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第4話
「えー。五月に修学旅行で西の古都に行きます。班決めと観光ルートを――」
教師が言うのを聞きながら、そうか。そんな行事もあったなとリュートは思った。すると学校では滅多に起動しない主神が、脳内で語りかけてくる。
『西の古都では妖も出ないでしょう』
(そうですか?寧ろ本場って感じしますけど)
脳内で応じると、主神は違うのです、と言った。
『この現象はこの土地を由来にして起こるもの――つまり、リュートは何も気にせず修学旅行を楽しめばいいということです』
(この土地に由来して起こる?)
その一点が引っかかって主神に問い返すと、主神の起動が終わる気配がした。今はまだその辺りの話をするつもりはないらしい。
しかしよく考えてみれば不思議な話だ。妖は、この学校周辺にしか出ない。二駅離れた場所にも出るが、校区内である。リュートが妖退治なんてやっていることに、何かが繋がっているのかも、とそこまで考えた所で教室を改めて見ると、生徒たちが立ち上がってがやがやとやっている。ああ、班決めか。
それを少し、心だけは遠巻きに眺める。誰かと同じ班になるのなら――ティルがいいかも、と思うのだが、彼の周りには既に人が集まっている。先般の不良も、それ以外も。「お前らととか、マジ勘弁な」と苦笑いしているが、ティルはどうするつもりなんだろう。
「アルトフェルト、決まったのか?」
教師が声をかけてくる。生徒会長を務めるリュートが実はこういう場面で人を選べないのを知っているので、心配してくれているのだろう。リュートは困ったように小さく唇で弧を描き、まだ、と呟いた。教師は困ったなぁ、と言いながら、教室を見回す。
「俺、自分で探します」
「そうかぁ?」
リュートは教師に目礼して、席を立つ。一歩、二歩と前に進むと、教室がしん、と静まり返る。そして始まる、小声のやりとり。こういう空気、苦手なんだよなと思う。嫌われているわけではないのだが、積極的に一緒にはならないという微妙な距離感。
戸惑いがちに視線を下に落とす。すると、
「リュート」
頭上から、声がした。はっと顔を上げると、そこにはティルが立っていた。
「何だよ、お前もまだ決まってねぇのか?」
「……うん」
「俺もまだなんだよ。あぶれもん同士、一緒になろうぜ」
「あ……」
「せんせー。俺アルトフェルトと組むんで」
とんとんと話が進んでいく。停滞していた教室内も、また会話が蘇る。ぽかん、としていると、ティルがリュートの頭にぽん、と手を置いた。
「俺、お前以外と組む気なかったから」
「……俺も」
「そっか。同じだな」
ティルと視線を合わせる。ありがとう、と告げると、気にすんな、と笑われた。
ふと別の視線を感じてそちらを見ると、不良集団の視線がリュートに向いていた。ティルは人気者だなと再確認しつつ、俺なんかでよかったのだろうかと考えてしまう。
(でも、俺以外と組む気なかったって)
彼が、そう言ったから。そしてリュート自身も、彼を選んだから。これで、いい。
中間テストが始まった。これを越えると修学旅行である。結局リュートの班は、ティルと、何だかティルとリュートをやたらと二人で置いておきたがる二人の女子生徒。班別学習の相談のときも「私たちは別の場所に行くので!」「お二人で仲良く!」とよくわからないことを言ってきた。すると本当に別ルートを組みだしたので、まあ、いいか。とティルと二人で行先を決める。観光雑誌を眺めながら、昼食はどこにしようかとか、お土産はどこで買うとか、観光地はどこに行こうかとか、額を突き合わせて相談するのは楽しかった。
中間テストのことは全く問題ない。いつもどおり満点だろう。そんな感じで、いつもどおりの時間が過ぎていき――
「修学旅行の準備しね?」
「準備?」
帰ろうと鞄を手に持った所で、ティルが話しかけてきた。彼もリュックを肩にかけて帰るように見えるのだが、何をしようと言うのだろうか。怪訝に思いながら彼を見上げると、ティルはに、っと笑った。
「修学旅行の服とかそういうの。持ってんならいいけど」
「服かー……」
ふと自分のクローゼットを思い出す。衣類に興味がないので、割とくたびれたTシャツや折れ目がなくなったパンツしかない気がする。
それをティルに告げると、明るかった彼の顔がみるみる険しくなっていく。最終的に眉根を寄せて、お前、と低く言った。
「普段服どこで買ってんだよ」
「え?量販店」
「五聖家なのに!?百貨店のブランドじゃねぇの!?」
「うちの近くにあるから」
「嘘だろ……」
呆気に取られたとはこの表情を言うのではないだろうか。リュートが面白く思いながらくすくすと笑うと、ティルは、笑いごとじゃねぇよ、と言ってリュートの手を取った。引っ張られたので慌てて席から立ち上がり、歩き出したティルについていく。
「どこ行くの?」
「百貨店。電車で一駅だからすぐ着くだろ。外商呼ぶから、ゆっくり服選ぼうぜ」
「ティルって本当にお金持ちの家なんだね」
「お前が言うなよ!?」
「うちは変な肩書があるだけで普通の家だから」
「普通じゃねぇよ……」
何故かがっくりと肩を落とすティルに小さく首を傾げつつ、リュートは少しだけ走ってティルの横に並ぶ。繋いだ手が丁度真横に来る。ん?とティルが見下ろしてきたので、何でもない、と薄っすらと微笑んだ。
電車で切符を買う。リュートは学校まで歩きで来るし、普段公共交通には乗らない。ICカードがあるのは知っているのだが、実はどんなものなのか知らない。ティルはICカードを持っているようで、ちまちまと切符を買うリュートを呆れたように見ていた。
