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第3話

それからしばらくして、進級おめでとうテストが行われた。特に問題なくそのテストを終えたその日、リュートの席の前にはティルがいた。 妖退治の話を生徒会室でして以来、ティルとの距離が縮まって、リュートの世界は色を変えた。鮮やかに、華やかに。 「どうしたの?」 「いや、さっきのテスト、わかんねぇやつあったから聞こうと思って」 「いいよ、どれ?」 「数学のこれなんだけどーー」 ティルが問題用紙をリュートの机に広げ、ここが、と言っているのを聞きながら、リュートはずっと感じていた視線に気を向ける。 ティルが所属していた不良集団。 テストが終わって、ティルがこちらに向かってくるときから、じっとリュートを見ていた。明確に敵意を乗せて。 (……困ったなぁ) 職員室で聞いたのは、件の不良集団が駅前で他校の生徒と喧嘩になり、こちらの生徒にかなりの怪我人が出たという話だ。確かに彼らの中に痛々しく包帯やガーゼをしている生徒もいる。 (ティルがいないからって狙われてるのもあるんだろうな) これまで常勝無敗だったティルが集団からいなくなったということで、この学校の不良集団にお礼参りしたい奴がそれなりにいたということだ。ティルがその辺の影響をどう考えているのか気になる所だが、今はティルの疑問に答えることが―― 「聞いてんのか?」 上の空だったように見えたらしい。ごめん、と謝って、ティルの話を聞き、問題の解説をする。 「ここの解き方なんだが、公式は」 「教科書に書いてあるこれを使えば大丈夫だよ」 「成程、助かった」 ティルが、ふわっとリュートの頭に手をおいて、ぽん、と一度軽く叩く。ぽかんとそれを受け止めると、ん?と首を傾げるティル。この人、こういうこと自然にやっちゃう人なんだなぁと思う。 「ティル、あのさ」 リュートが言うと、何だ?とティルが問い返す。 「聞きたいことがあって」 「お前もか?いいよ、何でも聞いてくれ――と言いたいとこだが、終礼も終わってるし、帰ろうぜ。お前んち中央区だろ?俺んち左区だから送っていくよ」 「え?いいよ」 「いいから送らせろ。な?で、帰り道にパフェでも食ってこうぜ」 「いいけど」 「じゃ、鞄取ってくっから」 ティルが自席に戻っていく。今日は元々生徒会活動はなかったし、まあいいかと思いながら鞄を手に持つ。そのままティルの席に向かって、彼の準備を待つ。 「よっしゃ!行こうぜ」 二人で教室を出て、グラウンドを横切っていく。校門を抜けた所で、ティルが言った。 「で?何を聞きたいんだ?」 ぱちぱちと数度瞬きをして、リュートは言った。 「前まで仲良くしていたお友達のことなんだけど」 そう言うと、ティルはつまらなそうに、ああ、と応じた。 「随分俺やティルのことを気にしているみたいだから。それに、他校から結構狙われてるみたいで苦労してるってことだし……ティルがどう思ってるのかなって」 「そういうことか」 ティルはリュックを片方の肩に背負い直して、もう片方の手はポケットに突っ込んで、空を仰いだ。 「ま、気にはしてるよ。ずっとつるんでたしな。向こうも俺が急に抜けて色々あるのも察してる。が、戻る気はないし、自立してくれって感じだ」 「自立?」 「集まるのも、喧嘩も、遊ぶのも、全部俺が起点だったしな。多分あいつら、今日遊ぶ場所選ぶのにも困ってると思うぜ」 「そうなの?」 思った以上の影響力だ。確かにティルは太陽のような人だから、その周囲を銀河系の星のようにぐるぐる回るのも仕方がないのかもしれないが。遊ぶ場所くらいは決められたほうがいいのではないかなと思う。 しかしそれで合点がいった。あの敵意の視線は、ティルを返せという視線だ。親鳥を失った雛が、ぴよぴよと空に向かって鳴くように。 「お前が気にすることないぞ」 「え?」 「あいつらリュートを逆恨みしてるからな。いずれろくでもないことになるかもしれないって、俺も警戒してるんだ。何かあったら言えよ」 ティルの気遣わしげな視線が、リュートの瞳を射抜く。