12 / 12
第12話
日が落ちるまで、ずっとそうしていたわけではない。時間もあるからとティルがリュートに勉強を教えて欲しいと言ったので、それに付き合っていた。ティルは成績がいいので、飲み込みも早く、教えること自体はあまり苦労しなかった。
オレンジとネイビーのグラデーションが美しい時間帯に、二人はノイズシュタイン邸を出た。
「どこに出たんだ?」
「……それが、学校だって」
「学校?また面倒な」
主神からは、校内に出現反応があるとだけ聞いている。具体的な場所は歩き回って探すしかない。それをするには先生に見つからないようにしなくてはいけない。まだ残業しているであろう先生たちをどうしたものか……リュートが思案していると、ティルが、おい、と声をかけてきた。
「セラ、呼ばなくていいのか?」
「ああ……そのことなんだけど」
セラ本人は非常にやる気満々なのだが、やはり神の力を纏っていない人間を関わらせるのは危ないと、リュートは常々思っていた。だが普通に関わるなと言ってもセラは聞かない。
だから、一つ役割を振った。それは、学校周辺でしか妖が発生しない理由の調査だ。
何度か主神に尋ねてみたが教えてくれない。だが、目的と背景を知らないままこの仕事をするのはリュート自身、さすがにどうかなと思っている。
だからその辺りのことを、調べるように頼んだのは数日前のこと。最初は不服そうにしていたが、大きい神社なら資料も多いだろうし、と何とか折れてもらった。
それをティルに告げると、
「確かに、目的を教えられてないのは困るよな」
と、軽く応じてきた。
「一人で調べきれるのか?」
「大変だったら手伝うよって言ってはあるけど……セラのことだから一人で抱え込みそうだなと心配はしてる」
ふと彼女の性格を思い出し、なるべくこまめに声をかけてあげようと思う。
さて。学校に侵入する。門はとっくに施錠されているし、入るとしたら職員用出入口か。ティルががたがたと門を揺らして、言った。
「飛び越えるか」
「いいけど、ティルできるの?段差作ろうか?」
「お前ってたまにナチュラルに俺のこと馬鹿にしてないか?」
「してないよ、俺は主神様の力を引き出せるけど、ティルはまだ姫神様の力使ったことないでしょ。普通に心配してるの」
「へーへー」
リュートは校舎の明かりのついた部屋……職員室の方に目を向けて、やっぱりやめようと言う。
「グラウンドは遮蔽物がないし、職員室から丸見えだ。大人しく職員用出入口に回ろう」
「だな。じゃ、ぐるっと回るか」
二人で学校を覆う壁伝いに歩いて行く。丁度半周したところで校舎の裏側に出た。人が数人横並びで通れるくらいの通用口が見えてくる。夜の中で申し訳程度の明かりが点けられていた。その明かりに照らされて、一人、また一人と職員が出てくる。リュートはティルを引っ張って、小さく呪文を唱えた。
「……何したんだ?」
ティルが耳元でリュートに尋ねる。一瞬ぞわりとしてしまった自分の身体感覚を心の中で殴ってから、リュートも小声で返した。
「認識阻害の術。短時間しかもたないから、グラウンドを突っ切るのには使えなくて」
「……通って行く先生から姿隠すくらいならできるってことか」
「そういうこと」
先生方が通りの先に消えていく。暫く様子を伺ってみるが、以降、誰も出てこない。リュートとティルは頷き合って、職員用出入口へ。柵を押し開けて敷地内に入る。
「どうやって校内に入るんだ?もう鍵閉まってんだろ」
「開錠の術使う」
「マジでか……なんつーか、使用者の良心にかかってんな、それ」
「主神様の前で悪いことなんてしないよ」
「お前はな」
リュートは校舎に近付き、小さく呪を唱えて中央棟の裏手の扉の鍵を開ける。そっと扉を開けて、中へ。ティルがついてきているのを確認して、リュートは声を潜めた。
「職員室の様子を確認しよう。多分さっきの先生方で最後だと思うけど」
「ああ」
二人で並んで校内を歩く。今日は新月か。嫌な夜だな、とリュートは思う。星は明るいが、校内を照らすには頼りない。だが明かりの術を点けてしまうと外から明かりだけが目立ってしまうし、できない。何とか暗闇に目を慣らしながら、職員室の前へ。電気はついていない。扉を引き開けて、中も確認するが、誰もいない。問題なさそうだ。
「宿直か警備はいないのか?」
「いると思うけど、出くわしたら記憶消去と睡眠の術使うよ」
「……ちょっと気になるんだが」
ティルが不思議そうに、リュートに言う。
「どこまでが主神の力なんだ?」
「術の類は主神様の御力だよ」
「……じゃあ俺が初めてお前を見つけたときの体捌きは」
「俺がやってるけど」
「……お前、普通に俺より強いのな」
どこか悔しげにティルが言う。なんとも言ってあげられなくて、リュートは困ったように微笑んだ。
元々身体を動かすことには、人よりも長けていたように思う。それは筋力なんかでごり押す方法ではなく、どうしたら自分の力でも最大威力を出せるのか、という力学的な視点で。
それを突き詰めた結果、今に至る。ティルは身体も大きいし、力もある。リュートとは違う強さがあると思うのだが、やはりプライドに障るのだろうか。だとすれば、そこに触れることはできないので、少しの間、口を閉ざす。
