返事をした。
『今行くよ』
念言術は妖怪たちの中でも使えるものは数少ない。神に近い存在、もしくは神になった妖怪のみ使うことができる。
神通力を得た妖怪が使えるもののひとつで、遠い場所にいる相手に言葉を伝えることのできるのだ。
明紅は立ち上がると、言葉を届けた清陽 の元へと向かった。
清陽は、明紅の曾祖父だ。そして、妖狐の中で一番に天狐になり、神として認められた存在でもある。
数千年前に神になった清陽は今も毎日忙しく過ごしている。明紅はそんな清陽の右腕として働いていた。
清陽の執務室は明紅の居た建物とは違う建物にある。同じ敷地内に明紅の執務室兼住居と、清陽の執務室の建物、住居の建物があるのだが、あまりにも広いので歩くのをさぼりたくなる。
建物と建物を繋ぐ通路を通り、清陽の執務室のある部屋にやってくると、部屋の前で「明紅です」と名乗った。
「入っておいで」
優しい声色が明紅を呼ぶ。その声で日向ぼっこをしているときの暖かさが心の中に広がっていくのを感じる。
扉を開けると、一人の青年が机に向かって座っていた。明紅と同じ白髪で、同じように髪の毛を後ろに結んでいる。その青年が数千年の時を生きる清陽だった。
「どんな仕事?」
「月沈国からの祈祷があった」
「珍しいね。あの国、神像壊したんじゃなかった?」
月沈国はおおよそ2500年前に建国された国で、王朝が3回変わりながらも続いている。
しかし、前の王朝で建てられた天狐像も今の王朝がたった際にすべて壊され、この国からの祈祷はなくなったのだ。
「今回の件で壊されていないことが分かったんだ。どうしてだか分からないのだけれど、祈祷があったのは後宮なんだよ」
「後宮なんて、皇帝の庭でしょ? なんでそんな場所にあるものを取り壊さなかったんだろう」
「それは初代に聞いてみないと分からないけれど、聞くことは不可能だ。一生分からないよ。あいつに聞けば……まあ、分からなくもないけれど」
清陽が「あいつ」呼ばわりする存在は一人しかいない。
悪鬼王だ。
この空間、妖鬼界はその名の通り妖怪と鬼の世界なのだが、もともとは妖怪と鬼が絶えず縄張り争いをしていた場所だった。
しかし、その争いをやめさせたのが天狐さまこと、この清陽だった。清陽は神としても崇めたられているが、主にこの世界の神にふさわしい人物だからだ。
悪鬼王はその真逆にいると言ってもいい。明紅からすればお関わりにもなりたくないのだが、清陽は定期的にそいつを招いて悪鬼王と酒を交わして時々一緒に遊びにでかけるほどの親しい間柄だ。それが明紅には理解できなかった。
「悪鬼王なんて関わりたくもない」
「そんなこと言わないであげて。いいやつだよ。悪い奴でもあるけれど」
「どっちだよ」と思わずツッコミを入れてしまった。
明紅のツッコミに、清陽はくすくす、と楽しそうに笑う。明紅は咳ばらいをして、「仕事の内容を聞かせてください」と改まった。
「うん。今回の祈祷は『月沈国の皇帝を殺してほしい』と言う内容だった」
「それでこそ悪鬼王にふさわしい祈祷じゃない? なんでうちに殺しの祈祷をするのかな」
「悪鬼王は無理だ」
「……だからって僕に人殺しをさせるの?」
「裴一族の皇帝は人として扱わなくていい。殺しても構わない」
「どういうこと?」
「今は分からずとも、そのうち分かる。すぐ聞かず、自分で悩み、考え、答えを導きなさい」
「……わかったよ」
少なくとも「人として扱わなくていい」ということは、純粋な善良の人間ではないということになる。しかし、善良の人間なんて今のご時世そうそういない。
「殺してもいいって言っても、どうしろって? 後宮の妃にでも化けようか?」
「はははっ、それはいいね! そうしよう!」
楽しそうに笑った清陽に思わずぎょっとした。冗談で言ったはずの案が現実になろうとしている。
「いやいや、冗談だよ。冗談」
「でも、それ以外に案がないのであれば、それでいくしかないよ」
「うーん……」
「この仕事は紅陽 、君の仕事だ。すべて任せる」
紅陽と言われると、背筋を伸ばして拱手をせざる負えなくなる。
明紅 が名前ではあるが、紅陽 は字 だ。
名前で呼べる人物から字 で呼ばれると、大人として、仕事として関わっているぞという合図になるような感覚があった。
「分かりました」
明紅は深く頭を下げて拱手をすると、資料だけを受け取り執務室をあとにした。
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