困ったな、もし襲われても無傷で制圧できるんだけど、と身も蓋もないことを考えながら、リュートはありがとう、と返した。 目的地のパフェの店が見えてきた。可愛らしい外観で、凡そ男二人で入るような店ではない。本当に入るんだろうかと思っていると、ティルが躊躇いなく店に入っていく。本気?と思いながら後をついていくと、思った通り、店内は若い女性しかいなかった。居心地は最悪だ。 「おや、坊っちゃん」 「おう、繁盛してっか?」 ティルが店長という名札をつけた男性と会話を始める。 「お陰様で。ノイズシュタインの出資とアドバイスには助かりました」 「大したことしてねぇよ。今日はダチとパフェ食いに来たんだ。いいか?」 「どうぞどうぞ、奥の席が空いていますから、そちらへ」 勧められるままに着席し、可愛いピンク色の台紙に書かれたメニューを眺める。それから、店内の女性客など気にもしてなさそうなティルを窺い見る。 「どうした?」 「いや……居心地悪くないの?」 「まあもともとコンセプトはインスタ映え狙いの女性客を捕まえるだったしな。店がこうなるのは当然だ」 リュートはそこで、はたと気づく。 「このお店、ティルがプロデュースしてるの?」 「まあな。親父の後を継ぐ練習に、この店もらった」 はあ、とリュートは感嘆の息を漏らす。 まだ高校生でありながら、商売の道を確実に進み、実際に店を繁盛させている。これはすごいことだ。 「いつ勉強してるの?いつも俺の次に順位つけてるよね?」 「し……知ってんのか!?」 何故か心底驚いているティルに首を傾げ、リュートは言った。 「知ってるよ。いつも名前が並んでいるもの」 「そう、か……お前、俺のこと知ってんだな」 「そんな驚く?」 ティルの中の自分は、どんなふうに見えているのだろうか。今度聞いてみよう。今はとにかくパフェを選ばなければ。 だがメニュー表を見て、絶望的な気持ちになる。 インスタ映えを狙っているメニューなので、果物が多いのだが、生クリームも多い。こんもり盛ってクマやうさぎの形にしてあるものもある。そして、リュートは甘い食べ物が苦手だった。全くだめな訳ではない。母の焼くオレンジピールの砂糖控えめのパウンドケーキや、柑橘の苦みを活かしたマーマレードは大好きだ。だが逆に言うとそこが耐えられる限界値でもある。メニュー表のこれらはどう考えても限界突破している。 「どうした?」 困り果てて固まっているリュートに気づいたのか、ティルが問いかけてくる。どうしよう、せっかく連れてきてもらったのに何も頼まないのは駄目だ。でも頼んで残すようなことは絶対にできない。ぐるぐると頭を悩ませていると、ティルが言った。 「……パフェ、嫌いか?」 「違う!違うんだ、その……」 「嫌いっつーか苦手?」 「……はい、すみません」 結局正直に白状する。どういうことか続けて尋ねられたので、自分の嗜好を話す。すると、成程な、と顎に手をやって、ティルは何かを考える。 「おーい、店長!」 ティルが声をかけると、奥から先程の男性が出てくる。 「どうしました坊っちゃん」 「おう、こいつが砂糖の多いパフェ苦手なんだと。何とかできねぇか?」 「そんな!悪いよ!」 リュートが止めるのも待たずに、店長はうーん、と考え出し、 「オレンジのパフェの生クリームを変えてみましょうか。で、香ばしいクランブルとスポンジ、オレンジを中心に生クリーム少なめで」 「いいな、それ頼むわ。俺はストロベリーパフェな」 「お任せ下さい!」 店長が小走りに去っていく。それを見送って、リュートはおずおずとティルに言った。 「……本当に悪いよ。俺だけのために」 「気にすんな。こういうオーダーメイドパフェみたいなのも、メニューに載せるのありかもなと思って」 「そうなの?」 「もちろん予約制だけどな。頑張った自分へのご褒美パフェ、誕生日パフェ、なんだって応用してもらえる。で、自分専用の映えるパフェを競ってインスタに載せる。対抗心を煽られてまたオーダーメイドする、良い循環だろ?」 にや、と笑うティル。この短時間でそこまで考えたのか、と素直に感心する。やっぱりティルは商売の人間なんだな、と、何故だか自分で誇らしくなってしまう。 