そうして職員室前で黙っていると、ティルががしがしと頭をかいた。
「切り替えるわ。悪ぃ」
「いいよ、俺は気にしてないから」
「でもそうすると謎だな」
「何が?」
「お前が術も使えて体捌きも飛びぬけてるのに、妖退治で俺は何を手伝うんだ?」
「……」
リュートは、そんなこと考えたこともなかったな、と素直に思う。
妖退治において人手が必要なのだろうと単純に考えていたのだが、確かにティルの言う通りかもしれない。リュートが妖退治に使う戦錫杖は身長程の長さのある杖だ。それを振り回す現場にティルに突っ込んでこられると、正直怖い。リュートが当てなくても、ティルの軌道次第では当たってしまうかもしれない。そこまで想定して戦闘に臨むのは、面倒だ。
「……主神様にも、お考えがあるんだよ」
「そう思うのは結構だが、俺は何かあるんだと思うぞ。主神に流されずに一回確認しとけ」
「うん……」
主神に尋ねても、はぐらかすのだ。何かあるのはリュートも気付いてはいるのだが。
「取り敢えず、妖の発生場所を探そう。あまり遅くなるとよくない」
「そうだな」
二人で夜の校内を歩き回る。一階から始めて、四階まで。教室内まで探したが、いない。
「……体育館かな」
「さあな。どうだろ。いっそいなきゃいいのにな。放り出して帰るか?」
「それやると主神様が探せって言うんだよ」
「監視されてんのか。やりづれぇな」
階段を下りて、体育館に繋がる渡り廊下を歩く。体育館に近付くにつれてリュートの顔は険しくなっていく。この黒い気配は――確実に、いる。
「ティル、いる」
「マジか。俺どうしたらいい?」
「姫神様と繋がっておいて。俺に何かあったら、代わりに祓って」
「物騒なこと言うなよ。お前が駄目なら俺はもっと駄目だろ」
「ティルなら大丈夫。最悪姫神様を解放すればいいから」
「お前も主神解放すれば?」
「あの神様、そんなことしてくれるかな……実は結構薄情だよ」
これまでの妖退治のことを思い出しながらリュートは言う。最初の頃は退治自体に不慣れで、あたふたと対応していたのだが、主神は絶対に助けてくれなかった。戦うことすら怖くて仕方がないのに、どうして助けてくれないのかと文句を言ったら、「何故人ごときのために私が顕現しなければいけないのですか」と言われた。どこまでも神様理論である。
そうこうしているうちに体育館の前。リュートは鍵を開けて、扉を開く。
暗い体育館。光の差し込まない黒い空間の、その中心に、より黒く、何かが蟠っていた。
「おい」
前に出ようとするティルを手で制して、リュートは首を横に振った。
「前に出ないで。終わるまでここにいて」
「でもよ」
「お願い。俺も誰かに気を遣う余裕はないんだ」
リュートは右手に戦錫杖を呼び出す。とん、と石突で床を打つと、しゃん、と円環が鳴った。その音を合図にしたように、黒いそれが実体化する。
猪の形をした、黒い影。
ティルが数歩後ろに下がったのを気配で確認して、リュートは戦錫杖を構える。黒い猪が後ろ脚で威嚇するように体育館の床を蹄で蹴る嫌な音がする。そして、リュートに向かって一直線に駆けてきた。
直線的な動きなら問題ない。戦錫杖を石突が前になるように持ち替え、正面から突っ込んできた猪の眉間に、石突を差し込む。余計な力は入れない。向こうから突っ込んできた威力をそのまま石突に通し、流す。猪は突っ込んできたときの力をそのまま逆方向に返され、後方に向かって吹っ飛んだ。体育館のステージに衝突して、どぉん、と音を立てる。
リュートは再度構え直して、猪の出方を待つ。こちらから突っ込んでいき、倒れた猪を打つというのも考えたのだが、この程度でダウンするとは思えない。起き上がってきて攻勢に出られても困る。
のそ、と体を起こした猪は、今度はリュートに向かって頭を下げて威嚇の姿勢を取ったと思ったら、周囲に小さな光球を呼び出す。当たる訳にはいかない。どういう効果があるのかはわからないが、実地で試す必要もないだろう。
リュートは戦錫杖を振って、小さく呪文を唱える。呼ぶのは雷。広範囲に降りしきれば光球も消すことができるだろう。目論見は当たって、雷が光球を飲み込んでいく。猪にも被弾し、ぎぇあああ!と奇声を上げた。前足を地面につき、体勢が崩れたのを見たリュートは、とん、と軽く跳躍して一息で猪との距離を詰め、戦錫杖で猪の横っ腹を打つ。更によろめいたところで石突を前に持ち替えて、急所となる位置を正確に突いていく。突かれた箇所から黒い靄を吹き出しながら、猪が横倒れになる。
「……この魂を、主神の御下にお還しいたします」
リュートは猪の横に膝を付いて座り、手を翳す。無数のシャボン玉に包まれるように、光となって消えていく。ふう、と息を吐いて、リュートは戦錫杖を消した。
「リュート!」
ティルが駆け寄ってくる。それを薄く微笑んで受け止める。
「ティル」
「大丈夫か?……大丈夫だわな」
「そうだね、大丈夫だよ」
いつものことだから。
それにしても、ティルに手伝ってもらう場面は本当になかった。危なげなく退治を終えてしまって、リュートは、こんなものなのかな、と何となく考えた。
ともだちにシェアしよう!

