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第6話

修学旅行当日。高速列車を待つ駅で、リュートは少し不安げにティルを見上げた。 話しかければ反応してくれる、嫌そうではないし、楽しそうにしてくれる。だが、どこか上の空で、リュートが触れるとびくっと身体を跳ねさせて、ごめん、と謝る。 おかしい。 と、同時に、寂しい。気楽に触れてくれる距離感が、心地良いと思っていたから。旅行鞄の肩紐を担ぎ直しながら、リュートはティルに問いかけた。 「俺、何かした?」 「え?」 「……触ってくれないし」 「い、いや、それは」 「何で?」 リュートがそう言うと、ティルはあー、うー、と意味のない言葉を漏らす。答えを先延ばしにするような態度に首を傾げていると、高速列車がホームに入ってきた。それを見て明らかに表情をぱっとさせて、 「電車来たし、乗ろうぜ」 「……もう」 逃げたな、と呟くと、ティルは曖昧に笑って誤魔化す。電車乗ったら絶対逃がさないから。 列を作って電車に乗り込む。当然ティルと隣り合わせの席だ。リュートの荷物をティルが預かって、上の棚に乗せてくれる。こういう所はいつもどおりなのに。 「窓際乗るか?」 「いいの?」 「景色見たいだろ?」 だから、どうしてそういう所はいつもどおり優しいのか。不可解な気持ちでリュートは窓際の席に座る。隣にティルの気配。そして発車する高速列車。窓の外の景色が解けて流れていく。だが、それどころではない。リュートは座席の肘掛を上に持ち上げて撤去。ティルとの隙間を詰める。 「おい」 そして彼の太い腕をぎゅっと胸に抱いて、むぅ、と唸った。 「ティル。何か変」 言うと、彼は、つう、と一筋汗を流しながら言った。 「んなことないから、放してくんねぇか?」 「やだ。俺ちょっと寂しいんだから」 「う」 リュートがじっと見つめるのに、ティルは視線を左右に彷徨わせる。そして、観念したように、空いた手でリュートの頭をぽん。と優しく叩いた。 「寂しい思いさせて、悪かったな」 「そうだよ。何かあったらちゃんと俺に説明して」 「わかったよ……だから一旦腕は放してくれ」 「はぁい」 するりとティルの腕を解くと、ティルが大きく嘆息する。彼はどこか居心地悪そうに何度か座り直して、着ていたパーカーを脱いで、腹の上にかけた。 「寒いの?」 「……それでいいからそう思っておいてくれ」 通路側の肘掛に凭れて、ティルがうろんげに言う。リュートは首を傾げるが、それ以上ティルからは言葉が返って来なかった。 短い間、高速列車の走る音と、騒ぐ生徒たちの声だけが残る。リュートも何となく外を眺めつつ、でもやっぱりティルと何か話したいと思って、スマホを取り出した。 「ねえ」 「ん?」 「これ、うちの猫なんだ」 「へえ」 リュートが画面に出したのは、自宅で一緒に暮らしている猫のノアだった。灰色の毛並みの長毛猫。ずっとリュートが面倒を見ている愛猫だ。写真の中でも愛らしくお腹を見せてこちらを見ている。 「もふもふだな」 「そろそろ夏毛のはずなんだけど、なんか一層もふもふになったんだよね」 「毛の掃除とか大変なんじゃね?」 「そうでもないよ。換毛期のときは酷いけど」 「ふーん」 ティルが言いながらリュートを見る。そして肩に手を伸ばして、 「ついてきてるな」 と、服についたノアの毛を見せてくれる。何となく捨てられなかったので、服に戻してと頼む。 「私服、いいじゃん」 ティルが言う。リュートは自分の格好を見下ろして、そうかな。と応じる。 「お前の淡い色合いによく似合ってるよ」 「本当?そう言えばうちに百貨店の人が来たの、母さんが少し驚いてた」 「驚くのか?……五聖家の夫人だろ」 「だからうちは普通の家なんだって」 なかなかわかってもらえないのだが、五聖家と言っても別に偉いわけでも何でもないというのがアルトフェルト家の考え方だ。もちろん、他の五聖家には特権意識を持つ家なんかもあるので、統一された見解があると言うことではない。 ただアルトフェルトは、五聖家の中でも中立。こういう立場は目立ってはいけないのだという。だから質素に暮らしている……という感じでもない。ただ単に父と母の気質の問題かなと思う。実際、百貨店の外商が来たときは、現金でぽんと支払いを済ませている。 そこで会話が途切れる。途切れてしまったので、リュートはそっとティルの手を握った。少しだけ汗ばんだ彼の手を握って、表情を窺う。 ティルは、どこかぐっと我慢するように下唇を噛んだ。すると、ぐいっと握られた手を引っ張られて、ティルの太ももに手をついてしまう。少しバランスを崩しながらティルの近くに――彼の匂いがする距離まで、近付く。はっと顔を上げれば鼻先にティルがいて。 がたがたと高速列車が走っていく。クラスメイトの声がする。 呼吸の音が聞こえる。どこか熱っぽいティルの吐息を感じてふるっとリュートが唇を震わせると、ティルはぎゅっと目を閉じて、それからそっとリュートの身体を押し戻した。 「ティル」 「あんまはしゃぐな。体勢崩すぞ」 「え?……うん?」 今のってそう言うのだっけ?と聞くのは、駄目そうだった。そういうことにしておけということだろうか。繋いだままの手は、最初よりも熱を持って、そこにあった。 リュートはその手をぎゅっと握り返す。 「あの」 声をかけると、ティルがリュートの方を向く。 「……何だ?」 「こういうの……友達なら、よくあることなの?」 「っ!」 ティルが息を詰めて、一度視線を下に落とし、そのまま左の方に流してしまう。橙の瞳を見ていたくて視線を追いかけるも、今は少し遠い。 「……お前は、友達ってこういうもんだと思うか?」 「わからない。俺、あまり友達いたことがないし」 「意外だな」 「……まあ、色々あって。でも、ティルは友達だと思ってるよ」 「友達、ねえ」 ティルは少し考えこむように言葉を切って、言った。 「今は、そうしておけ」 「今は?」 「……あんま深く考えんな」 「はあ」 ふいっと横を向いてしまったティルに、何が言いたいのかよくわからないよ、と言えないまま、リュートも車窓の景色に目を向けた。

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