「ティルはすごいね」 「そうか?でも親父はもっとすごいしな。追いつけるかどうか、自分自身ひやひやしてんだ」 ふふ、とリュートは笑う。ティルも笑みを零して、そうしている間にパフェが運ばれてきた。店長が、ごゆっくり、と言いながら立ち去る。 ティルは生クリームたっぷりのストロベリーパフェを早速口に運ぶ。リュートも、そっとパフェ用のスプーンを生クリームに差し込んで、口に入れる。 「!」 「どうだ?」 「甘くない!」 そう。どちらかと言うと生クリームのコクが活かされていて食べやすい。パフェ全体を見ても生クリームより具材の方が多い。これなら食べられそうだ。 「お前の嬉しそうな顔、初めて見たよ」 ティルがそう言って、苺を口に入れる。確かに学校ではずっと表情を崩さないようにしているから、笑ったりすることは少ない。別に表情に出てもいいとは思うのだが、何となく、緊張が解けなくて。 (……表情が出てるってことは、緊張してないってことか) 自分の内心のことなのに、まるで他人事のように理解する。そうか、俺はティルの前では緊張していない。これが友達ってことか、と改めて感動が胸に去来する。 「お前って何か、すん、ってしてるしな」 「すん?」 「そう。すましてるというでもなく、馬鹿にしてるということでもなく。すん」 「そんなつもりはないけどなぁ」 パフェを掘り進め、スポンジが出てくる。オレンジの切り身と合わせて口に入れつつ、もう少し笑ったほうがいいのだろうかと考える。無愛想な生徒会長なんて、生徒も嫌だろうし。そう思ってそれをティルに言うと、彼は、あー……、と意味のない音を伸ばして、それから言った。 「いや、今まで通りでいいんじゃね?」 「何で?愛想が良いほうがよくない?」 「お前、自分が愛想良くなったときの破壊力考えたことあるか?下駄箱の手紙がまた増えるぞ」 「何で俺の下駄箱のこと知ってるの」 「蓋から溢れてるしな。嫌でも見えるよ」 「そっかぁ……じゃあやめておくよ」 こうしてあっさり愛想よくしよう計画は終わった。下駄箱のお手紙が増えるのは困る。ちなみに頂いたお手紙は、紙袋に入れて自宅に持ち帰っている。自宅で一通り見て……見るだけ。全部にお返事することはできないから。そのまま一旦部屋のクローゼットに押し込む。そろそろ容量も限界なので、これ以上増やすのは本当に駄目なのだ。なお。父と母からは供養に持っていった方がいいと言われている。 そんなことを考えているうちに、パフェの底に辿り着く。香ばしく焼かれたクランブルの最後の一個を口に入れた。 「俺、初めてパフェを最後まで食べられたよ」 「マジか。快挙だな」 「うん、ありがとう、ティル」 「……おう、気にすんな」 言いつつ、つい、と視線を逸らすティル。何だろうと思いつつも、会計済ますぞ、と立ち上がられてしまったので、それを聞くことはできなかった。 ばらばらに会計をして、店を出る。 「この後どうする?帰るか?」 「え?」 「いや、放課後なんて自由時間だろ。お前普段何してんだよ」 「……」 そう言われて、少し考える。主神様から妖が出たと言われなければ、図書室で勉強してるか、さっさと家に帰って愛猫のノアをもふって、それから勉強するか……勉強しかしていない、と愕然とする。 リュートの様子を見て何を思ったのか、ティルはリュートの左手を取って、歩き出した。 「どこへ?」 「桜でも見に行こうぜ。まだ咲いてるだろ」 「でも、」 「でももくそもあるか?嫌なら無理にとはいわねぇけど」 ぴた、と立ち止まったティルに合わせて、リュートも立ち止まる。そして、繋がれた手首を見る。 (たまには、いいのかな) リュートはするりとティルの手を解いて、ぎゅ、と手を繋ぎ直す。驚いたように瞬きするティルに薄く微笑んだ。 「行こう」 「……おう」 誰かと手を繋いで歩くなんて、もう久しくしていない。高揚する感情を胸に秘めたまま、リュートは先を歩くティルの背中に、ありがと、と呟いた。

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