「今時切符買うか?」
「IC持ってないし」
「お前んちだけ時代に置いて行かれてるのか?」
「父さんの定期はICだから、多分大丈夫だよ」
「違う。そう言う意味じゃねぇ」
言いながら、二人で改札を潜る。自動改札に切符を吸い込ませて、取り出して。リュートはティルの横を歩く。ふと気になったので、リュートはティルに言った。
「手、もういいの?」
「は?」
「ずっと繋いでたから」
「っ、いや、意味は……」
言葉に詰まって、言葉を彷徨わせ、ティルが視線を泳がせる。そんなにならなくても、と思いつつ、リュートはティルの大きな手に、そっと指先を添えた。
「ティルの手は大きいね」
「そうか?大きくても、音楽の授業のときとか、結構不便だぞ。リコーダーが小さすぎる」
「確かにそうかもね」
大きな体でこぢんまりリコーダーを吹いているところを想像して、リュートは、ふっと笑ってしまう。すると触っていた手が離れていって、そのままぽん、と頭に置かれた。あ。まただ。
「行こうぜ。電車が来る」
「うん」
気付けば駅舎を潜って直ぐの所で立ち止まっていた。他にお客さんがいないからよかったものの、結構迷惑だったかもしれないと、リュートは反省した。
そのまま百貨店のある街に向かうホームへ。二人で何となく無言で電車を待つ。駅員が一人しかいないほぼ無人駅のようなこの駅は、人が少なく、静かだ。だからなのか、風もよく通り抜ける。ふわ、っとリュートのリボンタイを揺らして去って行く。
生徒会長の証であるリボンタイ。たまに、俺も普通のネクタイがよかったななんて思うこともあるのだが、最近はすっかり馴染んできた。退任の暁にはリボンタイは貰えるそうなので、机の中にしまっておこうと思う。それは、確かな学生生活の思い出として。
ティルが来て、もっと賑やかになった。騒がしいともいえる。しかも妖退治まで手伝ってくれると言う。ダチだと呼んで、リュートを内側に招き入れてくれた。
横にある彼の顔を見上げる。高い上背、橙の瞳、夜のような黒髪、悪戯に揺らすその様は、まるで草原を渡る風のようで。
(……俺、見惚れてた?まさか)
首を横に振って、視線を戻す。電車は未だ来ない。手持無沙汰に鞄を握り直すと、ティルがリュートに言った。
「神様から連絡ねぇな」
「そんなに頻繁にあるわけじゃないんだ。閑散期みたいな感じ」
「そうなのか?にしても、何にも知らされねぇ妖退治なんざ、ほとんど詐欺みたいなもんだけどな」
「俺も今思えばそうだなってなるよ」
夕方の教室で有無を言わさず押し付けられた妖退治。目的も、ゴールも、何も知らない。卒業したら終わるものなのかすら謎だ。いずれそのことも主神に問い詰めなければいけないだろうか。
「次退治に呼ばれたら、ちゃんと俺のこと呼べよ。あ、LINE教えてなかったな」
「え?いいの?」
「いや、駄目なんか?」
「いや、俺なんかといいのかなって」
「今更何言ってんだ。ほら。交換すんぞ」
ティルがスマホを取り出してぽちぽちと操作する。リュートも慌てて自分のスマホを取り出してLINEを呼び出す。両親と祖父母、何かのキャンペーンで友達追加した公式アカウントくらいしかないリュートのLINE。ちら、とティルの画面を窺うと、たくさんの名前が並んでいた。やっぱりなぁ、とどこかしくしくと、胸が痛む気持ちになりながら、QRコードを見せる。さっさと手際よく操作を進めるティル。そして、リュートのスマホに一通の通知。
『よろしく』
たったその一行が、何に見えたと言うのだろうか。どきどきしながら、リュートはティルに言った。
「返事、していいの?」
「LINEだぞ?何言ってんだ」
「うん……そうだよね」
ぽちぽちと操作して、『こちらこそよろしく』と短く返信する。それをティルも確認して、スマホをポケットにしまった。
「これでよし」
「うん、教えてくれてありがとう」
「こんなことで大袈裟だろ。お、電車来たな」
リュートは慌ててスマホを鞄に入れて、入ってくる電車を眺める。金属の軋む音を立てながら電車が停まって、二人は乗り込む。昼間の時間帯だからか、人は少ない。長椅子の端っこにお婆さん、他の学校帰りの女子生徒、そのくらいしか乗っていない。
ややあって発車した電車に揺られながら、リュートはティルに話しかけた。
「俺、百貨店行くの初めてかも」
「嘘だろ」
「思い出してみたけど、行った記憶がないんだ。だからさ、ティル。二人で店を見て回りたい」
「あ?外商呼んでVIPルームで探した方が早いだろ」
「そうかもなんだけど……駄目かな?」
リュートがぱちくりと瞬きしてティルを見ると、彼は少したじろいで、視線をうろうろとさせて、それから言った。
「いいよ、お前がそうしたいなら付き合うよ」
「本当?ありがとう。百貨店ってどんなところか気になってたんだ」
「あ、そっちね……」
「ん?」
「何でもね」
つい、と顔を背けるティル。橙、見えなくなっちゃったな、なんて思うのはどうしてなのか。
電車が停まる。二人で並んで下りて、駅員に切符を渡して。駅舎を出ると目の前に百貨店があった。たまに車で通り過ぎたことがあるので、全く知らないわけではない。外観くらいなら一応わかる。
「じゃ、行くか」
「はーい」
信号が青に変わったのを慌てて走って渡って、二人は百貨店の入口に向かって歩いた。
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