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第11話

リュートはおかしい。いや、修学旅行の最中にもそんなことは思ったが、何度考えてもあいつはおかしい。 修学旅行三日目は学年全員で学校指定の歴史資料館を見て、それから帰路についた。リュートは帰りの高速列車の中でティルの肩に凭れて爆睡した。たまにリュートの方を見ようと首を横に向けると、ふわっとしたリュートの髪が頬に触れて、何とも言えずにぞわりとした。だが修学旅行中の接触過多を思えば大人しいもんである。そう思っていたのだが。 学校に戻って一週間。地獄だった。 教室や廊下、人目につく所では普段どおりに会話したり、ちょっと戯れたり。そのくらいで済むのだが。問題は下校途中だ。人通りが少なくなった所で、リュートから何度頬にキスをされただろうか。腕を抱きしめられて、キスされて、その場で襲いかからなかったことを褒めてほしい。もう覚えつつあるリュートの柔い唇の感触、した後決まって薄く微笑む美しさ、全てがティルの脳を焼く。気が狂いそうになる。 それなのに、そこまでしてもリュートはティルのことを友達だという。最近では「親友って、思ってもいいの?」と尋ねられた。きらきらとした信頼の眼差しを前に、いや、恋人だと思ってくれとは言い出せず、ああ、親友だよな、と明るく答えてしまった。本当?嬉しい、とまた腕に抱きついて頬にキスするものだから、ティルは思わずリュートのそこを確認した。せめてなんか反応してるだろ、勃ってるだろ、と。だが全くそんな気配はなさそうだった。こちらは毎回必死で膨張を抑えているというのに。 それを見て初めて、リュートの物の見方にはっきりと疑問を抱いた。健全な男子高校生が、キスしたり抱き着いたり、性的反応を助長する行動をする、される場面だというのに微動だにしないのだ。つまりリュートは、本気で、ティルのことを友達だと信じている。どこか愚直なまでに。 (……何かあんだろうな、多分) リュートのスペックで友達が少ないこと自体おかしいのだ。彼は、クラスの中心で目立っているのが普通のはず。なのに本人は、教室の隅っこで静かに本を読んでいる。 リュートがその何かを言わない限り、暴き立てるつもりはない。一方で彼の何かが解決しないと、ティルの抱く恋愛感情に決着はない。付き合うのか付き合わないのか、それすらもリュートの何かが邪魔をする。それに、ティルが手を出す度に友達なら普通なの?と尋ねられて、少しずつ恋人同士で行うことを友達とすることに置き換えてしまっている。今は亀裂になっていないが、これもどうなることか…… ティルは、先生の授業の声をぼんやり聞きつつ、前の方に座るリュートに視線を向けた。 「久しぶりに主神様から連絡があった」 終礼後の教室。リュートはティルの席にいた。彼はへぇ、ようやくか。と一言置いてから、言った。 「あれから時間経ってるしな。実感ねぇわ」 「姫神様は何も仰っていない?」 「そうだな。特に話しかけてくる気配はねぇよ」 「そっか……ねぇ、今日の帰り、一緒に行ってくれる?」 そうリュートが尋ねると、ティルは、にっと笑った。 「もちろんだよ、行こう」 「……ありがとう」 半ば押し付けられた妖退治も、ティルがいればきっと楽しい。友達と――親友といる時間は、どうしてこんなにも尊いのだろうか。 ああ、無性に彼に口付けたい。何で俺は今教室にいるのだろうか。頬にうっすらと血が通う感覚。ティルがリュートを見て、 「おい」 と、声をかける。ん?と小さく首を傾げると、ティルは慌てたように荷物をリュックに放り込み、無造作に肩に引っかけたと思うとリュートの手首を掴んで教室から出て行く。引っ張られながら歩いて、玄関を出て、外へ。 「どうしたの?」 「お前な……」 ティルが呆れたようにリュートの頭をわしゃわしゃと撫でた。髪の毛解れるんだけど、と思いながらそれを受け止める。 「あんな顔、教室ですんなよ」 「どんな顔?」 「……蕩けた顔」 「そんな顔してたかな」 「してたんだよ。そういうのは、俺の前だけでいいんだ」 「友達だから?」 「……」 ティルが黙り込む。何かを悩むように眉を顰め、それから、どこか苦しそうに言った。 「……そうだな。友達だしな」 リュートはティルの顔を見上げる。そんな苦虫を嚙み潰したような顔で言わなくても。でも実は、本当は……違うことを考えていた? どこか不安に思う気持ちが顔に出ていたのだろうか。ティルは今度は優しい顔で、手つきで、頭を撫でた。猫のように頭を下げてその手を感じる。 「大丈夫だよ、俺らは友達だし、親友だ」 「……本当?」 「ああ、本当だ。嘘なんてつかねーよ」 穏やかな声に、心の内に広がった靄が晴れていく。そうだ、ティルは友達で、親友だと思ってくれている。安心してもいいんだ。