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第10話
風呂から上がると、首にタオルをかけたティルがベッドの縁に座ってスマホを弄っていた。このホテルは大浴場がないから、部屋に備え付けの風呂場を使った。広くて立派な風呂だったが、やっぱり大浴場がいいかな、とリュートは思った。
乾いたばかりでどこか湿り気の残った髪を揺らしながら、リュートはティルの横に腰かけた。
「何見てるの?」
「親からのLINE。どうしてるんだって聞かれてるから」
「あ、俺も母さんからLINE着てた」
慌てて立ち上がって、ベッドサイドに置いてあったスマホを持ってきて、またティルの横に戻る。返信しようとLINEを開くと、『ノアが寂しがってます』と猫の絵文字つき、ノアの写真つきのメッセージがあった。
「うわあ……ノアのお腹が恋しい」
「……なんだこの毛玉。モップか?前も見たけどすげぇ毛だな」
「ノアです。モップじゃない」
むすっと言い返すと、悪い、と謝られる。まあいいけど、と言いつつ、ぽちぽちと母に返事を送る。
「猫、一緒に暮らして長いのか?」
「そうだね。でも全然老化が始まらないし、何かずっと三歳くらいのままなんだよね。実年齢はそろそろ老猫の域のはずなんだけど」
「なんじゃそら」
「……主神様が何かしたんだろうなとは思ってるけど。そういやまだ聞けてないや」
リュートはスマホを片手に持ったまま、ぼふ、とティルのベッドに仰向けに倒れた。ふかふかで気持ちいい。ティルがこちらを見下ろしていたので、ねえ、とリュートは言った。
「一緒に寝よ」
「まだ言うか、お前は」
「だって。修学旅行だよ?少しくらい浮かれてもいいじゃない」
「気持ちはわかるが、ちゃんと寝た方がいいと思うぞ」
「ええー……日が変わるまで一緒に話してようよ」
「女子か。お前は」
リュートは手に持っていたスマホを、ベッドの上をずりずりと移動してベッドサイドに置いて、もぞもぞとティルの布団の中に入っていく。それを見たティルが、おい。と言ってくるが、聞こえないふりである。
「……じゃ、ベッド入れ替えるか」
「なんでそんなこと言うのさ」
「お前さ。同じ布団で寝るなんて」
「友達なら一緒に寝ることもあるか持ってティル言ってたじゃん、待合室で」
「う」
朝の話を持ち出されて。ティルが呻く。俺はちゃんと聞いたんだから、と思いながら、リュートは掛布団を捲って、ぽんぽんとベッドを叩いた。おいで、と。
「……いや、でも」
「……駄目なの?」
友達なのに?ずき、と胸が軋む。一緒に寝られないということは、友達ではないということ?ティルと、友達じゃない?ぎゅうっと締め上げられるような苦しさ。
「……ったく、わかったよ」
リュートの反応を察したのか、ティルがどこか観念したように、身の回りの物を片付け、部屋の扉の施錠を確認して、カーテンをしっかり閉めて、ぱち、と電気を落とした。補助灯のオレンジ色の光の中をティルが歩いてきて、もそもそとリュートの横に入ってくる。すっと、胸の苦しさが消えていく。よかった、まだ友達なんだ。
ティルが使った石鹸の匂いがする。百貨店に入っている、ハンドクリームが有名なお店の石鹸。シアの香りがほんのりとする。ふふ、とリュートは小さく笑って、そっとティルに寄り添った。すると彼は、ほら、と腕を差し出し、枕にしてくれる。太い腕にちょん。と頭を乗せて、もう一段、彼の傍に寄った。
「お前……」
「何?」
「近い」
「そうかな?この距離感も、こんなもの、って言ってたよ」
「俺の馬鹿……」
そう言いながら、ティルは仰向けからリュートの方に身体を向ける。向かい合ってじっとティルの瞳を覗き込んでいると、彼は一瞬視線を外した。
「あんま見るな」
「何で?」
「言わせるな。頼むから」
「変なの」
もぞっと身動ぎして。リュートは今日のことを思い出す。
「お寺、よかったなぁ」
「俺らくらいだぞ、寺巡りしてんの」
「みんなどこに行ってるの?」
「さあ、知らん。興味もないしな」
「……でも、ティルはよかったの?行きたいところ、他になかった?」
リュートが尋ねると、ティルはそうだなぁ、と言った。
「お前の行く所が俺の行く所って、言っただろ」
「そうだっけ?」
「お前が楽しそうにしてくれたら、それでいいんだよ。俺は」
リュートは、ティルの顔を見た。オレンジ色の光にも溶け切らない橙の瞳が、リュートを優しく包んでいる。どき、と心臓が高鳴った。先程とは違う、どこか甘い疼き。再びもぞっと小さく身動ぎすると、頭の下に置いていたティルの腕が、リュートの頭を支える。え?と何かを聞き返そうとした言葉は、柔らかいそれに封じられて、行先もなく喉の奥に戻る。
ぱちぱちと数度瞬きをする。その間も柔らかいその感触は離れてくれなくて、心臓はどんどんうるさくなっていくし、じわっと体温も上がっていくし、どうしたらいいのかわからなくなる。呼吸すらも忘れていたことに苦しくなってから気付いて薄く口を開けば、ティルの舌先がリュートの唇を舐めていく。ぞわりと背筋を粟立たせて、リュートはぎゅっと目を閉じた。
何度か唇を啄まれ、もうそろそろちゃんと息がしたい、と思った頃、そっと、柔らかいそれが離れていく。
は、と短く息をして、全身がどうにかなりそうな感覚の中、ぽつりとリュートは尋ねた。
「……友達って、こういうこともするの?」
正面のティルが息を呑む。何で伝わらない……?と不可解なものに出会ったかのような声で言って、少し、悩んだようだった。そして、
「そういうことも、あることはある」
と、言った。そこでリュートも腹落ちする。そうか、そういうこともあるのか。
「じゃあ」
身を乗り出して、無邪気にティルの頬に唇を寄せる。ちゅ、と小さな音をさせて、
「こういうこと?」
と尋ねると、ティルは心底困ったような顔で、ああ、うん、と上の空で返事をした。
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