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第13話
布団に入って、目を閉じて。後は夢に落ちるだけ。
金持ちらしいふかふかの、今日干したのだろうか、太陽の匂いのする布団に身体を埋めて、ティルは夢と現を彷徨う。今日はリュートの戦闘を間近で見た。本当に強かった。俺の存在意義は?と思わずにはいられない程に。だが、そうして戦うリュートの姿は、格好よくもあって。惚れ直したというのが本音である。
実際に神に憑かれているので半分リュート自身神様みたいなものだが、ああして身体を動かす所を見ると本気で神がかっているなと思う。何がって?美しさが。
学生服のブレザーがふわりと風を纏って、かと思えば鋭く前に出てあの長い棒を突き出し、的確に敵の急所を抜いて行く。尋常じゃない動き。人間か?と思うのも仕方がないだろう。
ああ、興奮して寝付けそうにない。一発抜いてから寝ようか。そんなことを思っている間に眠気が脳内を押し流す。ふわっと夢に落ちた感覚がしたと思ったら、その夢の場面の全面にいつか見た主神の顔があった。
「うわあああ!?」
夢の中で声を上げて、あれ?となる。俺は寝たのでは?起きてる?
『ティル。君は寝ています。意識だけここにいるのです』
主神がそう言ってこちらに向かって手を差し出す。それを胡散臭いものを見る目で見下ろしながら、ティルは言った。
「出る夢間違えてんぞ。リュートなら中央区だ」
『いえ、今日は君に用事があったので』
「俺に?」
眉を顰めて、主神を見返す。すると主神は、一つ大らかに頷いた。
『しかし時間はあまりかけられません。リュートから長時間離れるのはよくないので』
「……」
ティルはその言葉に引っかかりを覚えつつ、主神の言葉を待つ。
『ティル。君の本当の役割をお話したいと思います』
「本当の役割?」
『はい。リュートを……彼の心を守るという、役割を』
「……?」
主神の言葉に、ティルははっきりと疑問を返す。だってそうだろう。リュートは強い。精神面でも、身体面でも、ティルが守る箇所なんてどこにもない。
そりゃあ、ティルはリュートが好きだから。守りたいとは常に思っている。思っている上で、自分の仕事ねぇな。と最近思っている所ではあった。
……唯一の懸念は、友達ということについて、妙にリュートが過剰反応することくらいか。
「俺に何をしろって?」
聞く姿勢を持ったティルに大きく頷いた主神が、厳かな声で言った。
『リュートは、神降ろしの体質を持った、稀有な子です』
「そうだな」
リュートが主神に憑かれていることは知っているし、特に驚くことでもない。
『神降ろしの体質を持った子は、潜在的にその身に莫大な神力を持ちます。普通に生きている分には使うことのない力ですから、気付かないならそれはそれでいいのです。しかし』
言葉を切って、主神が続きを告げる。
『莫大な神力は、悪しきものにとって餌でもある。リュートは生まれた瞬間から、餌として怨霊に目をつけられています』
「……」
話が段々と物騒な方向に転がっていく。坂道で足を止められずにわたわたと駆け下りるような気持ちで、ティルは主神の話を聞く。
『そして、心に楔を打たれた。じわじわと心を侵食し、心神喪失に至らせる楔を』
すっと血の気が引いた気がした。夢の中のことだから実際にそうなったわけではないだろうが、だが、この身体の震えは本物だと思いたい。
「おい……本気か。冗談じゃないんだな」
『ええ、本当のことです。その楔から伸びる根の侵食を、本人の強い意志で止めてきていたのですが……あの子の身に起こったとある一件で、その根の侵食が進んでしまった』
リュートは、強い。精神面でも、身体面でも。だが、その内側でよくわからないものと知らず知らずのうちに攻防を繰り広げているなんて、わかるはずがない。リュートだって、普通に生きたいはずだ。何故彼がそんな苦労をしなければいけないのか。ただ笑って、普通の高校生でいられないのか。
『高校に上がり、あの子の根の侵食を察知した怨霊側が、あの子を取り込もうと、己の分身である妖を送り込み始めました。妖を退治するには、神の力が必要です――あの子は自分の身を守るために、神を自身に降ろし、戦っている』
「はあ!?んなマッチポンプみたいな話あるかよ!」
『仕方がなかったのです。仕方がなかった――私とて、神力の豊富な我が愛し子を、危険に晒したくなかった。しかし神としての制約もあり、手を出せない』
どこか悔し気に眉を顰める主神に、ティルは言った。
「神の制約って何だよ。神なら何でもできるんじゃねぇのか?」
『神は万能であるが故に、因果律によってその行動を制限されています――人の世に直接干渉することが、許されないのです』
「……くそっ。で?俺の役割ってのは何なんだよ」
肝心な所で役に立たねぇなと内心で毒づきつつ、ティルが言うと、主神は鷹揚に頷いた。
『あの子に寄り添い、根の侵食を止めること』
「……そういうことかよ」
この酷い話の結末が、ようやく読めた。
リュートの心を根が覆い尽くしてしまえば、心神喪失して神力を奪われる。抜け殻になる。それを防ぐには根が張らないようにしないといけない。しかし高校に上がるまでにある程度まで侵食は進んでいるため、今以上に進まないよう、ティルが止める。
(あいつの過去に何があったかしらねぇが、トリガーは「友達」だ)
通常時だと安定しているリュートが明確に崩れる瞬間。友達という言葉。関係性が危ぶまれたとき、リュートはこの世の終わりのような顔をする。強い不安が、彼の中にある。
(……友達で、い続けなきゃなんねぇ)
例えどれだけ抱き着かれようと、キスしようと、友達であるとリュートを安心させなければいけない。そうしないと彼の心が。
(……痛ぇなあ)
ティルはリュートが好きだ。友達として。愛している。恋愛として。リュートと恋人同士になって、同じ景色を見て、笑い合いたい。友達とは違う形で心と心が結ばれればと、願っている。だが、今の話では無理だ。仮にリュートに告白したとして、友達ではなくなったということにリュートは傷付くだろう。それは根の侵食に繋がる。
――愛を告げることも許されない。それが最愛の人を守る手段だから。こんなにも愛しているのに。
「どうにかなんねぇのか」
『怨霊を倒すことです。しかし奴が今どこにいるのかも……』
「そうか」
主神が、ティルをしばらく見つめ、ふいっと消えていった。リュートの元に還ったのだろう。
ふ、っと目が覚める。真っ暗な部屋の中、ティルは、リュートを守ることを深く決意した。
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