針が刺さったように痛かった心が癒えていく。リュートは、きゅ、とティルの人差し指を握った。 「何だよ遠慮すんな」 ティルはその手を絡めてぎゅっと握り返す。大きな手に包まれて、リュートは確かにほっとした。 「……ティルに抱き締められたい」 「は?」 「駄目かな」 「いや……いいんだが、ここ学校だしな。せめて場所変えさせろ」 「うん……どこ行く?」 「俺んち」 「妖出るまで時間潰させてくれるの?」 「いいぞ。ただ帰り遅くなるのはお袋さんにLINE入れとけ」 「わかった」 そう言って、二人は学校を離れる。ティルの家はそんなに遠くないと聞いた。三十分ほど歩いたところにあるとか何とか。 手は解いた。学校の近くでは目立つし。その代わりティルになるべく近寄って歩く。たまに腕が当たって、変に意識してしまう。 (……抱き締められたい。キスだってしたい) 友達として仲を深めるために――本当に? ティルのことを考えると、胸が温かくなったり、ざわついたり、忙しい。でも友達ってこういうものだと、教えてもらったから。 そう。友達って、こういうこと。前のあれは……違ったんだ。きっと。だからこっちが正しい。 二人とも無言のまま歩く。気持ちだけが焦って、もうここで抱き着いたら駄目かなと思ってしまう。だって人通りも少ないし、誰も見てないよ。きっと。 「……お前なぁ」 ティルが呆れたようにリュートに言った。 「駄目だぞ。そんな顔しても」 「……ティルって、俺の心読んでない?」 「心読むまでもない程顔に出てるんだよ。普段のすん、はどこ行ったんだ」 「……おかしいなぁ?」 そんなことを言っている間に、目の前に立派な門構えの建物が見えてくる。はあ、とその門を見上げていると、ティルが門を押し開けてくれた。すると使用人らしき人物が走って来て、ティルの前に立った。 「おかえりなさいませ、坊ちゃま」 「おう、ちょっと友達と家で遊ぶことになってな。特に茶も菓子もいらねーし」 「かしこまりました。お部屋までご案内を」 「いい。二人で行くから。出てきてもらったのに悪いな」 「いいえ、ではごゆっくり」 使用人が深く一礼する。リュートもそれに合わせて一礼して、それからティルの背中についていく。どこを見てもお金持ちの家!と言ったノイズシュタイン邸を歩きながら、リュートは言った。 「うちより大きいね」 「お前んちは五聖家なのに清貧過ぎるんだよ。もう少し経済回せ」 そう言われてもな、うち使用人もいないし。と、リュートは思う。家事は母が一人で切り盛りしているし、父も洗濯物を干すのを手伝っている。そんな家なのだ。 ティルが部屋の前で足を止める。ここがティルの部屋なのか、と少しどきどきしながらついて行く。扉の先には、白い壁紙と黒い寝具、モノトーンで整えられた部屋があった。 「すっごいティルらしい」 「そうか?」 うわ、と言いながら部屋を見回す。広い部屋に一通りの家具。ティルに勧められてソファに腰かける。学生鞄を足元に置きながら、ソファのスプリングを跳ねさせて少しだけ遊ぶ。ふかふかだ。 「何してんだお前、可愛いな」 「可愛いって何さ。だってふかふかだったんだもん」 「はいはい」 ティルがリュートの隣に座る。微妙にできた二人の間の隙間が何だか嫌で、リュートは身体を詰めて、その隙間を無くす。ティルがリュートをじっと見ていたので、薄く微笑み返した。最近定着しつつあるその合図に、ティルがリュートに唇を寄せる。触れるだけの優しいそれを受け止めて、リュートはそっと離れる。ソファについた手を、ティルが絡めて握る。空いた手はリュートの腰を引き寄せ、抱いて、もう一度顔を寄せる。 「今したばっかりだよ?」 「物欲しそうなダチがいるんでね」 また友達って言ってくれる。嬉しい。リュートはふにゃっと顔を崩して、今度は自分からティルと唇を重ねる。離す。ティルが、もう一度重ねる。何度も啄むように。段々呼吸が上がってくる。苦しいような、堪らないような、曖昧な感覚。その隙間に、リュートは小さく言った。 「恋人同士でするみたい」 「っ!」 ティルが息を呑んで、離れていく。身体の間に出来た空間が寂しくて、リュートは頭をティルの肩に乗せた。何で離れるの。 「……リュート、お前」 「ん?」 「こういう、の、その」 「恋人同士でもするよね。ちゃんと知ってるよ。でも友達でもするんだって、ティルが教えてくれたから」 ふふ、とリュートは彼の肩に頭を乗せたまま、零すように笑う。 「俺たち、友達なんだよね」 ……沈黙が落ちる。リュートは顔を肩から離して、ティルを見る。ああ、またあの顔だ。苦虫を嚙み潰したような顔。 「……友達だ。心配すんな」 「うん」 リュートは、ティルの唇をそっと奪った。

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